第16話
今回、有村家の家族が総出演です!そのせいで話のテンポは若干遅いですが、よろしければご覧ください。
色々とあったが何とか無事冬休みも終わり、新学期がはじまった。
読者のみなさまには遊び惚けていたように見えたかも知れないけど、もちろん無事に宿題も終わらせている。
こう見えてもあたしは肩書きにはこだわるのだ。教師からは優等生の肩書きをもらっていた方が何かとやりやすい。
鞄に教科書やノートの類をしまいこむ。毎日の恒例となっていたはずのその行為は、半月足らずやっていなかっただけでえらく懐かしく感じられた。
シャワーを浴びて、髪をセットする。教師に目をつけられない程度の化粧も欠かさない。
素肌にバスタオルを巻いた格好のまま部屋に戻り、洗い立ての下着を身に付け、シャツを着てスカートを穿く。スカートの丈は膝上7センチから8センチ程度。これ以上短くすると教師から指摘を受けることは確認済みだ。
ブレザーを羽織り首にマフラーを巻き付ける。これであたしのいつもの通学スタイルが完成する。と言っても、実際にマフラーを巻くのは家を出る直前なんだけど。
外は寒いがコートの類は着込まない。特に主だった理由はないが、一口で言えばこだわりである。
そこまで準備が終わると、今度はダイニングで朝食。すでに朝食は用意されていて、今朝はスクランブルエッグにバタートースト、カリカリに焼いたベーコンというメニューだった。
「沙耶、おはよう」
穏やかな笑顔で挨拶するこの人はあたしのパパ、有村尚樹。
16話ほども学園コメディーを続けてきてやっと親が初登場というのも、よく考えればおかしな話だ。
スラリと伸びた長身に、さっぱりとした小綺麗な風貌。17の娘の父親にしては見た目、実年齢ともに若く、37歳。つまり、20歳の時に初めて子どもを授かったという計算になる。
娘のあたしが言うのもなんだけど、とても格好いい自慢のパパだ。線の細さも手伝ってか、少し頼りないところはあるけれど。
「おはよう、パパ」
席につきながらあたしも笑顔で返事をする。そうすると、ママがあたしの牛乳を持ってきてくれた。
「おはよう、沙耶ちゃん。飲み物は牛乳でよかった?」
のんびりとした口調で言うママ。顔には例によって穏やかな笑みを浮かべている。相当おっとりした両親だと思う。
ママの名前は有村晴香。綺麗な黒髪に細身の体。目が大きくていつも笑顔を絶やさない、娘のあたしから見ても可愛い母親。
常にパパの1歩後ろをついていく感じの、今時珍しい大和撫子だ。あたしが言うのはおかしいかもしれないけど、何をしていても楽しそうなので、たまに子どもみたいに見えたりする。
「うん。ありがと、ママ」
牛乳の入ったグラスを受け取る。
ママはパパよりさらに若い。なんと、まだ35歳である。
つまりママに至っては、18の時に子どもを生んだわけだ。
その苦労はあたしには分からないが、推して知るべし、である。
「やっば〜い、遅刻遅刻っ!」
その時、そんな騒がしい声とバタバタとした足音が聞こえた。
その声の主は、妹の菜緒。歳はあたしの一個下で、実は豊南高校の一年生である。
身長はあたしより若干低く、150半ばくらい。鋭いつり目に長いまつげ、ともすればきつそうに見えなくもない顔立ちである。
髪は襟足が背中に届くか届かないかくらい。その髪型の一番の特徴は、前髪の向かって左側が長く、右側が短い、いわゆるアシンメトリーと言われるヘアスタイルであるところだろう。
そんな彼女、家を出る時間まであと30分もないと言うのに、まだパジャマ姿である。
「もーっ、お姉ちゃん、なんで起こしてくんないのよっ」
そう言ってあたしに非難の言葉をかける菜緒。彼女には悪いが、それはいわれのない非難である。
「いっつも自分で起きなさいって言ってるでしょ?」
「でも始業式の日くらいさぁ……とか言ってる場合じゃないやっ、急がなきゃ」
そう言って騒がしく洗面所の方に駆けていく菜緒。我が妹ながら、まるで嵐のような子だ。
