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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 11
81/95

その後のこと

 ――20××年 鳥取某所にて


 


 


 いらっしゃい! お一人様? カウンターどうぞ。


 お客さん、関東から? ――ああ、やっぱり。今日はガイナスの試合だったからなあ。

 スタジアムで配ってる観光案内の……そうそう、それ。

 うちの店も載せてくれててな。ほら、ユニフォーム着てるお客さん、多いだろ?


 え? お客さん、相手チームのサポーターじゃあないんだ。

 はあ、取材ねえ。

 まあ、どっちでもいいさ。山陰のいいところは何てったって海鮮の旨さだからな。しっかり堪能してってくれよ!


 ガイナスかい? そりゃあ当然、俺も応援してるさあ。

 とうか、ここらへんはどこもそうだね。

 商店街も幟立ててるだろ? みんなそうだよ。

 なんせ、鳥取の看板しょってんだから。

 うちの息子なんざ、バイトした金を何に使うのかと思えば、仲間とつるんで他県まで行ってるから。

 本当にね、勉強してんのか、大学生、って言いたくなるよ。

 俺だって見たいのにさあ。


 ま、店があるからね。

 でもほら、あそこのテレビでね。いっつも流してるよ。

 時間が決まってないからなあ、仕込みしながら見てたり、店やりながら見てたりね。

 それに、最近は録画しなくても、いつでも見られるやつがあるだろ。ありゃいいねえ。


 代表の試合のときなんか、まあ結構に盛り上がってるよ。

 お客さんと一緒にね。

 そう、なんと言っても白田! よくわかんなくてもさ、白田が点取ればそれでいいんだよ。

 ――うん? そうそう。その白田。

 いっつもね、現役のうちに鳥取に帰るってね、言ってくれてて。

 そりゃあやっぱり、嬉しいよねえ。


 でもまあ、うちもいい選手いっぱいいるから。戸崎とか山ノ勢とかね。若いのもね。

 ロートルになってから帰ってくるんじゃ、そうそう簡単にスタメンは譲らないだろうさ。

 向こうで頑張ってくれてるのも嬉しいけど、いいとこで帰ってきてもらわないとなあ。


 そうそう、その白田が好きだったのが、こっちの鳥取名物あごちくわだ。

 ひとつどうだい?

 そうそう、そうこなくちゃ!


 え? ドキュメンタリー映画?

 そんなのできるのか……へえ、「あの頃」のねえ!


 なつかしいなあ、いいね、そりゃ楽しみだ!

 ウチが一番派手だった時代だよ。面白いもんができるといいねえ。


 


 


 


---------------


 


 


 


 来訪者の少ない鳥取は当然ながら宿泊施設も少なく、駅近隣のホテルはどこも満室状態だ。

 折角来たのだからと温泉地まで足を伸ばす観戦者も多いようで、長閑なこの町も、試合の前後はにわかに活気づくのだという。


 ホテルのテレビをつけると、地元のニュース番組が本日の試合のハイライトを流していた。


 こぢんまりしたスタジアムに駆けつけた両チームのサポーターたちが、カメラに向かって意気込みを語る。小さな子どもや高齢者、家族連れ、若者たち。様々な年齢の男女が集うこの風景は、日本ならではの牧歌的なものだ。


 ガイナスは安定した成長を見せているが、決して大きなクラブになったわけではない。

 それでも、地元に根付き、地元の「顔」として人々に認識されつつある。


 思いついたフレーズをさらさらと取材ノートに書きつけ、今後のスケジュールを確認した。

 ガイナスの事務局は取材や提携に積極的だ。今はそこを離れていても、この物語のキーパーソンである二人は、多忙をものともせず取材を快諾した。


 そこにあるものは何だろう。

 愛着か、忠誠心か、義務感か。もしかしたら、郷土心と呼ばれるものなのかもしれない。故郷を離れても胸の中に抱く、あたたかなものだ。


 ――土地固有のスポーツチームというものは、そのよすがになることができる、そんな存在なのかもしれない。


 


 


 


---------------


 


 


 


