第25話
「ええっ!? 彼氏が出来たっ!?」
驚きの声をあげたのは朱里。まあ、一切の過程を話していないんだから、驚くのは当然だろう。
「まあ、そういうことだから」
自分で言うのもおかしいけど、あたしはえらくご機嫌だった。
「考えてることってのはそのことだった訳ね」
合点がいった様子の新。
「沙耶ちゃん、わたしというものがありながら他に男を作るなんて……」
ひどく語弊があるのだけど。名誉毀損で訴えていいのかな?
「あ〜あ、わたし、本気で沙耶ちゃんのこと好きだったのに」
「え?」
引くというよりは思わず胸がドキっとする。
性別は関係なくいきなり好きとか言われるとドキッするものなんだなあ。
「ちぇっ。沙耶ちゃんのこと、文房具の次くらいに本気で好きだったのに」
低。
あたしってば評価低。
「沙耶ちゃんのこと三度の飯より好きだったのに」
微妙。
あたしってば評価微妙。
つーかつまりこいつ、三度の飯より文房具が好きなのか。
文房具の評価高っ。
「まあまあ、朱里。おめでたいことだしさ」
「まあな。お祝いでもする?」
あたしの恋の成就を心から喜んでくれている様子の千帆に、相変わらずのんびりとした対応の新。
でもどこか新によそよそしさのようなものを感じる。気のせいかな?
「じゃあさ〜、鍋しようよ鍋〜! 暖まるよ〜」
何だかんだ言ってあんまり気にしていない様子で脳天気な声をあげたのは朱里だ。
「そういうのってさ、本人たちがやりたいことをやるもんなんじゃないの」
苦笑しながらそういう新。
まあ、確かにそうかもしれないけど、お鍋がしたいという提案にはあたしも賛成だった。
「でも、つよ……あたしの彼氏は来れないかもしれないよ?」
「わざわざ彼氏とか強調しなくていいから」
少しトゲのある新の口調。普段のんびり屋の彼にしては珍しい態度だった。
あたしとしては、剛と名前で呼んでも千帆しか分からないだろうと思って、彼氏という言い方をしたんだけど。
「じゃあ、あたしの家で鍋しよっか」
トゲトゲしい空気を察したのか、千帆が取り繕うように言った。こういうイベントがある時は、暗黙の了解であるかのように彼女の家が舞台になる。
迷惑じゃないのかな? と思うこともあるんだけど、千帆曰く
「どうせ帰っても1人だし、みんないた方が楽しいからね」
らしい。
千帆もそれを望んでいるなら、あたしたちにそれを断る理由なんかない。
「それじゃ、また千帆の家にお邪魔しちゃおっか」
「オッケー。千帆ちぃの家、綺麗だし落ち着くしね〜」
そして話は、ちょうど明日は金曜日だし、明日から明後日にかけて泊まりがけで鍋パーティーをしようということでまとまった。
「じゃあ、刃ちゃんとかスゥも呼ばなきゃねっ」
「あ、刃を呼ぶなら麗華も呼ばなきゃだよね」
「え〜、お嬢も呼ぶの〜?」
「いいじゃない、朱里。大勢の方がきっと楽しいしね」
そんな感じでダラダラと計画を練るあたしたち。
話に夢中になってしまっていたあたしは、やけに新が無口であることにまったく気が付かなかった。
そして、翌日。
あたしたちはみんなで千帆の家に訪れていた。
ちなみにあたしたちというのは、あたし、千帆、朱里、新、麗華、刃、スゥの7人。
今気付いたけど、7人もいたら書き分けるのが超面倒くさいんですけど。
「あらら、立派なお宅アルね。武家屋敷じゃないのが残念アル」
前言撤回。書き分けるのが超楽なスゥがいるから、実質6人。それでもやっぱ辛い。
誰か不慮の事故でお亡くなりにならないかな、って、言っていいことと悪いことがあるでしょ! とか1人でノリツッコミ。
やっぱあたし、剛と付き合うようになってからちょっとテンションおかしいわ。
鍋の場合、することは野菜を切ったりコンロの準備をしたりといったことなので、比較的楽。
18時30分。それらの準備が整い、鍋を開始するに至る。
ちなみに今日も千帆の母親はおらず、鍋パーティーは千帆の家の居間で執り行うことになった。
10畳くらいの部屋にソファーと大きなテーブルがあり、およそ2人暮らしには似つかわしくないような空間なような気がする。
「ところで有村さん。今日の主役が1人足りないようだけど、有村さんの彼氏っていう方はいらっしゃらないのかしら?」
麗華の疑問は至極当然のものだった。
「あたしの彼氏、職場がバーだからさ。週末の夜は忙しいらしいんだ」
「別にいいんじゃな〜い。楽しければさ〜」
そう言いながら切った白菜を鍋に入れている朱里。彼女からしたらこのパーティーも、単なる騒げる口実みたいなもんらしい。
「ていうか今さらだけど、コレ何鍋?」
本当に今さらな質問をしてきたのは刃。
「まあ、簡単に言えば寄せ鍋みたいなものかな。結構何を入れてもおいしく食べられると思うよ」
笑顔で丁寧に説明する千帆。それを聞いて、朱里が目を輝かせた。
「じゃあさ、コーヒーゼリー入れていい?」
「入れたらブッ飛ばすわよ」
