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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 9
62/95

足跡とお節介

 

 



 どこのクラブでも、練習場の傍にはファンサービスに使うスペースがある。

 そこに見慣れない人影を最初に見つけたのは、若手のシュート練習に付き合っていた新屋だった。


「おい、見ろよお前ら。すっげぇ目立ってんのがいるぜ」

「はあ……?」

「エー?」


 曖昧な相槌とともに振り返り、白田は納得して頷いた。

 きょろきょろと視線を巡らせていたのは、遠目にも鮮やかな金髪の女性だった。黒いジャケットからすらりと伸びた手は真っ白で、フューシャピンクを目立たせる幾何学模様のワンピースと凶悪な高さのヒールを持つサマーブーツが長い足を包んでいる。

 どこからどう見ても、鳥取の町並みからは明らかに浮いていた。


「……新屋さん。俺、なんかスゲェ、こんな感じの嫌な予感に覚えがあるんスけど」

「おう、俺も同感だ。ちなみにそういう既視感のことをデジャビュという」


 ひそひそと声を潜めた二人とは裏腹に、目を輝かせたフージが、疲労もどこやら声を弾ませた。


「スゴーイ! キラキラして、お人形サンみたいナ外人サンだネー」

「お前は無邪気だなあ、ホント。つーかお前が外人とか言うと違和感あるわ」

「新屋さん、俺、ちょっと話聞いてくるっす」

「あ、ジャー僕モー」

「おいおいおい」


 お前ら英語は話せるのかと新屋は呆れ声を掛けたが、フージが満面の笑顔で胸を叩いた。

 チームで一、二を争うお子様二人を放っておいてトラブルになっても困る。やれやれと肩を竦め、新屋は白田たちの後を追った。


 金髪の女性はどこか幼げな顔立ちで、少女のような印象があった。白人だということを考えると、実年齢は相当若いのかもしれないと、新屋は内心で算段を立てる。代わりに警戒心を引き下げた。

 彼女はいかにも怪訝そうな目をこちらにくれていたが、クラブハウスから出てきた眞咲に気付き、ぱっと表情を輝かせて駆け出した。

 少女に気付いて、眞咲が目を丸くする。少女は久しぶりだとか何だとか、そんな感じの事を叫んだのだろう。押し倒さんばかりの勢いで、眞咲の細い体に抱きついた。


「おっといきなりハグきた! ギャルゲーかよ!?」

「いや新屋さん、いつものことだけど例えがよくわかんねえ……って、速攻で引っぱがした!?」

「ワオ! シャチョー冷たいヨー!」


 ぞんざいに顔を掴んで押し返した眞咲にも、少女はまったく意に介した様子はない。満面の笑みでなおも抱きつこうとする。眞咲らしくもない粗雑な扱いに、ギャラリーの方がぎょっとしたくらいだ。白田たちだけではなく、クラブのスタッフもこの騒ぎに顔を出していた。

 こうしてみると、彼女は比較的長身の眞咲よりもなお身長が高い。

 恐る恐る近づいた白田にちらりと目をやり、眞咲は眉間を押さえ、深いため息を吐いた。


『……ジジ。再会を喜んでくれるのは嬉しいんだけど、見せ物になってるわ』

『だあってだって、ホンット久しぶりなんだもん! 元気だった? ちょっと痩せたんじゃない?』

『体重なら、最後に会ったときよりは増えてるわね』

『あらそう? ならいいんだけど!』


 言葉が分からなくても、上機嫌どころかテンションが異様に高いことくらいは分かる。

 白田が首裏を掻いて、居心地悪げに訊ねた。


「……あー……知り合い、だよな?」

「初対面だったら警察に引き渡してるところね。……ジジ、いい加減痛いわ」


 愛想笑いがないということは、それだけ気を許しているということだ。

 普段の眞咲はフェミニストとは行かないまでも、理沙を始めとした女性スタッフには細心の注意を払って接している。だからこそ、この素っ気なさは意外だった。


『つれないわねえ。まあ、キキらしいって言えばそうだけど』

『まだ仕事中なのよ。日本人は勤勉なの。また後でね』


 口を尖らせながら腕を解いたジジが、不意に白田を見た。目が合ってきょとんとした白田に、彼女は剣呑そのものの一瞥をくれ、ふいと横を向く。


「え、何か俺、嫌われた……?」

「はっはっはザマーミロ! お前最近いい目見過ぎだったもんな!」

「ちょっ、新屋さんそれひでえ!」

「オトナゲないネー」

「やかましい! むしろお前は俺に味方するべきだぞフージ!」

「ウーン? ウーン……」

「帰りに菓子買ってやろう」

「ソーだソーだヨー、シロはチョーシのりスギなんだヨー!」

「おま、あっさり手のひら返しやがって……! こないだ俺にアイスせびっただろ!」

「コナイダのはモウおなかに残ってナイヨー」

「わはははは! 真理だな!」


 美女の一睨みで大騒ぎを始める選手たちの声を背中に聞き、眞咲は苦笑を漏らした。元気があって良いことだ。

 その表情を頭一つ上から見下ろし、ジジは面白くなさそうに眉根を寄せる。


『仲良くやってるみたいねえ』

『そうかしら。……まあ、案外居心地は悪くないわよ?』

『やだやだ、やめてよ。こんなド田舎に収まる柄じゃないでしょ。早いところ成果を出して戻ってくるって言ってたじゃない』

『人の発言を曲解しないこと。やるからには本腰を入れて、全力でやるのがわたしの主義よ』


 ジジはますます唇を曲げ、アップにした髪をくるくると指に絡めた。


『つまんない』

『ごめんなさい?』


 楽しげなその横顔に、ジジは複雑そうな顔で黙り込んだ。

 とはいえまだ日も高い時刻だ。眞咲社長という役職柄、多少のことには目を瞑られる立場だが、和を重んじるお国柄の職場でそうする度胸は眞咲にない。夕食の約束を交わしてジジと別れ、事務局に戻ると、広報の凸凹コンビが興奮した様子で訊ねてきた。


