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彼女の裏事情  作者: CORK
16/31

第15話

前回の続きです。


「あ〜、ワタシなんにも食べてないアル」

 カフェを出ると、思い出したようにスゥは大声をあげた。それに呼応するように彼女のお腹がくぅ、と情けない音を鳴らす。

 彼女が店に入ってきたのが19時30分頃。あたしたちが連れだって店を出たのが20時ちょっと前。

 外はすっかり夜の帳に包まれていて、昼間より幾分か冷たい風が体を震わせる。

 それくらいの時間はちょうど夕食時か、それをちょっと過ぎてるかくらいの時間帯。ちょうどお腹が空いてくる頃だし、彼女の主張も仕方ないと言えば仕方ない。

 でも、店を出た理由はそもそも、彼女があまりにも店内で騒ぐからなのだ。

 こっちとしてはそこに文句をつけられても困る。

「大体、スゥは何をしてたの? こんな時間に一人で街にいるなんて」

 あたしはふと疑問に思ったことをスゥに尋ねる。スゥは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、それをすぐに笑顔に変えて言った。

「ちょっと買い物アル」

 買い物?

 スゥはまるで何事もなかったかのようにそう言う。それにしては、あたしとしては気になる点があるんだけど。

「あんた、手ぶらみたいだけど、買ったものはどうしたの」

 そうなのだ。

 ちょっと買い物アルのはずのスゥは、一切の手荷物を所持している様子がなかった。

 一概には言えないけど、買い物をしたんなら紙袋くらいは提げているのが普通だろう。

 一旦家に帰って荷物を置いて来たのかな?

 それとも、まさか……。

「あ……」

 あたしの言葉を受けると、スゥは途端に顔を青くした。どうやら予想的中らしい。

「マズいアルっ! 買ったものをどこかに忘れて来てしまったアルっ」

 やっぱり……。

 あたしは彼女のそそっかしい行動に苦笑いを浮かべた。

「どこで忘れてきたか分かる?」

「……分からないアル。今日行った場所をシラミツブシに探すしかないアル」

 あからさまに落ち込むスゥ。

 まったく、世話のやける子だ。

「しょうがないなぁ。手分けして探しますか」

 あたしがそう言うと、スゥの表情がパァっと明るくなる。

 しかし、その数秒後に俯いて上目遣いの表情で言った。

「でも……迷惑じゃないアルか? もう相当暗いアル……」

「そうだなぁ。こんなに暗いのに女1人でその辺を彷徨わせるわけにはいかないよな」

 とは刃の弁。

 つまり、忘れ物探しを手伝ってくれる、と言っているのだ。

 スゥはその言葉の意味を吟味するように顔を上げた。

「1人で探すより4人で探した方が絶対早いしね〜☆」

 朱里が笑いながら言う。

 スゥはようやく言葉の意味を理解したようだった。

「みんな……ありがとうアル。感謝感謝アル」

 少し涙目になりながらお礼の言葉を述べるスゥ。

 まったく、大袈裟なんだから。

 あたしは相変わらずの苦笑いを浮かべて、みんなに言った。

「じゃ、2人ずつに別れて探しましょうか。それじゃスゥ、今日行った店を教えて。全部よ」



 じゃんけんの結果、あたしはスゥと一緒に行動することになった。

 まぁ、朱里とスゥのコンビだとまとまりがなさそうだし、朱里にはあたしか刃が一緒につかないとダメなような気がするので、丁度いいと言えば丁度良かった。

「スゥ、あった?」

「ないアル……」

「そう。インフォメーションにも訊いてみたけど、落とし物は届いてないって」

「そうアルか……」

「じゃあ次の場所へ行くわよ」

 そんな感じで、スゥの今日の行動範囲をしらみつぶしに探していく。効率は悪いかもしれないが、他に方法なんて思い浮かばなかった。

 ちなみに、交番には真っ先に行ってみた。落とし物は届いていないということだ。スゥは警官に落とした袋の特徴を告げ、電話番号を教えていたようなので、落とし物があればすぐに連絡が届くだろう。