これだけで、同じ学校に通っているにも関わらず、あたしたち姉妹が一緒に登校しない理由が分かっていただけると思う。
妹は遅刻の常習者なのである。妹を待っていたらあたしまで遅刻してしまう。
あたしはゆっくりと食事を開始した。『早く起きればあんただってこれだけゆっくりご飯が食べれるのよ』という意味も込めて。
パパとママは、まるで微笑ましいものでも見るかのように目を細めていた。
結局、あたしは菜緒を待っていてやることにした。優等生の姉として、妹があまり遅刻を繰り返すのは問題かもしれない。今更ながらそんなことを考えたためだ。
それに、菜緒はいつもと比べれば今日は早く起きた方だ。ママの話によると、彼女は朝のホームルームが始まる時間に起きることもざらだという。
今の時刻は8時ちょうど。家から学校までの所要時間はおよそ20分。うちの学校は8時45分までに席につけば遅刻にはならないから、実際は余裕なのである。
何より、いつもは8時30分過ぎに起きる妹が、今日は8時前には起きたのだ。まあ及第点と言ってしまっていいんじゃないだろうか。
そういう考えもあって、あたしは菜緒を待つことに決めた。
「菜緒っ、早くしなよ?」
「もーちょい待って。もう少しでご飯食べ終るから」
急いでるのに何がご飯だ、と普通なら声を荒げるところなのかもしれない。
だが、基本的にうちは朝食を抜くのが禁止である。
ママ曰く、
「朝ご飯は1日の基本よ? 遅刻しないことも大事だけど、何事もゆとりを持たなくちゃ」
らしい。
娘が遅刻しそうなのを押しきってまで朝食をとらせる母親っていうのもどうかと思うけど、ママのそういう考え方は好きだ。
そんなことを考えているうちに、どうやら菜緒の準備が整ったようだ。
「お待たせっ。お姉ちゃん、行こっ」
そう言いながら鞄を肩にかける菜緒。時間は8時10分。これなら十分間に合いそうだ。
「お姉ちゃん、同じクラスのヒトシがお姉ちゃんのこと可愛いって言ってたよ。ウチのクラス、お姉ちゃんのファンいっぱいいるんだよねー。てゆーか、学校にお姉ちゃんのファンクラブみたいなのあるんだねー。妹としても鼻が高いよ。お姉ちゃんのこといちいち色々訊かれるのは正直めんどいんだけどね。あ、そういえばさ……」
菜緒のマシンガントークに付き合いながら学校までの道を急ぐあたし。それにしてもよく喋る。まあ、女の子らしいと言えばそうなのかもしれない。
ん? ってことはあたしは女の子らしくないってこと?
そんなことを考えていると、不意に車道からブレーキ音が聞こえた。
こんな信号もないところで、と思ったが、すぐに理由は分かった。車道にあったのは、黒塗りのリムジンだったからだ。
後部座席の窓がゆっくりと開いていく。
「有村さんじゃないの。学校に向かってるところかしら」
思った通り、中にいた人物は麗華だった。分からないという人は第12話参照でよろしく。
「そうよ。妹の準備を待ってたら遅くなっちゃって。あ、この子、妹の菜緒よ」
そう言ってあたしが菜緒を見ると、菜緒はペコリと頭を下げて言った。
「あっ、あの、早乙女麗華さんですよね」
「そうだけど」
「きゃー、有名人の早乙女麗華さんに会っちゃった! みんなに自慢しなきゃ」
そう言って1人はしゃぐ菜緒。麗華は半ば圧倒されたような表情だ。
「有村さん、姉妹でずいぶん性格が違うようだけど」
「あはっ……まあね」
「ところで菜緒ちゃん、だったかしら。私が有名人ってどういうことかしら」
麗華が尋ねると、菜緒は少しきょとんとした表情を浮かべる。
「あれ? 知りませんでした? ちょー可愛くてちょースタイルいいけど、性格の悪い成金お嬢って有名ですよ」
瞬間、空気が凍った、気がした。
我が妹ながら、なんて歯に衣着せない物言いだろう。
当の本人は全く悪びれずにニコニコと笑顔を浮かべている。
麗華はと言うと……無表情のまま顔の筋肉を硬直させている。ちょっと怖い。
「……有村さん」
「……はい、何でございましょうか」
「柴田さんといい菜緒ちゃんといい、あなたは少し教育が甘いみたいね」
