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彼女の裏事情  作者: CORK
22/31

第21話

 朱里が主役の番外編も無事終わり、普段通りの毎日が戻った。

 もちろんこれからの話の進行は、学校のアイドルこと、有村沙耶がお送りします。

 しっかし、行きあたりばったりな小説だよね、これ。思いつきで主役を変えちゃうんだから。

 ま、それはそれとして。

 今日は日曜日だから学校はお休み。

 だからあたしは、久しぶりに1人で街まで出てきた。

 たまには1人ってのもいいかなと思ってね。

 というか、実はあたしは1人で街をブラブラするのが好きだ。

 みんなで一緒というのももちろん楽しいけど、1人というのもまた違った楽しみがあっていい。人の意見を気にしないで、純粋に自分の入りたい店に入れるしね。

 まあ、そのせいで却って選択肢が広まりすぎて、行く場所がなかなか決まらなかったりもするんだけど。カラオケとか飲食店には1人じゃ入りづらかったりもするし。

 まあ、1人には1人のメリットだってあるんだから、あたしはそれを存分に活用すればいい。

 ……と、そんなことを思っていたけど、いざ1人で行動してみると、なかなか行く場所が決まらない。カフェやレストラン、ファーストフードに入るほどお腹も空いていないし、喉も渇いていない。前述した通りカラオケに1人で入る度胸はあたしにはないし、何より1人で入ってもつまらない。

 いきなり1人行動のデメリットにつまずいてしまったわけだ。あたしって結構優柔不断だったんだなぁ。

 とりあえず、お気に入りのショップにでも行くか。

 あたしは無難な行き先を決めると、ゆっくり目当ての場所に向かって歩きだした。

 やっぱ誰か誘えばよかったかな。これじゃ先が思いやられるな……。



 お気に入りのショップにはあたしが好きな感じの新商品の入荷はなかったようで、適当にその辺をブラブラしていると、時間はいつの間にか正午を回っていた。それに気付くと、思い出したようにお腹が小さくクゥっと鳴った。現金なお腹だ。

 なので、あたしは今馴染みのカフェにいる。

 適当にサンドイッチと飲み物を頼んで、あたしは1人まったりとしていた。

 すると。


「ねぇ、あんた」


 突然誰かから声をかけられる。

 驚いて声がした方を振り返ると、そこには見たことのない同年代くらいの男の子が立っていた。

 ベージュ色をした緩い感じのTシャツの下に黒系の7分丈のシャツを着て、首にカーキとグリーンをミックスしたようなマフラーを巻いている。

 パンツは膝の辺りに穴の開いたダメージデニム。その下から黒のスパッツのようなものが見え隠れしている。腰にはスタッズのついたキラキラのベルト。

 やけに薄着だけど、室内だから上着は脱いでいるんだろう。

 その容姿の中でも特に目を引くのは、ミーハーなようだけどやっぱり顔。

 女の子と言っても通りそうなパッチリとした二重に、一本筋が通ったようなくっきりとした鼻。その半ば欧州人のような綺麗な顔には不釣り合いにも見える顎と口に蓄えられた無精髭は、彼の雰囲気をむしろ崇高なものにしているみたい。

 そのせいか彼は、何だか容易く近寄ることが憚られるような雰囲気すらかもし出している。

「なぁ、あんた。無視すんなよ」

 そこでようやくあたしは、彼の容姿に見惚れてしまっていた自分に気付いた。

「あ、ごめんなさい。何ですか?」

 もしかしてナンパだろうか。

 自意識過剰と思うなかれ。あたしは今までこういうカフェでもナンパされたことがたくさんある。その経緯を踏まえた上での経験測だ。

 しかし、彼の口から出た言葉は、あたしの予想からはかけ離れたものだった。

「これ、落としたろ」

 そう言った彼が手に持っていたのは、黒の財布。ラメのようなもので装飾が施された、ブランド物の財布……って、それあたしのじゃん!

「さっきレジのとこで落としてたみたいだぞ」

「あ……ありがとう」

 なんだぁ……ナンパじゃなかったのか。急に拍子抜けしてしまった。

 ん? 『なんだぁ……ナンパじゃなかったのか』?

 まるでナンパだったらよかったのに、とでも思っていたかのような反応。

 まさかね。あたしに限って一目惚れなんて……。

 あたしは自分の考えを打ち消すように『ありがとう』と言って財布に手を伸ばした。

 ところが、財布を受けとるはずのあたしの右手は、無情にも空を切った。

 理由は簡単。あたしが手を伸ばした途端に、彼が財布を引っ込めたからだ。

「えっ……え?」

 我ながら呆けたようなリアクションをとってしまったものだと思うけど、あたしからしたら彼のその行動は、それくらい驚きの出来事だったのだ。

 そして、その後に彼から出た言葉もあたしからすれば驚かされるものだった。

「1割」

「は?」

「財布拾ったんだからさ、1割貰うのは当然の権利だろ?」

 あたしは唖然としてしまった。

 確かに財布を拾ったんだから、彼には1割の謝礼を貰える権利があるかもしれない。

 でもそれにしたって……フツー真っ先にそれを言うか? 最低限ありがとう、どういたしましてのやりとりくらいは先にするもんなんじゃないの?

