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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 11
82/95

the icing on the cake

 


 同日。

 アパートの前に立っていた人影を見て、白田は目を丸くした。

 夢かと思った。はっきり言って、見間違いだとほぼ確信していた。

 栗色のさらさらした長い髪。色は、今はもう黒ではない。大きな目は幼げにも見えるが目元は涼やかで、すっと伸びた背筋は自然なのに真っ直ぐだ。

 当然ながら幻ではなく、苦々しい声が白田の鼓膜を打った。


「……どうしてそこで目を擦るのかしら」

「え、いや! だってなあ、まさかいるとか思わないだろ!」


 動揺する白田を、眞咲は呆れたように眺めた。

 笑顔だが、どことなく不機嫌な空気が伝わってくる。

 思わず逃げ腰になった白田の前までやってきて、眞咲は殊更、にっこりと笑みを深めた。


「さて質問。ルクセンブルクからここまで、TGVで何時間?」

「え? あー……五時間ぐらい……?」

「あなたが最後に会いに来たのは?」

「……三ヶ月くらい、前……だったと……」

「その間のオフの日数は?」

「えーと」

「数えなくていいわ」


 馬鹿正直に受け止めた白田が指折り数え始めるに至って、眞咲はぴしゃりと言った。

 細面から、ようやく作り笑いが引っ込む。その顔はどこか物言いたげで、それでいて、言い淀むようなためらいを含んでいた。


「三ヶ月よ」

「え、あ、うん。……えーと」

「……どうしているのかと心配になっても、不思議ではない頃合いだと思うわ」


 初めて聞くような発言だった。

 妙なむず痒さに耐えられなくなり、白田が慣れない軽口を叩く。


「それってもしかして、俺に会いたかったってこと……なわけないよな! 悪い! 言ってみただけだから頼む、怒らないでくれ!」


 白田が勢い込んで眞咲を拝む。

 目を丸くしていた眞咲は、勝手に撤回した白田に、深々とため息を吐いた。

 次に顔を上げた時は、いつもどおりの、完璧なまでの笑顔だった。


「元気そうでなによりね。帰るわ」

「本気で顔見に来ただけかよ! 待てって、食事くらい……怒ったなら謝るって!」

「怒ってない。こっちだって多忙なだけ」

「やっぱ怒ってるだろ!」


 踵を返した眞咲を、白田が慌てて引き止める。

 異国での日本語のやりとりでも、内容はわかりやすいようで、通りすがりの人々が笑いながら二人のやりとりを眺めていた。


 


 ふてくされた眞咲が仏頂面で振り返るまで、あと二十秒。

 関係性は、ゆるやかに変換点を迎えていた。


 


 


 


 


 


 

これにて本編完結です。

長らくのお付き合い、本当にありがとうございました。

お読み下さった皆様のおかげで、本当に楽しく続けることができた、とても幸福なお話でした。

言葉では言い表せないほどに感謝しております。ありがとうございました。


今後は同じくらいのペースで番外編を更新予定です。もしこの人の今後が気になる、こんなエピソードが読みたい、といったご希望がありましたら、お教えいただけるととても嬉しいです。

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