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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 2
8/95

マスコミ対策

 


 


 布の円盤をつなぎ合わせたような椅子に身を沈め、老人は楽しげに喉で笑った。

 相当な高齢だが、表情にはそれを感じさせないほどの活力が溢れている。まとうスーツも細身の洒落たもので、実際の年齢よりも彼を若々しく見せていた。


「ほお、さっそく末の(、、)がはみ出たか」


 報告をもたらした秘書は静かに微笑み、その言葉を受け止めた。


「二つ目も厳しくなってきたところだ。となれば、四つ目の手があいたころが勝負だなあ」

「ええ、これまでにも精力的に暗躍しておいでです」


 もっとも、主催者にはこうして筒抜けになっているわけだが――おそらくは、それも『四番目』の彼女の認識のうちだろう。ときに競合を蹴落とすための策略を用いることも、勝ち残るために必要な知恵だ。それを是とするか否とするかは一概に言えるものではない。

 くつくつと子供のように笑い、老人は腹の上で両手を組み合わせた。


「面白いな、実に面白い。手間隙かけて競わせたかいがあったというもんだ」


 どう転んでも悪い目が出ないよう整えて、各々の駒がはみ出てくるのを眺めること。この老人にとっては、経営も同じことだ。用意したレールのとおりには必ずしも運ばないが、だからこそ、弾みがついたときが面白い。

 ――そしてこの競り合いは、彼にとって、おそらく完全に傍観者として楽しめる初めてのものだった。


「死ぬまでのいい暇つぶしだわ。さて、ハンディを背負った末の(、、)は、どう動くかね。時間はそうないぞ?」


 いっそ無邪気なほどの気軽さで言い、眞咲忠義は笑みを深めた。








 リズミカルに音を立てていたウエイトマシンが、能天気な声に止められた。


「お、見ろよシロ。おもしれぇもんやってっぜ」

「……新屋さん、ウエイトルームで何してんスか」

「お前が根詰めてっからさ。ほどほどにしとけよー。高下コーチにまた怒られるぞ」


 携帯電話をいじりながら新屋が言う。白田は憮然として、マシンから足を外した。怪我明けのガイナスの守護神が相手だと、強く出ることもできない。

 まだ体が出来上がっていない白田は、どうしても試合で当たり負けする場面が出てくる。メニューはフィジカルコーチと相談して決めているものの、焦りを見透かされたような気がして、なんとなく面白くない。


 ひらひらと振った手で白田を招いた新屋は、ほら、と携帯電話を差し出した。

 小さな画面の中で、新社長が報道陣を前に笑顔を見せていた。淡いベージュのスーツと、きれいにまとめられた長い髪。大人びた態度も手伝って、未成年には見えない。


「前社長とは役者が違うねぇ。しっかりしたもんだ。かーなーりかわいいし、こりゃ人気出っかなー」


 面白がるような新屋の言葉に、白田はもう一度画面を見た。

 ――まあ、かわいいといえばかわいいんだろう。

 猫何匹かぶってんだと思わないでもないが、まあそのくらいでないと多分社長なんてやっていられない。


 関係のないことを考えながら眺めていると、記者が眞咲に率直な質問を向けた。


『公的資金を投入しつづけることには、県民の反発も考えられますが……』

『もちろん、無条件に存続させようとは、我々も考えておりません。再生計画を策定するにあたり、条件を三つ立てています。

 ひとつは、ホームでの平均観客動員数を3000人以上とすること。

 二つ目は、クラブサポーター数を5000人以上とすること。

 三つ目は、中国電工を除くスポンサー収入を5000万円以上とすること。

 ――これらの条件が達成できず、また今後においても達成できる見込みがないとみなされた場合、クラブは売却、もしくは解散となります』


 画面の中で報道陣がざわめいた。

 ウエイトルームに、何とも言いがたい沈黙が落ちる。

 事前に就任の挨拶で聞いていたとはいえ、テレビを通して告げられると、改めてその重さを感じる。


「……言っちまったな」

「そっスね」

「大きく出たよなー。これ、今の倍近いだろ」


 けれど、それを達成しなければ、ガイナスに再建の目処はない。条件のどれもが収入に関わる数字である以上、自力で生き延びるためには避けて通ることのできない山だ。


 眞咲は強い意志を目にともし、まっすぐに前を見据えて言った。


『鳥取県には、日本でも有数の素晴らしいスタジアムがあります。広島にも、岡山にもないものが、鳥取にはあるのです。

 先の条件は非常に難しい。ですが、決して不可能ではありません。我々はクラブを立て直すとともに、このスタジアムに相応しい試合をしなければならない。そのためには、選手やフロントだけではない、スポンサー及び自治体各位のご協力、そして何より、サポーターの方々の力が必要なのです。

