第24話
「そっか、好きになっちゃったんだ」
翌日の放課後、あたしは剛とのことを早速千帆に相談した。
千帆は真剣な面持ちであたしの話を聞いてくれている。
昨日の今日なのできっと驚かれるだろうと思っていたけど、千帆は案外冷静に対応した。
「沙耶が剛って人のことが好きだってのは何となく分かってたからね」
本当、あたしは彼女には敵わない。心からそんなことを思った。
「いいんじゃない? あたしに出来ることがあるなら協力するよ」
笑顔の千帆。
「いやまあ、でも、あたし的にはまだそんなに焦ってどうこうする段階じゃないし、別に今のままでも十分楽しかったりするんだけど」
どこかしどろもどろになりながらあたしは答えた。
「そう? まあ、付き合ってからより、付き合うまでの過程が楽しかったりとかもするからね」
経験が裏付けるのか、やけに含蓄のある言葉。彼女はあたしの想像以上に大人だった。
「ん、まあ、剛に彼女がいる可能性だってあるしね」
……ん? 彼女?
あ。そうだ。
自分で言って、初めてその事実に気付いた。
何で今までそんなことが思い浮かばなかったのだろう。
当たり前のように剛には彼女がいないだろう、なんて考えていた自分に、あたしはむしろ疑問を感じる。
美形で且つワイルドという形容を欲しいままにしたような容姿。格好いいイメージがある上に若い女性と知り合う機会もあるであろうバーテンダーという仕事。彼特有の、人懐っこく、およそ警戒心というものに無縁な無邪気な人柄。
あたしの初恋による欲目もあるかもしれないが、それはむしろ彼女がいると考えた方が自然な人物像だった。
そう考えた途端、あたしの心は急にどんよりとしたものに支配されてしまった。
「でも、その剛って人にもし彼女がいるなら、別の女の子を自分の働いてるバーに誘うかなあ」
千帆は剛に彼女がいるという可能性をあまり考えていないようだった。
彼女のことだから、他人事だと思ってたりはしないと思うんだけど、当事者のあたしとしては、はいそうですかとその言葉を真に受ける気にはなれなかった。
「沙耶が不安に思っちゃうのは仕方ないかもね。それは本人に確認してみるしかないんじゃないかな」
相変わらず合理的な彼女の言葉。確かにそうなんだけど、あたしからすれば剛に電話をかけるだけでも相当の勇気が必要になる。それなのに、そこでさらに彼女の有無を確認することなんて出来るんだろうか。
「頑張って。1人で悩んでても何も解決しないでしょ? 本気で好きなら勇気を出さなきゃ」
千帆の言葉は、普段の彼女のイメージを払拭するような強い語調のものだった。
それでも、あたしはいまひとつ自信を持つことが出来なかった。
うわあ、あたしってこんなに引っ込み思案で優柔不断な人間だったのか、なんて少し自己嫌悪に陥ってみたり。
とりあえず、剛の内情を探る意味でも、メールだけでもしておこう。
他愛のない雑談でもいい。そこからなんとか彼女がいるかどうかの話に持っていければ占めたものだ。
千帆の家から自宅に帰ってきたあたしは、部屋のベッドの上であぐらをかきながらそんなことを考えていた。もちろん、ケータイを片手に。
メールを作成しては、消し、作成しては、消し。なかなか送信ボタンを押すには至らない。
と。
突然そのケータイが振動とともにけたたましく鳴り響く。
あたしは慌ててケータイを覗きこんだ。メールだ。
差出人は……新だった。
なあ沙耶、最近なんかあった?
沙耶の元気がないって、朱里が気にしてたからさ。
実際、俺もちょっとそう思ってたしな。
なんかあったなら俺も朱里も力になるし、一人で考え込むなよ?
メールを読み終え、あたしは無造作に折り畳み式のケータイを閉じた。
単純にありがたかった。新や朱里のその心遣いが。
この2人といい千帆といい、あたしは本当にいい友達を持ったな。
それにしてもあたしってば、実は隠し事出来ないタイプらしい。
まあ、ここ最近、学校ではずっと心ここにあらずって感じで過ごしてたから、隠し通せると思う方がどうかしてるけど。
とりあえず、新に返信しといた方がいいか。そう思ってあたしはさっき閉じたばかりのケータイを開いた。
心配してくれてありがとう。
うん、実は色々と考えてることがあってさ。
近いうちに新や朱里にも聞いてもらいたいな。
でも、実は大した話じゃないんだ。
深刻に悩んだり思い詰めたりしてる訳でもないし。
だから、心配しなくても大丈夫だよ。
わざわざありがとね。本当に。
あたし、いい友達を持ったな(笑)
最後の笑いは照れ隠しだけど、こんな感じでいいか。
そう思って、あたしはケータイの送信ボタンを押した。
新にはこんなに素直にメールを送れるんだけどなぁ。
こんなことで引き合いに出されて、新からすればたまらないだろうけど。
でも、新のおかげで心は軽くなった気がした。
あたしは今の勢いをそのままに、剛へのメールを作成する。
昨日は誘ってくれてありがとね!
