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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 1
5/95

賭けの結末

 


 


 ホイッスルが無情に試合終了を告げる。

 ピッチの中で、白田が肩で息をしながら曇天を仰いだ。


 雪はまだ、視界をふさぐように降りつづけていた。


 全力を使い果たした選手が膝に手を置き、フィールドに倒れ、降り注ぐ名古屋サポーターの歓声を受けている。

 うなだれた白田の後ろ頭を、慰めるように仲間が叩いた。


 スコアは1-2。見本のような逆転劇。

 ――賭けは終わった。


 眞咲は細く息を吐いた。

 立ち去りがたい感情に目を伏せる。

 それでも、今すべきことはここにとどまることではない。


 急勾配の階段を上がりながら、広野をどう探すかと考えていると、別れた場所に広野の姿があった。

 さすがに表情が硬い。眞咲の姿を見て、彼はわずかに笑みを浮かべた。


「この後の予定は?」

「……いえ、特には。なにかご要望はおありですかね」

「鳥取に戻るわ」


 一拍置いて、そうですね、と広野が答える。

 スタジアムを出る道すがら、眞咲は言った。


「会計報告と営業資料をホテルに運んでください。過去5年分。それから、顧問税理士の連絡先を」

「え?」


 広野が間の抜けた声を上げる。

 眞咲が振り返ると、彼はこれ以上ないほどまん丸に目を見張っていた。

 初めて見せた素の表情のような気がして、なんとなく溜飲が下った。


「検討はしてみます。その価値を見せてもらったから」

「っ……すみません抱きついていいですか!」

「却下します」


 浮かれる広野に鉄壁の笑顔で即答し、眞咲はスタジアムを振り仰いだ。

 熱に中てられたところで、現状は変わらず厳しい。

 ガイナスに再建の目があるのか、それはまだわからなかった。








 ファミレスの奥の席に白田を見つけて、牧はぎこちない笑みで片手を上げた。

 ウエイトレスが愛想よく注文を取りに来た。コーヒーを頼んで、牧は白田に向き直る。


「お疲れ」

「……ああ」


 コーヒーはすぐに運ばれてきた。

 言葉の見つからない沈黙の中、カップから立ち上っていた湯気が、だんだんと消えていく。


「……いい試合だったよ」


 白田は答えなかった。勝てなければ意味がないと、その態度が言っていた。

 そう、これは、きっと最後のチャンスだった。天皇杯で勝ち進むこと。メディアの注目を浴びること。――潰すには惜しいと、思わせること。世間にも、そして新たに社長となる少女にも。


「……あいつは?」

「最後まで見てたよ。終わったら、すぐに帰ったけどね」


 渋面を作る白田に、牧は思い切って口を開いた。


「シロ。正直に言う。……お前は移籍したほうがいい」

「……」

「ガイナスは解散する。主力も今年、放出されるだろう。あと一年……ただ消化するための期間だ。フロントは戦うつもりなんてない。お前が意地を張ってここに残っても、何にもならない」


 ポケットに両手を突っ込んだまま、白田はテーブルを睨んでいる。

 身を切るような思いで、牧は続けた。


「このままだと代表から外れる可能性だってある。お前が駄目になっていくのを、僕は見たくないんだ。……できることはやったよ。社長が何を言おうと関係ない、J1からオファーがあれば、行くべきだと思う」

「……社長、な」


 ふと、白田が決まりの悪そうな色を見せた。

 牧は嫌な予感を覚えて身を乗り出す。


「……シロ。まさかお前」

「あー……まあ、あれだ」


 下がり気味の目じりを吊り上げた牧に、白田は目を逸らしながら賭けの内容を白状した。

 たまらず、牧が頭を抱える。


「……どうっしてお前はそう、勢いでそーいうことを……!!」

「しょうがないだろ。他に賭けるモンなかったんだよ」


 はあ、と盛大なため息を吐いて、牧は冷めたコーヒーを飲み干した。


「……かわいい顔して怖い子だね、あの社長さん」


 白田が、きょとんと目を瞬いた。

 表情から険しさが消えて、牧は内心ほっとする。


「かわいいか?」

「まったく、どうせマトモに顔覚えてないんだろ。いいかげん頭の引き出しを一つくらい増やしなよ」

「るせ」


 ようやく白田らしい悪態が出てきたことにほっとして、牧は苦笑いを浮かべた。


「言うこと聞け、か……どっちなんだろうな」

「残れって方ならいい」


 苦い顔をした牧に、白田は細く息をつく。


「俺は、ガイナスでやりたくてプロになったんだ。……最後まで、ここであがきたい」


 静かな断言だった。

 牧が泣き笑いのような表情を浮かべる。


「サポーターとしては、喜ぶところなんだろうけど……本当に、バカだよ、お前は」

 



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