第20話※
タイトルにも「※」とありますように、今回はいつもとは違って「柴田朱里」というキャラクターが主人公の番外編です。
今までのお話のまとめというか、登場人物のおさらいみたいなものなので、見なくてもこの先読みすすめるにあたっての影響は多分ないと思われます。
朝。
いつもと同じ部屋で目が覚めて、いつもと同じように準備をして、いつもと同じような朝食をとる。
つまり、いつもと同じような朝。
でも、実はいつもとは違うところが、ひとつだけあるのです。
「じゃあ、おじいちゃん、おばあちゃん、行ってき〜ますっ」
「行ってらっしゃい、朱里」
「車に気を付けるんだよ」
「は〜い」
そうなんです!
今回の話はわたし、柴田朱里が主人公なんです! いぇい!
いつもいつも沙耶ちゃんばっかりにいい顔させてらんないし〜、うまくいけばこのままわたしが主人公に大抜擢! なんてこともあるかも?
(※ないです)
え、な〜に〜? マジ? そっかあ、そこまで言われたら仕方ないなぁ。特別に次話からはわたしが主人公になってあげてもいいよっ。
(※注意書きと会話するのはやめてください)
はい。かしこまり。
さて、そんなしょーもない話はさておき、ここで問題! ジャジャン!
あたしは今、一体何をしてるでしょーか?
はい残念。正解は、通学してる最中でした。不正解のあなたにはマイナス10ポイントをプレゼント!
もしもこのマイナスポイントがどんどん貯まっちゃって、合計マイナスポイントが100点を越す、なんてことが万が一起こってしまった場合、ドンマイ。
「あんた、朝っぱらからIQの低い地の文を書いてんじゃないわよ……」
「あっ、沙耶ちゃん」
みんなは全く、ちっとも、まるっきり知らないと思うから一応説明しておくと、今現れたこの子は、沙耶ちゃんっていって学校中のアイドルなの。
主人公であるわたしの脇を固める大事な脇役だよっ。
「誰が脇役よ、誰が」
「沙耶ちゃんっ☆」
「う〜わ、めっちゃ調子こいてるコイツ」
驚いたような顔をしている沙耶ちゃん。
ん〜、全く意味が分からな〜い。
「朱里、コレはあんたの一人称で進むタイプの小説なんだから、もっとちゃんと状況描写とかしなさいよ。さっきからやりたい放題やってくれやがっちゃって」
「いいじゃ〜ん! 主役になれる機会なんてそうそうないんだからさっ。今回はわたしの好きにやらせてよ」
「あんたの好きなようにやらせたら、話がめちゃくちゃになる気がする……」
「大丈夫だってば〜! 心配性なんだから沙耶ちゃんはっ。先輩風吹かせやがってこのクソアマ」
「……今ちらっと本音が聞こえた気がするんだけど?」
「気のせいだってば、クソアマ」
「気のせいじゃないねコレ。今言っちゃったねコレ。ていうか今日びクソアマって」
「もう、沙耶ちゃんは不安がりすぎ! この売女」
「うわ、謂われのないひどい暴言吐いたこの子。ていうかそろそろ状況描写とかしなさいよ。会話ばっかになってきてるから」
沙耶ちゃんは呆れたみたいに小さく溜め息をついた。……状況描写ってこんな感じのやつ?