コーヒーゼリーを鍋に入れておいしくなるとでも思ってるんだろうか、この子は。
「コーヒーゼリーなんて入れたら気持悪いアル!」
説明するまでもないと思うけど、これはスゥの言葉。
「へぇ、スゥもたまにはまともなこと言うんだ?」
「当たり前アル! やっぱり鍋にはコーヒーゼリーよりもババロアの方が」
「入れたらブッ飛ばすわよ」
まあ、そんなことだろうとは思ったけどね。あたしは軽く溜め息を吐いた。
「朱里とスゥが同じ場に来るとボケ倒しだから疲れるわね」
「楽しくていいんじゃない?」
案外この状況を楽しんでいる様子の千帆。
「麗華、これもう食えるぞ」
「あ、ありがとう。刃」
「どういたしまして。美味いか?」
「ええ。高級料理ばかりじゃなくて、たまにはこういうのもいいわね」
「一度でいいから俺もそんな台詞、言ってみてぇよ」
この2人はこっちのことはお構いなしでイチャついてるし。絶対あたしたちに内緒で付き合ってる、この2人。
お鍋をつつく箸も落ち着いてきた頃、あたしはようやく新がやたら無口なことに気付いた。
そういえば、あたしが剛と付き合い初めたことを報告してから、新の様子が少しおかしい。
どうしたんだろう? それとなく訊いてみたいけど……。
「お腹いっぱ〜いっ。じゃあそろそろ、食後のデザートにしようよっ」
朱里がまたとんでもないことを言い出す。彼女はやたら高機能の別腹をお持ちのようだ。
でも、これはチャンスかもしれない。
「しょうがないわね。ちょっとそこのコンビニまで行って買ってきてあげるわ」
「沙耶は今日の主役なんだから、座ってていいよ」
気を遣ってか千帆がそんなことを言う。
「そんなこと気にしないの」
あたしが笑顔で言うと、千帆はしばしの沈黙のあと、一言分かった、とだけ言った。
「じゃあ新、ちょっと付き合ってくれる? もう外暗いからさ」
「……え? ああ、いいけど」
2人切りになって、何とか新から話を聞きだそうと思った。
新と2人で外に出てみると、すっかり夜の帳につつまれた辺りは寒々しい空気を醸していた。
「寒いっ」
「そりゃ、雪国の冬だからね。夜だし」
まるで他人事のように言ってのける新。相変わらずどこかよそよそしい。
「新、今日はやけに無口だよね」
「……そうかな」
間違いなく新は元気がない。理由は分からないけど。
「なんかあったの?」
「何もないさ」
即答する新の声には、やっぱりどこか覇気がない気がした。考えすぎかな。
「なんかあったなら話してよ。新はあたしに『悩みがあるなら話して』って言ってくれたでしょ。だから、新だって悩みがあるなら話してよ」
このままでは埒があかないので、新には悩みがあると断定して話すことにした。
「俺、沙耶から悩みを相談された覚えなんかないんだけどな」
まあ、確かにあたしは結局新に相談はしていない。もちろん朱里にも、千帆以外の他の誰にも。
「あたしの悩みは、相談するまでもなく解決しちゃったからね。新は現在進行形でなんか悩んでるんでしょ」
「別に悩んではいないさ。ちょっと戸惑ってるだけ」
「戸惑ってる?」
「沙耶のことだよ。何か悩んでるのかと思ったら、いきなり彼氏が出来たとか言っててさ。変化が急激すぎるからさ」
「ああ、あたしに彼氏ができて寂しいんだ?」
意識してわざとおどけた調子であたしは言った。
「どうかな……ちょっと寂しいのかもね」
やけに素直な新の言葉に、あたしは軽く拍子抜けしてしまった。
予想外の展開に少し慌てながらも、あたしは言った。
「大丈夫だよ。別に彼氏につきっきりになる訳じゃないんだから。それに、あたしに彼氏が出来たってあたしたちがずっと友達なのは変わんないでしょ」
「それ、ちょっとクサイ」
「悪かったわね」
そう言ってあたしたちは笑いあった。わだかまりのようなものは、解けたと言ってしまっていいんだろうか。
そんなことを思っていると、新がポツリと溢した。
「ずっと友達、ね。確かにそうかもな」
本当に小さな、意識して聞いていなければ聞き逃しかねない言葉。
あたしにはその言葉の真意が掴みかねた。
だからあたしは、新の言葉が聞こえなかった振りをして、他愛ない適当な話を振った。
それに新も適当な相槌を打つ。
あたしはさっきの新の話が流れたことにホッとしつつも、その言葉の意味を密かに吟味していた。買い物をしている最中も、千帆の家に戻ってからも。
でも結局その意味は分からず、せっかくの鍋パーティーは考え事をしているうちにいつの間にか終わってしまっていた。
そして、事態が急展開を迎えたのは、それから約1ヶ月後のことだった。
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◇彼女の裏事情ファイル・その25◇
●柴田朱里
・強靭な別腹を持つ
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