 つまり、連絡が届かない限りは端から端まで探してみるしかないのだ。

「やっぱりないアル……。きっと、誰かに持って行かれちゃったアルよ」

 そう言って落胆の表情を浮かべるスゥ。半ば諦観の色すら窺わせるような暗い顔だった。

「諦めるのはやることやったあとでも出来るでしょ。さ、次の場所は?」

 弱気になるスゥをなんとか慰める。

「沙耶ちゃん……。ありがたいアル」

 そう言うスゥの表情は、泣きそうにすら見える。

「お礼は落とし物を見つけてからね」

 あたしは笑顔を返す。なんとかスゥの落とし物を見つけてあげたい。

 それに正直、ここまでの努力が全部水の泡になるのは悔しかった。

「あっ」

 突然大声をあげるスゥ。

 あたしはびっくりして小さく悲鳴をあげそうになってしまった。

「な、なによスゥ。驚かせないで」

「ごめんアル。でも、まだ探してない場所があったことに気付いたアル」

 まくしたてるように言うスゥ。その表情には、普段の明るさが戻りつつある。

「ワタシ、沙耶ちゃんたちとカフェで会う直前に、路地裏にいたアル。それまでは確か袋を持っていたはずアル。多分、路地裏に落としたと考えて間違いないアル」

「路地裏? なんでそんな所に行ったのよ」

「よく分からないアルけど、路地裏の方から悲鳴が聞こえたアル。『助けて〜、犯される〜』とか聞こえた気がしたアル。行ったら誰もいなかったアルけど」

 ……何だか他人事に思えないのは、あたしの気のせいだろうか。

「沙耶ちゃんの声に似ていたアルけど、多分気のせいアルね」

 それ、もろにあたしの悲鳴やんけ。

 まさか、あの時駆けつけた人の中にスゥがいたとは思わなかった。

 あたしは気を取り直すように軽く咳払いをして言った。

「とにかく、行ってみよう。路地裏ならあんまり人も通らないし、まだスゥの落とし物もあるかもしれない」

「了解アル!」

 スゥの声は、すっかり明るさを取り戻していた。

 彼女の落とし物が本当にあったらいいけど……。

 あたしは期待半分、不安半分で路地裏に向かった。



「あっ、あったアル!」

 歩くこと10分。あたし達が路地裏に着くと、何秒もしないうちにスゥがとびきりの笑顔で言った。

 彼女の視線を目で追ってみると、たしかに紙袋のようなものが電柱の影に落ちている。

 見つかりにくい場所に落ちたのが幸いしたのか、誰にも見つからずにそのままになっていたようだ。

 小走りで紙袋の方に向かうスゥを見て、あたしは安堵の溜め息を吐いた。


 と。

 その時だった。

 