 どうか、県民の皆様のご支援をお願い致します』


 静かな熱意をもって訴え、彼女は優雅に一礼する。

 予定調和の幕引きのあと、地元番組はスタジオからガイナスの現状を解説しはじめた。

 昨季の散々な成績がテロップに上ったところで、まるで救いの手のようなタイミングでウエイトルームの扉が叩かれた。


「ああ、ちょうど良かった。二人揃ってますね」


 制服姿の眞咲が、コートを手に立っていた。

 会見は録画だったのだろう。スーツと似たような色の淡いベージュに、濃茶のラインのセーラー服。髪を下ろしているのもあるだろうが、ちゃんと高校生に見える。衣装ひとつでここまで印象が違うものかと、白田はなぜか感心してしまった。

 新屋がにやりと笑って手を上げる。


「いいとこに来たね。今、きざっちゃんの勇姿を見てたとこだよ」


 一瞬、誰のことを言っているのかわからなかった。

 顔をしかめた眞咲に、そういえばと白田は思い出す。


「ああ、下の名前」

(きざし)です。そんな名前じゃありません。そもそも仮にも上役みたいなものなんですから、苗字か役職名で呼んでください」

「えー、俺の友好の証なのにー」

「そんな友好は熨斗つけてお返しします。もしくは無視します」

「……眞咲ちゃん、冷たいわ!」


 新屋がわざとらしく泣き崩れる。

 こほんと咳払いを落とし、眞咲は気を取り直して話を切り出した。


「それより新屋さん、営業の方の才能もおありですね。かなりの成約率ですよ。これでとりあえず、米と野菜は確保できそうです」

「ふっふっふ、俺が本気出せばこんなもんよ」


 スルーされても落ち込む様子は微塵もなく、顎に手を当てて新屋が威張る。

 経費削減の奥の手として、眞咲が打ち出した方法だった。鳥取には農家が多い。資金を出すことは難しくても、実物支給のお願いは、相手にとってもいくぶんか敷居の低い話になる。

 まず間違いなく口から先に生まれてきた新屋のようなタイプは、かなりのねだり上手に分類された。


「あとはたんぱく源だな。肉と魚も欲しいぜ」

「魚はともかく……牧場はちょっと難しいと思いますけど。鶏卵でも狙いましょうか」

「お、いいねそれ」

「ではそちらも。それから、メインターゲットなんですけど……クリーニング店の組合を口説けませんか?」

「クリーニング? なんで?」

「ユニフォームやトレーニングウェアの洗濯代金がけっこうかかっているんです。一店にお願いするのは難しいでしょうけど、持ち回りなら」

「お、なーるほど。了解ですよ女王様」


 新屋が頼もしく胸を叩く。――なんだかやけに、生き生きしてるのは気のせいだろうか。

 すっかり話から外れていた白田は、不意に眞咲に目を向けられてぎくっとした。


「それから、今回は彼を同行させてください」

「ん? いいけど、どした?」

「……残念ながら、どうも向いていないみたいで」

「あー、頭固いかんなーお前」


 けらけらと笑って、新屋が白田の髪をぐしゃぐしゃと撫ぜる。

 その手を振り払い、白田は憮然と言った。


「しょうがないじゃないスか、ボール蹴るしか能がないんスから」

「おーっと、そこでしょうがないとか言うのはナシだ。ただの営業だと思うからダメなんだっての。相手をサポーターに引き込むくらいのつもりで突撃しろ」


 ぐっと言葉に詰まって、ますます眉間に皺を寄せる。

 眞咲が苦笑いで首を傾げた。


「そういうことです。生き残りたければ新屋さんに倣って、一石二鳥を狙ってください」

「……ウス」

「じゃあお二人とも、よろしくお願いします。こちらも頑張って、広告スポンサーを見つけますから」

「うん。……っと、そういや、今から学校?」


 眞咲の制服を指差して、新屋が訊ねた。


「ええ、編入試験とご挨拶に。試験は形ばかりですが」

「へー……って、あれ? 眞咲ちゃん、大学出てなかったっけ」

「大学院ですけどね。マスコミ対策ですよ。『アメリカ帰りの17歳CEO』より、『女子高生社長』の方がわかりやすいですから」

「あー、なるほどねぇ」


 勝気に笑みを浮かべた眞咲に、新屋が肩を竦める。

 はがれかけた猫を指摘したくなりながら、白田は後ろ頭を掻いた。


「じゃ、お互い検討を祈るっつーことで」

「ええ。頑張りましょう」


 にこりと笑顔で返し、眞咲がきびすを返す。

 細い後姿に手を振りながら、新屋がぼそりと呟いた。


「……なあシロ」

「何スか」

「女子高生口説いたら、やっぱ犯罪だと思う?」

「……は!?」

 

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