楽しかったよ!
そう言えば、店長さんが
「剛はこの店に女の子を連れて来たのは初めてだ」
って言ってたんだけど、本当?
彼女と一緒に自分の店に行ったりしないの?
素直に尋ねる勇気がないあたしには、こうやってカマをかけるくらいしか剛の彼女の有無を確認する術が思い浮かばなかった。
まあ、昨日休みだったってことは、多分剛は今ごろ仕事中だと思うから、気長に待とう。
そんなことを考えていたら、またまたケータイが鳴った。
新からのメールだ。
分かった。
俺らはいつでも話聞くから、あんまり考え過ぎないように。
簡潔なメールだった。
でも、この短い文面の中に彼の優しさや思いやりが詰まっているような気がして、あたしは嬉しくなった。
近いうちに話さなきゃなぁ、新や朱里にも。
あたしはそんなことを考えながら、『ありがとう』というような内容のメールを新に送信した。
それから。
どうもあたしはうたた寝してしまっていたようで、目が覚めたのは時刻も0時を回った頃だった。
何故そんな中途半端な時間に目が覚めたかと言うと、ケータイの着信音が鳴ったため。
ディスプレイを確認する。
剛からのメールだ。
あたしはドキドキと高鳴る鼓動を懸命に抑えながら、メールの文面を開いた。
悪い。
仕事してて返事遅れた。
あーもー、店長も余計なこと言いやがって。
職場に連れて行けるような女はいねーよ。
つーか俺、彼女なんかいねーもん。
最近遊んでるのも男ばっかだしな。
お前、俺の彼女になる?(笑)
多分あたしは赤面している、と思う。
冗談とはいえ、自分の思い人から告白のようなものをされたのだ。そりゃ赤くもなる。
でも、ここであんまりマジになったら、剛に引かれてしまうかもしれない。
なのであたしも、冗談のようなメールを返した。
剛って誰にでもそんなこと言ってんの?(笑)
危ないな〜。
なんか遊び人って感じ(笑)
あたしは本気で自分のこと好きになってくれる人がいいの〜!
剛があたしのこと本気で好きになってくれたら考えてあげてもいーよ(笑)
ちゃんと冗談になっているかどうか心配だったんだけど、案の定あんまり冗談には見えない気がした。
自分から見ても明らかに、どこか一縷の希望を込めたメールだった。
ただ残念なことに、というか絶望的なことに、あたしがそれに気付いたのは、しっかりと剛にメールを送ってしまった後だったのだ。
どう頑張っても、送信してしまった後のメールは手直しのしようがない。
あたしはドキドキと固唾を飲んで剛からの返事を待つしかないのだ。
そうして、あたしの中だけでやたら重苦しい時間が流れる。
ほんの1分が、10分にも20分にも感じられた。
そして5分後、ようやく剛からのメールが返ってくる。
割と本気かもよ。
恋愛とかよく分かんねえけど、お前のことは好きだよ。
そのメールを見て、あたしは呆気にとられていた。
ていうか。かもって。かもってなんだよ。鳥?
何だか無性におかしかった。文面がとても剛らしい気がして。
そ?
あたしも剛のことは嫌いじゃないよ。
ま、付き合ってほしいなら付き合ってあげてもいいよ?(笑)
我ながらよくぞここまで可愛くないメールを送れたもんだ。
内心では卒倒しそうなくらいドキドキしてるくせに、学園のアイドルという肩書きが邪魔してなのか、どうも素直になれない。
プライドのない人間はあまり好きじゃないけど、今回ばかりはプライドってものがやたら重い枷になっていた。
でも、剛がどう思ったのかは知らないけど、あたしは彼から送られてきたメールは、優しく、それでいて真剣なものだった。
あたしはそれを見て、無意識に微笑んでいた。
じゃあ、沙耶は今日から俺の彼女な。
男に二言はないな?(笑)
あと、会ってからまだ少ししか経ってないけど、軽く考えてる訳じゃねーからな。
重いかもしんないけど、俺は本気でお前と付き合ってくつもりだから。
負担だと思うなら今のうちに言っておいてくれ。
負担だなんてとんでもない。あたしも剛とまったく同じ気持ちだったから。
こうして、あたしは剛と付き合うことになった。
17年間生きてきてこれが初めての彼氏っていうのは内緒だ。
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◇彼女の裏事情ファイル・その24◇
●有村沙耶
・実は今まで男と付き合ったことがない
まだまだ実力不足なんでしょうね。作者が想定していた展開とは違う方にどんどん物語が進んでいってます(笑)
次回はもう少しコメディ色の強いお話にするつもりですので、よろしければご覧ください。
あと、評価に返信システムが出来たようなので、評価をくださった方にはこれからは直接返信させていただきますね。ご了承ください。
それでは、毎回毎回長い後書きですみません。