「そう」
「別にいいじゃ〜ん、これ、コメディーなんだからっ。そんなに状況描写とかは重要じゃないさっ」
「まあ……あたしもずっと似たようなこと言ってきたから、強く反論出来ないのが辛いわね。だけど、あんた確実にちょっと歪んでる。読者にヒンシュク買うわよ」
「もうっ。沙耶ちゃんはもういいからっ。今回はわたしに任せてっ」
「……まあいいけど。読者のみなさん、どうか優しい目で見てやってください」
そう言って誰にともなく頭を下げる沙耶ちゃん。
たまに沙耶ちゃんがお母さんに見える時がある。
「まあいいわ。とにかく早く学校行くわよ。あたしは協力しないからね」
とか言いつつ、沙耶ちゃんはギリギリになったら協力してくれるの。沙耶ちゃんって、実はそういう子だもん。
「持ち上げても駄目よ。さっ、早く行くわよ」
何だかんだで沙耶ちゃんに主導権を握られてるわたし。
……沙耶ちゃんと離れたら、すごい勢いでハジケてやる。
「沙耶、朱里、おはよ」
教室に着くと千帆ちぃが真っ先に挨拶してくれる。
「おはよ〜、千帆ちぃ」
「おはよ、千帆」
わたし達は声を揃えて言った。千帆ちぃはかわいらしい笑顔を返してくれる。
わたしが沙耶ちゃんの恋人じゃなかったら、千帆ちぃを愛してしまっていたことだろう。
あ、ツッコんでくれる人がいないと、普通に誤解されそう、この言葉。
「有村さん、おはよう。……ああ、柴田さんもいたの」
「おはよ、麗華」
うわっ、嫌な奴が出てきちゃった。
みんな記憶の片隅にもないと思うから紹介しとくと、これは麗華っていう性悪の成金。
ちなみにわたしはお嬢って呼んでるの。
「なに? わたしがいちゃ悪いのっ、色ボケ」
「い、色ボケっ?」
「あ、朱里」
慌てたような沙耶ちゃんの声。
「まあまあ、わたしに高圧的な態度を取るのは勝手だけど、こっちはあんたの弱みを握ってるんだからねっ☆ へっへ〜」
「……有村さん?」
話したわね、とでも言うようなお嬢の視線が沙耶ちゃんに突き刺さる。
沙耶ちゃんは苦笑いだ。
「ごめんね、麗華。こっちにも色々事情があるのよ。ところでどう? 刃との付き合いは。順調? ラブラブ?」
「ラ……! べ、別に刃とはまだなにもないわよ」
「あれ? いつの間にかファーストネーム? しかも呼び捨て? あららら〜」
「ち、違うわよ。刃がそう呼べって言うから……」
冷やかすような沙耶ちゃんに、慌てたようなお嬢。完全に沙耶ちゃんのペースだ。
お嬢って、こんなに純なキャラだっけ。ていうか、相変わらず沙耶ちゃんも話術が巧みっていうか、狡猾だなあ。
この弁舌を最大限に活用すれば、政治家にでもなれちゃうんじゃないかな。
ともあれ、沙耶ちゃんはすっかりお嬢と話しこんじゃってる。
お嬢もいつもあれだけしおらしければ、もう少し仲良くしてあげるのに。
「朱里、あのあと沙耶から話聞いたんでしょ」
「え? うん」
これは千帆ちぃの言葉。優しい目をしてわたしの方を見つめている。
「なんかスッキリした顔してる。ちょっと前まで不満の塊みたいな顔してたのに」
そう言ってクスクスと笑う千帆ちぃ。
……わたし、そんな顔してたの?
