賭けの結末
ホイッスルが無情に試合終了を告げる。
ピッチの中で、白田が肩で息をしながら曇天を仰いだ。
雪はまだ、視界をふさぐように降りつづけていた。
全力を使い果たした選手が膝に手を置き、フィールドに倒れ、降り注ぐ名古屋サポーターの歓声を受けている。
うなだれた白田の後ろ頭を、慰めるように仲間が叩いた。
スコアは1-2。見本のような逆転劇。
――賭けは終わった。
眞咲は細く息を吐いた。
立ち去りがたい感情に目を伏せる。
それでも、今すべきことはここにとどまることではない。
急勾配の階段を上がりながら、広野をどう探すかと考えていると、別れた場所に広野の姿があった。
さすがに表情が硬い。眞咲の姿を見て、彼はわずかに笑みを浮かべた。
「この後の予定は?」
「……いえ、特には。なにかご要望はおありですかね」
「鳥取に戻るわ」
一拍置いて、そうですね、と広野が答える。
スタジアムを出る道すがら、眞咲は言った。
「会計報告と営業資料をホテルに運んでください。過去5年分。それから、顧問税理士の連絡先を」
「え?」
広野が間の抜けた声を上げる。
眞咲が振り返ると、彼はこれ以上ないほどまん丸に目を見張っていた。
初めて見せた素の表情のような気がして、なんとなく溜飲が下った。
「検討はしてみます。その価値を見せてもらったから」
「っ……すみません抱きついていいですか!」
「却下します」
浮かれる広野に鉄壁の笑顔で即答し、眞咲はスタジアムを振り仰いだ。
熱に中てられたところで、現状は変わらず厳しい。
ガイナスに再建の目があるのか、それはまだわからなかった。
ファミレスの奥の席に白田を見つけて、牧はぎこちない笑みで片手を上げた。
ウエイトレスが愛想よく注文を取りに来た。コーヒーを頼んで、牧は白田に向き直る。
「お疲れ」
「……ああ」
コーヒーはすぐに運ばれてきた。
言葉の見つからない沈黙の中、カップから立ち上っていた湯気が、だんだんと消えていく。
「……いい試合だったよ」
白田は答えなかった。勝てなければ意味がないと、その態度が言っていた。
そう、これは、きっと最後のチャンスだった。天皇杯で勝ち進むこと。メディアの注目を浴びること。――潰すには惜しいと、思わせること。世間にも、そして新たに社長となる少女にも。
「……あいつは?」
「最後まで見てたよ。終わったら、すぐに帰ったけどね」
渋面を作る白田に、牧は思い切って口を開いた。
「シロ。正直に言う。……お前は移籍したほうがいい」
「……」
「ガイナスは解散する。主力も今年、放出されるだろう。あと一年……ただ消化するための期間だ。フロントは戦うつもりなんてない。お前が意地を張ってここに残っても、何にもならない」
ポケットに両手を突っ込んだまま、白田はテーブルを睨んでいる。
身を切るような思いで、牧は続けた。
「このままだと代表から外れる可能性だってある。お前が駄目になっていくのを、僕は見たくないんだ。……できることはやったよ。社長が何を言おうと関係ない、J1からオファーがあれば、行くべきだと思う」
「……社長、な」
ふと、白田が決まりの悪そうな色を見せた。
牧は嫌な予感を覚えて身を乗り出す。
「……シロ。まさかお前」
「あー……まあ、あれだ」
下がり気味の目じりを吊り上げた牧に、白田は目を逸らしながら賭けの内容を白状した。
たまらず、牧が頭を抱える。
「……どうっしてお前はそう、勢いでそーいうことを……!!」
「しょうがないだろ。他に賭けるモンなかったんだよ」
はあ、と盛大なため息を吐いて、牧は冷めたコーヒーを飲み干した。
「……かわいい顔して怖い子だね、あの社長さん」
白田が、きょとんと目を瞬いた。
表情から険しさが消えて、牧は内心ほっとする。
「かわいいか?」
「まったく、どうせマトモに顔覚えてないんだろ。いいかげん頭の引き出しを一つくらい増やしなよ」
「るせ」
ようやく白田らしい悪態が出てきたことにほっとして、牧は苦笑いを浮かべた。
「言うこと聞け、か……どっちなんだろうな」
「残れって方ならいい」
苦い顔をした牧に、白田は細く息をつく。
「俺は、ガイナスでやりたくてプロになったんだ。……最後まで、ここであがきたい」
静かな断言だった。
牧が泣き笑いのような表情を浮かべる。
「サポーターとしては、喜ぶところなんだろうけど……本当に、バカだよ、お前は」