「あ、朱里はあたしのせいじゃないんじゃ……」
今日はやけにいわれのない非難を浴びる日だな、と思った。
「おっ、沙耶じゃねぇの」
困惑するあたしに、誰かからの声。
誰だろうと思って振り返ってみると、そこには刃の姿があった。
地味に制服姿を見たのははじめてだ。なかなか様になっている。
「何してんだ? 悠長に話してるけど、結構遅刻ギリギリだぜ」
地獄に仏とはこのことだ。麗華の怒りから逃れる口実が出来てしまった。
とは言っても、教室に行けば顔をあわせる羽目にはなるんだけど。
「あ、本当だ。じゃあそろそろ行かなきゃ」
「有村さん」
あたしの言葉を遮るように麗華の声。
怒られるのかなと思ったけど、表情を見ると、彼女はある一点を見つめて何やらぼんやりしているように見える。
その視線の先には……刃がいた。
麗華はあたしの耳元に口を近付けると、小声で言った。
「さっきの非礼はなかったことにしてあげる。その代わり、そこの男の方を紹介していただけるかしら」
……なるほど。そういうことか。
まあ、刃って格好いいもんなあ、実際。
仕方ない。あたしが助かるためだ。刃には犠牲になってもらおう。多少の犠牲はつきものだもんね、うんうん。
「お姉ちゃんのオニ」
誰のせいだこの小娘が。
おっと、いけない。あたしは慌てて笑顔を取り繕った。
「刃。この人は早乙女麗華。うちのクラスの女の子だよ」
いきなり紹介されて一瞬戸惑った様子だったが、刃はすぐに冷静になって言った。
「あぁ、よろしく。魁堂刃だ」
その表情は笑顔。あまりにも人当たりのいい笑顔だった。
「早乙女麗華よ。よろしく」
相変わらず自信に満ちた表情の麗華ではあるが、心なしか顔が赤い。
「ところで魁堂くん、あまり時間がないんじゃない? うちの車で学校まで送りましょうか?」
あれ? 刃だけ? あたしたちは?
ちょっとした疎外感を覚えつつ、あたしと菜緒は顔を見合わせた。
「そりゃ助かるわ。正直もう走っても間に合いそうにねぇからな」
そう言って、嬉しそうに両手を合わせる刃。
確かに、時刻はすでに8時30分を回っていた。今から全力疾走で学校に向かったところで、朝のホームルームの最中に教室に辿り着くのがせいぜいだろう。
「助かったな、沙耶。じゃあ、早速乗せてもらおうぜ」
「え?」
まるでステレオのように同時に間抜けな声を出したあたしと麗華。
そりゃそうだ。麗華は車に刃だけを乗せるつもりだったはず。
でも刃は、あたしと菜緒も車に乗り込むのが当然だと思っている。
さらに言えば、麗華からすればこの誘いは、刃と2人切りになるためのきっかけだった。
戸惑うあたしと麗華をよそに、刃はさらに言葉を続けた。
「なんだよ、早く行こうぜ。みんな揃って遅刻しちまうぞ」
「う、うん。麗華、いい?」
「……仕方ないわね」
渋々、といった感じでその提案を了承する麗華。
この状況でそれを無下に断れば、自分が悪者になってしまう。
多分、彼女の頭の中ではそういう算段がなされたのだろう。
でも、もし麗華が本当にそんなことを考えていたとしても、あたしたちだって出来れば遅刻はしたくない。
背に腹は代えられないのだ。あたしたちはゆっくりと麗華のリムジンに乗り込んだ。
途中、あたしは麗華に言葉をかけられた。
「有村さん。あとでちょっといいかしら?」
引きつったような笑顔の麗華。
……怖え〜。
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◇有村沙耶の裏事情ファイル・その16◇
・ぶっちゃけ思い付かない。
詩斗様、評価ありがとうございます!普通に名前だしてもいいのかなあ。問題があったら教えてくださいね。削除いたしますので。
また、いつも応援してくださっているみなさんに加え、初めて読んでくださった方、「別に面白くないじゃん」と思われている方も、読んでくださってありがとうございますね。
これからもどんどん更新していきますんで、みなさんよろしくお願いしますね!