「朱里と話したあとに、あたしと新くんにも話してくれたよ、沙耶」
「え?」
「息切らして走ってきてさ、『さっき朱里に話してきた』だって。なんか満足したみたいな顔でさ」
「へえ……」
「可愛いよね、なんか。子供みたいだった。朱里、すごい大事に思われてるよ」
「うん、わたしたちレズだから」
「……もう。すぐ茶化すんだから」
反応に困ったように苦笑する千帆ちぃ。
正直、千帆ちぃの話はすごい嬉しかったし、ちょっと涙出そうになった。でも、それを簡単に認めるのはなんだか悔しい。
わたしって、自分で思ってる以上に天邪鬼だったみたい。
そんなわたしの考えを知ってか、千帆ちぃは小さく笑いながら言った。
「朱里だって充分素敵だよ。すごくかわいらしい」
「うん、知ってたっ☆」
千帆ちぃみたいな綺麗な子に言われるとイヤミに感じかねないそんな言葉は、不思議と素直に受け入れられた。
これも千帆ちぃの人柄のせいかな。
そんなことを話してたその時、朝のホームルームを告げるチャイムが校内に響いた。
それと同時に担任が教室の引き戸を開けて入ってきたので、わたしたちは慌てて席についた。
「遅刻アル! 申し訳ないアル!」
そろそろホームルームも終わろうかという時間。
そんな頃になって、ようやく到着したらしいスゥが慌てたように教室に入ってきた。
「鈴。今月になって遅刻がもう5回目だぞ」
「あいや、申し訳ないアル」
申し訳ないのかアルのかはっきりしてほしいよね。
スゥは何度か担任に謝ってから席についた。ちなみにスゥの席はあたしのひとつ前なの。
「おはよ、スゥ」
「あっ、朱里ちゃん。おはようアル!」
バカ、声が大きいってば。
「鈴、挨拶は小さくな」
クスクスと笑う周囲の生徒と、赤面するスゥ。
憎めない奴なんだけどね。ちょっとドジっていうかたまに空回ることがあるの。
「あ〜あ、朝から失敗ばっかりアル」
柄にもなく落ち込んでいる様子のスゥ。まあ、この子のことだからどうせすぐに立ち直るだろうけどね。
「あっ、そういえば朱里ちゃん! アル」
ほら、もう声に元気が戻ってるからね。
ていうか、そこまで無理して語尾にアルつけなくてもいいのに。
「顔のアザはもう消えたアルね! よかったアル!」
「や、もう結構前に消えてたんだけどね」
スゥの言う痣ってのは、前にナンパ男たちといざこざがあった時につけられた痣のこと。
実際、もう16話の時点で痣なんかほぼ消えてたんだけどね。
「でもありがとっ☆ 心配してくれてたんだ」
「当たり前アル! 女の子の顔にアザがあるなんて、試験的に引きこもりを感じるアル!」
それ、どんな試験なんだろう。
え〜、通訳、というよりも翻訳をいたしますと、正しくは「致命的に憤りを感じる」でございます。
翻訳をしたにも関わらず日本語がおかしいのは、まあご愛敬ってことで。わたしのミスではありません。
でも、地味にスゥはわたしのこと心配してくれてたんだなぁ。ちょっと嬉しいねっ。
そんなことを思ったわたしは、知らず知らずにスゥに微笑みかけていた。
そして昼休み。
いつものメンバー、つまりわたしと沙耶ちゃん、千帆ちぃ、それにあっちんの4人で昼食をとる。
ちなみに念のために言っておくと、あっちんっていうのは玉山新くんのことです。
「なんか朱里、今日は機嫌いいな?」
これはあっちんの言葉。
「へっへ〜、分かる?」
第20話にしてようやく主役の機会がめぐってきたんだから、嬉しく無いわけがないじゃない。
「え? 朱里が主役?」
「え? そうなの?」
あっちんの他に、千帆ちぃも驚きの声をあげる。
そう言えば、千帆ちぃにも説明してなかったっけ。
「どうしてもやりたいって駄々こねるから、仕方なくね」
少し呆れたように言う沙耶ちゃん。
駄々こねるから、じゃなくて、約束でしょ。
「沙耶……。朱里に任せたら、物語がめちゃくちゃになるって」
うわ。あっちん、超失礼だし。
わたしだって主役くらいちゃんと出来ます!