 さっきまで見惚れていたのが急に恥ずかしく思えてきた。この男、相当の守銭奴に違いない。

 あれ? でもそれなら財布を拾って、わざわざあたしに届けにはこないよな? そんなにお金がほしいならあたしの財布をそのまま自分の物にしてしまうはずだ。

 あたしは彼の矛盾した行動に首を傾げた。

「ま、いいわ。1割払えばいいんでしょ」

「いや、いらね」

「はあ?」

 半ば諦めてあたしが財布の中身を取り出そうとすると、彼はまた意味の分からないことを言い出す。

 あたしは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「そんかわし、何かメシおごってくんね? 腹減ってんだけど、今月余裕なくてさ」

 そう言って彼は急に人懐っこい笑みを浮かべた。こいつ……いいヤツなんだか嫌なヤツなんだかよく分かんないヤツだな。

 あたしは本気で目の前の男の性格を図りかねていた。

 でもまぁ、財布の中身を考えたら、1割払うよりも食事を奢る方が安くつくか。

 そう思ってから、あたしは自分も相当の守銭奴だということに気付いた。



「あ〜、食った食ったぁ」

 満足気にお腹を擦る彼。その笑顔を見ていたら、たまには人に奢るのも悪くないかなと思えてしまう。

 例えこの男の子が相当の大食いで、結局1割渡すよりも高くついたとしても、だ。

「サンキュ、ごちそうさま」

 そう言って口の端に食事のソースを付けたままお礼を言ってみせる彼。

「お粗末さま。ねぇ、ところであなた、名前はなんて言うの」

 そういえばあたしは、食事を奢った相手の名前すら知らないのだ。こんな妙な話があるだろうか。

「ツヨシ。高宮剛」

 彼は素っ気なく名前だけを告げた。

「で、あんたは?」

「え?」

「名前」

「ああ……沙耶よ。有村沙耶」

「高校生?」

「うん、高校2年生。あなたは?」

「20歳のフリーター」

 同年代かと思ったら、なんと3つも年上だ。まあ、20歳と言われれば20歳に見えないこともないけど。

「童顔ね、あなた」

「ほっとけ。つーかさ、名前教えたんだから、あなたとかやめね?」

「じゃあなんて呼べばいいの?」

「剛でも剛くんでも高宮でも、なんかあるだろ?」

「じゃあ剛で」

「呼び捨てかよ」

「剛がそれでもいいって言ったんでしょ」

「もう定着してんのかよ」

「あ、あたしも沙耶でいいよ」

「うるせーよ」

 笑いながら言う剛。なんだか剛の笑顔を見ているとあたしも楽しくなってくる。

「ところで剛は、何かバイトしてんの?」

「ああ、フリーターだっつったろ? 飲み屋でな」

「……ホスト?」

「ちげーよ、ちゃんとした健全なバーのドリンク。まあ、バーテンダーってやつ?」

 ちょっと意外。あたしの予想としては、剛は工場とか工事現場とか、そういう肉体労働系の仕事だと思ってたから。根拠はないけど、なんかそんな感じ。

「なんか格好いいね」

「格好いいだけでやれる仕事じゃねぇけどな。酔っ払いの理不尽な文句にも笑顔で対応しなきゃならなかったりさ」

 まあ、仕事ってそういうもんなんだろうな。やりたくないこともやるから仕事。作りたくもない笑顔を作るから仕事。

 学生の分際で偉そうかもしれないけど、あたしの仕事観はそんな感じ。

 また『うるせーよ』とか言われそうだから言わないけど。

 ふと、あたしは自然に剛を受け入れている自分に気が付いた。

 平凡だけど、かなり非日常的な出会い。まあ、それも一重に剛の変な絡み方のせいだと思うけど。いきなり『財布拾ったから1割よこせ』って言われて、払おうとしたら『いらね』だもん。訳分かんないよね。

「なあ、沙耶」

「ん?」

 考えに耽っている時、不意に剛から声をかけられる。

「ちょっと用事あるから俺、そろそろ行くわ」

「え? そうなの」

 正直に言えば、あたしは剛のその言葉に対して寂しさを覚えた。

 もっと剛のことを知りたい。あたしはそんなことを半ば本気で考えてはじめていた。

「なに? 寂しい?」

 ニヤニヤとからかうようにそう言ってくる剛。

「まあ、ちょっとね」

 本心なのか照れ隠しなのかは自分でも分からないけど、口からは本当に自然にそんな言葉が出てきた。

 そんなあたしの考えを悟ったのかどうかは分からないけど、剛はカバンからメモ用紙とボールペンを取り出したかと思うと、何かを書き始めた。

「ほら」

 そして、その紙をあたしに渡してくる。 そこには、数字の羅列と、アルファベットの羅列が書かれていた。

「俺のケータイ番号とアドレス。ま、何かあったら聞いてやらないこともないぞ」

「……本当に?」

「んなことで嘘ついてどうすんだよ。ま、いらなかったら捨てろよ。じゃあ、悪いけど俺急ぐから」

 そう言って駆け足で去って行く剛。

 あたしはというと、ケータイ番号とアドレスが書かれた紙を握り締めて、1人で呆然としていた。

「高宮、剛……」

 口に出してみる。当然のように返事はない。

 これは……何なんだろう。何だか気分が高揚している。そのせいか少し鼓動も早い。

 その気分の理由は分からなかったけど、とりあえず、今の段階で分かっていることがひとつだけある。

 それは、今夜あたしは、剛にメールか電話をするだろうってこと。



※※※※※※※※※※※※


◇彼女の裏事情ファイル・その21◇


●有村沙耶の場合

・他人にご飯を奢ったり、財布を落としたりと、案外お金に無頓着




更新の頻度がバラバラで申し訳ないです。それなのにも関わらずいつも読んでくださってるみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。みなさん、本当にありがとうございます。

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