「すっごい美人さんでしたねー! 社長、アメリカのお友達ですか?」

「いやもうマジお姫様って感じの美少女! 写真撮りたい……!」


 二人の勢いに眞咲は首を傾げ、ようやく違和感の原因に思い当たった。


「ああ……なるほど。そういうこと」

「え? なんですか?」

「彼、男性よ」


 さらりとした発言に、事務局が恐ろしいほどの沈黙に包まれた。

 続いて上がる悲鳴を置き去りに、眞咲は社長室に足を向ける。


「えええええええ!?」

「うっそ、いやいやいやだってあんな細くて可愛くて声高くて髪の毛とかさらっさらで! うーわー嘘だー!」

「ナニナニー、なんのハナシー?」

「ちょっと聞いてよフージ君、さっきの金髪美少女なんだけどさあ!」


 蜂の巣をつついたような騒ぎの中、眞咲は扉を閉めて書類を持ち上げた。

 とても仕事になりそうにないが、あんな格好をしていてもジジの性的指向は異性に固定されている。あの軽装ではしばらく居着きそうだし、学生時代に繰り広げられたトラブルを思い返せば思い返すほど、早めに周知しておいた方が安全だろうという結論に到達する。

 温くなったミネラルウォーターに口を付け、眞咲は細く息を吐いた。

 窓の外は痛いほどの晴天だ。

 願わくは、旧友が持ち込んだものが凶報でなければいいのだが。


 


 


 


 


 


 大騒ぎになったクラブハウスを知らないまま帰路に就いていた白田は、その渦中の人物にまさかの遭遇を果たしていた。


「……おいおい、マジかよ……」


 金髪の美少女がものすごい剣幕で英語をまくし立てている。ところどころスラングが混ざっているように聞こえたのは気のせいだろうか。

 できれば関わらないで通り過ぎたくなったものの、なにしろ相手が制服警官二人である。さすがにまずい。

 明らかに意志疎通ができていないのに物怖じしないのだから恐ろしい話だ。

 ぐしゃぐしゃと髪を掻き回し、白田はそちらに足を向けた。


「スイマセン、どうかしたんスか」

「え? ああ、この外人さんが道を聞いてきたんだけど……って、あれっ? サッカーの白田選手じゃない? もしかして、この子と知り合い?」

「いや、知り合いじゃないけど、まあ知ってるというか……」


 曖昧に言葉を濁すと、中年の警官が苦笑いで首を振った。


「ああよかった、助かったよ。どうもねえ、スターバックスがないのが信じられないらしくって」

「うわー……なんかスイマセン……」


 白田は顔を引きつらせて、なんとなく謝った。

 鳥取に進出していないチェーン店は多い。2008年現在、まだ島根にもスターバックスはないが、山陰のどちらに先に出店があるかというのは、府録との微妙な争いの種になっている。


「いやいや、悪いんだけど、任せていいかい? どこかコーヒー出すとこ連れて行ってあげて」

「あ、はい」


 この状況では頷くしかない。

 親の敵でも見るような目つきで睨んでくるジジに冷や汗を掻きながら、白田はあわてて携帯電話を取り出し、友人に一斉送信で付近のコーヒー店の情報を求めた。

 持つべきものは友ということか、ほどなくして何通かメールが返ってくる。

 ありがたいことにフォーラムサイトのURLも載っていたので、写真を表示してジジに見せた。


「えーと、コーヒー飲みたいんだよな? ここでいいか?」


 腕組みをしたままじろりと目をくれ、ジジはその顔のまま頷いた。

 どうやらなんとなく通じたらしい。


「その靴だと歩くのはキツイだろ。タクシー拾うか……えーと、タクシーって発音そのまんまだっけ。ユーズタクシー、オーケー?」

「OK」


 伝わったことでちょっとした感動を覚えた。案外なんとかなるものだ。

 タクシーを拾うとまさかの顔見知りで、興味津々に散々突き回された。どんな関係だと言われてもどんな関係でもない。雰囲気から何を言っているのか理解しているようで、後部座席から飛んでくる視線がだんだん刺々しくなっていくせいで、白田一人が針の筵だった。眞咲の場合は怒っていると静かだが、この視線はもはや殺気だ。気付かないでいる運転手に敬意すら覚える。


 時間にして五分もなかったが、白田は這々の体でタクシーから降り立ち、白田は通訳の重要性を実感した。


(……よし。ここは援軍を呼ぼう)


 このまま案内だけして帰ってもいいが、観光地でもない鳥取では、まともに英語が通じる人間も少ない。放っておくには何かと気掛かりなことが多かった。

 万一警察にお世話になるようなことになれば、ただでさえ気苦労とストレスの溜まっている眞咲の胃が心配だ。

 夜には約束があるようだし、そこまで送り届けた方が安心できる。どうせ大した予定はないのだ、後で気を揉むくらいなら、最初からお節介を焼いて鬱陶しがられた方が気楽だ。

 今更の決意で携帯をいじり始めた白田に、ジジが冷ややかな目を向けていた。


 


 


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