《――真咲さんがいた五年間のことを思い返すと、まるで、夢を見ていたような気分になることがあります。


 彼女一人の力ではなかったけれど、きっと、彼女がいたからこそ、いろんな人のいろんな力がうまく噛み合って、最高の結末を導くことができたように思います。

 それが「社長」の仕事なのだと、彼女は笑うだろうけれど。

 でも、それこそが、他でもない彼女の力だったのだと思うのです。


 私自身も、眞咲さんと出会わなければ、きっと全く違う人生を送っていたでしょう。

 そのことを考えると、とても不思議な気持ちになります。

 思えば色々と、ちょっとだけ押し流され過ぎて、流れに流れ、とうとうこんな場所まで来てしまいました。

 両親にも、友達にも……そうそう、白田さんにも。本当に自分がそうしたいのかって、何度も聞かれましたよね。

 でも、今は、これで良かったんだと思います。

 ここに至るまでさんざん悩みましたが、いつか真咲さんとは違う道を進むことになったとしても、この経験を後悔しないように、精一杯頑張って生きていきたいと思うのです。

 だからもう、迷いはありません。


 あ、でも、少しだけあるとしたら、ガイナスの試合を生で見に行けるのが、バカンスの夏場だけということ。


 やっぱり私は世界のどこに行っても、変わらずガイナスのサポーターで、鳥取が大好きなんです。

 だからいつか、遠くない将来、鳥取に帰りたい。

 いつか、ガイナスに帰ってきて活躍する白田さんを、絶対に生で見たいです。

 だからその日まで、安心して、真咲さんのことは任せてくださいね。


 真咲さんは、あいかわらずです。

 仕事が大好きすぎて寝食を疎かにしがちなので、私や周りのスタッフが頑張ってストッパーになっています。

 それでもやっぱり、なかなか言うことを聞いてくれないので、たまには直接、叱ってあげてください。

 素っ気ない態度に見えるかもしれませんが、あれで結構、喜んでいるみたいですよ。

 これは絶対に、本人には内緒ですけど。


 白田さんの活躍、いつも楽しみに応援しています。

 怪我と病気だけにはお気をつけて、頑張ってください。


 

 理沙


 


 追伸――やっぱり漢字って、手で書かないと忘れてしまいますね。今度こそ大丈夫だと思うのですが、誤字があったら教えてください。

 あと、この前の手紙の誤字を添付します。ご参考ください。》


 


 


 


---------------


 


 


 



『シロ、何を読んでるんだ? なんだかやけに楽しそうじゃないか』

『ははん。さては、例の女王様だな?』


 白田を見つけ、チームメイトの太い腕が肩に回された。

 からかい口調でかけられた二つの声に、白田は笑いながら首を振った。


『違う。これ』

『ふむふむ……。……漢字の添削教室だな! 文通相手はよほど几帳面とみた!』

『褒めるところじゃないだろ。どうしてこうなった、シロ』

『何か、なりゆきで……』


 発音だけはちゃんとした、ぎこちないドイツ語で応じた。ぺらぺらと話せるほど上達はしていないが、意志の疎通には十分だ。

 未だにからかい甲斐がある子ども扱いされているのは無念だが、そうやってコミュニケーションを取っているのも事実だ。最初から言葉を覚えていたのは、紛れもなく正解だった。


『まあ、このデジタル最盛期に手書きの手紙ってのは、なかなかいい。ロマンがある』

『でも相手が例の女王様とは違うんだろ? 何やってるんだ、浮気か?』

『なんだと! それは一大事だ!』

『やめろって! ……二人とも、違うって分かってるよな!?』


 どうにか手紙を奪還してチームメイトと別れ、練習場を横目にしながら帰路に就く。青々とした芝生はいつでも美しく、感慨を覚えるような深い色をしていた。

 施設の充実性でいえば、ドイツの基準は他国を遙かに上回る。スポーツ施設にせよ文化施設にせよ、資金を掛けることに抵抗感がない。正直に言えば羨ましいが、そのたびに思い出すのは、故郷のチームのことだ。


 クラブの設備を充実させるには、まず何よりもクラブにお金が入ることだ。

 FIFAが定めた移籍金制度は、これまで所属していたチームにも連帯貢献金が分配される。今のところ、白田にできる一番わかりやすい貢献だ。


 白田がいなくてもチームは戦っているし、成長している。

 負けてなどいられない。

 いつか帰る場所と、叶えたい目標があるから、迷わずに戦っていけるのだ。


「……それまで、しっかり稼がないとな」


 日本語で呟き、晴れ渡った空を仰いだ。

 鳥取の薄曇りを懐かしく思うような、澄みきった晴天だった。

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