「死ねやコラァ!」

 背後からそんな怒声が聞こえてきたかと思うと、あたしは右肩の後ろ辺りに強い衝撃を感じた。

 突然のことにその勢いを殺すことができず、地面に倒れ込むあたし。

「う、ぐぅ、あぁ……」

 どうやら、後ろから誰かに何か硬いもので殴られたようだ。

 声が聞こえて咄嗟に前屈みになったことが幸いして、それを頭に喰らうことは避けられたが、それでもダメージは甚大だった。

 あたしは堪らず右肩を抑えたまま呻き声をあげて地面を転がった。

 痛い。

 シャレにならないくらい痛い。

 あまりの痛みに呼吸もままならず、あたしは息を荒げた。

 情けないことに、あまりの痛みで目から涙か溢れ出しそうになる。

「さ、沙耶ちゃん!」

 スゥは慌ててあたしの元に駆け寄ろうとした。


 だが。


「動くんじゃねぇ! コイツの頭叩き割るぞ!」

 再び響き渡る怒号。コイツの頭、とは、つまりあたしの頭のこと。

 痛みに耐えられないばかりか、抵抗も出来ない自分に腹を立てながらも、その気持ちとは裏腹にあたしの体は恐怖で震えていた。

 スゥはじれったそうな表情を浮かべながらも、その場で動きを止めた。

 あたしとスゥとの距離は、約10メートル。スゥがどんな行動を取ろうが、あたしの頭が叩き割られる方がきっと先だろう。

 涙で滲んだ目で声のした方を見ると、例のナンパ男がいた。数は何故か2人。

 その男たち、例の間延びした口調の男はバタフライナイフ、鼻絆創膏の男は金属バットを手に携えている。

 あたしは、どうやら金属バットで殴られたようだ。

 思い出すとまた激しい痛みが右肩を襲う。

「てめぇらのせいでゴウは病院送りにされちまった。報復だ。てめぇらも病院送りにしてやる」

 ゴウ、とは例の冷静な口調の男のことだろう。

 朱里に思い切りやられて、呼吸もままならないほど顔を腫らしていたが、病院送りになったらしい。

「まずはぁ、お前らからやってやる。そのあとでぇ、刃とあのチビ女だ」

 バカっぽい口調でそう言う男。手元でカチャカチャとバタフライナイフを弄っている。

 こんな奴らに……。

 こんな奴らに抵抗できないなんて。

 こんな奴らに恐怖を感じているなんて。

 そう思うと、堪えていた涙が溢れ出した。

 恐怖より屈辱が勝っていた。

「ったく、ごちゃごちゃ歩きまわりやがって。大変だったぜ、バットを隠して持ち歩くのはよ。人気のねぇところに行ったら殴ってやろうと思って尾けてたけど、そのまま帰っちまったらどうしようかと思ったぜ」

 勝ち誇ったつもりなのか、やたら饒舌な鼻絆創膏男。

 その時の男は、明らかに油断していた。

 その油断を今か今かと待ち構えている人物がいたことも知らずに。

「沙耶ちゃん、動かないで!」

 そう言うとスゥは、機敏な動作で袋から何かを取り出し、男に投げつける。

「なっ」

 男は驚いて咄嗟に金属バットでそれを防ごうとする。

 それがいけなかった。

 スゥが投げつけたものは、香水の入った瓶。

 男が前で構えた金属バットにあたると、瓶が割れて香水の中身が男にぶちまけられた。

 それが目にでも入ったのか、男は金属バットを落とすと両目を押さえてうずくまり、激しい呻き声をあげた。

「うわぁ、バカっ。バット落とすんじゃねぇよぉ!」

 間延びした口調の男が、落ちた金属バットを拾おうと慌てて手を延ばす。

 あたしは、そうはさせまいと、倒れた体勢のまま金属バットを思い切り蹴った。

「なぁっ、て、てめっ」

 男は明らかに動揺していた。弾かれて転がっていくバットは、やがてスゥの足下で止まる。

 呆然とする男を余所に、スゥはゆっくりとした動作でそれを拾い上げた。

 まるで……鬼神のような表情で。

「さて……覚悟はいいんでしょうね?」

 怒りのためかすっかり標準語になってしまったスゥ。いつもの人懐っこい穏やかな表情はどこへやら、眉の端をつり上げて、眉間に皺を寄せる彼女の表情は、まさに鬼のようだった。

「う、うるせぇっ、このっ」

 男は手にしたバタフライナイフをスゥ目がけて振りかぶった。

 スゥに切りつけるつもりだ。

「スゥ、危ないっ」

 あたしは叫びながら、後に予測される惨事を恐れてぎゅっと目を瞑った。

「うぐっ」

 聞こえてきたのは予想に反して、野太い男の声。

 あたしは恐る恐る目を開けた。

 するとそこには、膝をついただらしない格好で前のめりに倒れる男の姿があった。

 男はナイフを持っていない。

 周りを見渡すと、少し離れた塀の下に、男の持っていたバタフライナイフが落ちているのを見つけた。

 あたしには状況がよく飲み込めなかったが、多分スゥが男のナイフを叩き落としたのだろう。

「スゥ……?」

 スゥはあたしの声に反応して、あたしの方に目をやった。

 そして、にっこりと微笑む。

「大丈夫? 沙耶ちゃん」

 いつもとはうって変わって、凛とした美しい表情だった。

 スゥの言葉を受けてあたしは自分の右肩をさすってみる。

 まだ若干痛みは残っているが、だいぶ楽になっていた。

「ん、大丈夫」

「そう。よかった」

 穏やかな笑顔でそう言うと、スゥは突如その表情を冷淡なものに変え、目を押さえたままうずくまっている男に視線を落とした。

「金属バットで殴られるのって、すごい痛いと思うんだよな〜。ちょっと試してみよっかな〜」

 そう言って妖しく微笑むスゥ。

 お嬢さん、ちょっとキャラ違いすぎませんか……?