「う、うん。あ、朱里が主役やったら、た、楽しいお話になるとお、思うよ?」
うんうん。千帆ちぃ、分かってるね。
この際、言葉が妙にドモってることは置いといてあげる。
「まぁ、今回はそういうことになったから。みんなよろしくね」
話をまとめるように沙耶ちゃんが言うと、納得してるんだか、してないんだかは分からないけど、みんなはとりあえずは笑顔で了承してくれた。
なんだかんだ言って、沙耶ちゃんは主人公としてみんなに信頼されていたんだなぁと何となく思った。
放課後の渡り廊下。
カバンを持って、わたしは1人で玄関に向かって歩いていた。
特別、事件とかも起きなかったなぁ……。せっかく主役になったんだから、何か大きな事件がドカーンと起こってもいいのに。
さて、今日会った人は、沙耶ちゃん、千帆ちぃ、お嬢、スゥ、あっちん。
となると、次に出会うのは、たぶんあの人だ。
そしてたぶん、あの人が何か大きな事件を持ってきてくれるはずだ。
「おぅ、朱里じゃん」
やっぱり。
わたしは声のした方を嬉々として振り返った。
「刃ちゃ〜ん! 待ってたよ! さ、早く何か大きな事件プリーズ」
「は? 事件?」
「ほら早く。今。すぐに。遠慮せずに。ずずずいっと」
「ごめん、お前の言ってる意味がまったく分からねぇ」
しまった。焦りすぎて支離滅裂なことを口走ってしまった。
わたしは一旦落ち着いて、事の成り行きを刃ちゃんに説明した。
「は〜、朱里が主役、ねぇ」
「どうせ向いてないとか思ってんでしょ?」
もう向いてないとか言われるのには慣れた。というか、半ば諦めかけているジツジョー。
「いや、いいんじゃねぇ?」
「……え?」
ちょっと予想外の展開に、わたしは面食らってしまった。
「沙耶とは違った意味でなかなか楽しめそうだしな。俺はいいと思うぜ」
しばらくは言葉の意味を噛み締める。そしてその意味が分かって来た途端、嬉しさが体中に溢れ出してくる
「じ、刃ちゃんはやっぱ分かってるねっ。抱く? わたしのこと抱いてみる?」
「なんでだよ」
「でも残念。わたし、そんな安い女じゃないの」
「意味分かんねぇんだけど、こういう場合はぶっ飛ばしてもいいのか?」
相変わらず物騒な男の子だ。
でも、その顔は笑っている。
わたしも何となくおかしくなって、大声をあげて笑ってしまった。
「やーめた」
「は?」
わたしの突然の「やめた」宣言に、驚いた様子の刃ちゃん。
「刃ちゃんがそう言ってくれただけで満足。沙耶ちゃんを真似てやってみたけど、やっぱわたしに主役は向かないって、やってみて思ったもん。実はすごい疲れるしね、これ」
わたしが早口にそう言いきってみせると、刃ちゃんは毒気を抜かれたようにぽかんとした表情を浮かべた。
「……まあ、朱里がそれでいいならいいんじゃねぇ?」
「うん。やっぱ主役は沙耶ちゃんだよ」
わたしはというと、少し清々しい気持ちだった。
やってみて自分には向かないとは思ったけど、1回だけでも主役を体験できて楽しかったしね。
「それに、わたしが主役だと、大した事件も起こらないみたいだし……」
「ん? なんか言ったか?」
「んーん、なにも」
ちょっぴり本音が口から漏れてしまったけど。
まぁ気にするな。
気にしたら負けだから。何かに。
さて、それじゃ、次回からはいつも通り主役をやってくれるように、沙耶ちゃんに頼んでこなきゃ。
じゃ、読者のみなさん。そんなわけで、バイバーイ。
※※※※※※※※※※※※
◇彼女の裏事情ファイル・その20◇
●柴田朱里の場合
・主役には向いていないらしい(本人談)。
少しまとめかたが強引だった気がしますが、楽しんでいただけたでしょうか。
感想をくださった快丈凪さま、ありがとうございました。アドバイスを参考にして、携帯から閲覧している読者にも優しい小説を目指したいと思います。
さらに、更新頻度がまちまちであるにも関わらず、この作品を応援してくださっている読者のみなさん、いつもいつも本当にありがとうございます。なるべく更新頻度を上げられるように頑張りますので、これからも宜しくお願いしますね。
それでは、いつも前書きや後書きが長くてすいません。長々と失礼しました。