「あ、いいところに標的があった」

 鼻絆創膏男とスゥの視線が交わる。

 男の表情が、みるみる恐怖に脅えたものに変わっていく。

「ちょっ、やめろお前! そんなもんで殴ったら、どうなると思ってんだよっ」

 男のその言葉にはさすがのあたしもカチンときた。

 それはスゥも同じだったのか、先程の妖しい笑みを真顔へと変える。

「どれだけ痛いか教えてね」

 そう言ってバットを振りかぶるスゥ。

「や、やめろ! やめてくれっ」

 バットは、振り下ろされた。



「大丈夫アルか? 沙耶ちゃん」

 心配そうに尋ねてくるスゥは、すでにいつも通りの彼女だ。言葉遣いも普段のものに戻っている。

「ん……まだちょっと痛むけど、まぁ大丈夫」

 思い出すとまた右肩の痛みが蘇ってくる。

 まぁ、普通に動くし、折れてたりってことはないだろう。当たり所がよかったのか、それとも男が寸前に少し躊躇したのかは知らないけど。

「ま、こいつらもこれで少しは懲りたかね」

 そう言ってあたしは男達に視線を移した。

 1人はお腹を押さえながらのびてしまっていた男。間延びした口調の男だ。

 そしてもう1人は、鼻絆創膏の男。こいつも地べたで気絶している。

 だけど、鼻絆創膏が気絶しているのはスゥに殴られたからじゃない。というか、結局スゥは殴らなかった。脅し的な意味でバットを振り下ろしただけだ。男の頭の真横に。

 よほど驚いたんだろう。殴られてもいないのに男は気絶してしまったのだ。

 その時、あたしは近づいてくる人影があることに気付いた。

 刃と朱里である。

 2人はこの光景を見て、驚いたような表情を浮かべている。

「な、おい沙耶。またこいつらに絡まれたのか?」

 心配そうな刃。まだ会って間もないというのに、いいヤツなんだな。

「まぁね」

「ほんっと懲りないね、このバカ男どもはっ」 これは朱里の言。怒ったような呆れたような表情を浮かべている。

 朱里もこの男たちには怪我を負わされている。といっても過剰なほどに報復はしたけど、苛立ちが募っているようだ。

「ったく、俺もなんでこんな奴らと友達だったんだ。おい、起きろ」

 さすがにこのまま寝かせておくわけにはいかないと思ったのだろう。刃が男達に声をかける。

 まあ、比較的暖かいとはいえ冬の雪国だ。放っておいたら凍死してしまう危険性もある。

 先に目を覚ましたのは、間延びした口調の男だった。

「うぅ……あ、刃っ」

「起きたか」

 無表情のままもう1人の男にも声をかける刃。

 やがて、鼻絆創膏の男も目を覚ました。

「お前ら、今度こいつらに何かしたら、分かるよな?」

 刃はこの場には似つかわしくないほどの笑顔。

 それを聞いた男達は、表情を凍りつかせた。

「まあ、死にたいんだったらいつでもこいつらにちょっかい出せばいいさ。いつでも殺してやるよ」

 そして刃は、まるで夜叉のような表情になる。

 刃の怖さはこいつらも身をもって知っているのだろう。分かったと震えた声で返事をする。

「じゃあ、行けよ」

 一目散に去っていく男2人。

 あたしも金属バットで殴られはしたものの大した怪我もないようだし、ひとまず丸くおさまったと言えるだろう。

 とりあえずはめでたしめでたし、かな?

「あ〜っ!」

 突然大声をあげるスゥ。

 心臓がいくつあってももたないから、この癖は直してもらいたい。

 そんなことを考えつつ、あたしは突然の大声を不思議に思ってスゥの方を覗き込む。

「あいつらに香水の弁償させればよかったアル……」

 ……なんて逞しい子だろう。



※※※※※※※※※※※※


◇有村沙耶の裏事情ファイル・その15(特別編)◇


●鈴四花の場合

・キレると過剰にキャラが変わる。


とりあえずこの話はここで一段落です。

キャラクターを提供してくださった皆様、新しく評価をくださった高村さま、ありがとうございました!


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