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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 1
4/95

興行を超えたもの

 


 


 雪のちらつく視界の中、緑のフィールドの上をボールと人が目まぐるしく行き来する。その動きに、観客が、狭いスタジアムが揺れる。


 実力差は明らかだった。ボールの支配率は圧倒的に名古屋のほうが高い。

 あとはいつ点をとるか、といった展開だ。

 それでも、ガイナスはかろうじてそれを防いでいた。


 キーパーが大きくボールを蹴り出す。

 今日何度も見た光景だ。落下地点にはガイナスの10番。空中で競り負け、あるいは足元でボールを奪われ、逆にカウンターを食らう――またそうなるのだろうと思った眞咲の目の前で、10番がボールをスルーした。


(えっ?)


 一瞬、ミスかと思った。

 すぐに間違いに気づく。地面を跳ねたボールを、17番――白田があっという間に掻っ攫っていく。


 わっとガイナスのサポーターが沸いた。


 白田がキックフェイントでマークを抜く。ゴールに向かい駆け上がった白田を、名古屋のDFが2人がかりで押さえた。


 ああー、という周囲の落胆の声を聞きながら、眞咲は口元に手をやった。


 白田がボールを持つだけで、空気が変わる。

 完全に押さえ込まれているように見えるが、名古屋も明らかに白田を警戒していた。それは評価でもあり障害でもある。強引に行くにしても厳しいだろう。

 ガイナスの手札は少ない。サイドから中央から、多彩な攻撃を見せる名古屋と比べると、つくづくそれを実感する。


 劣勢は明らかだ。

 それでも、ガイナスのサポーターには、「白田なら」という空気があった。


 いつしか周りに呼応して、白田にボールが渡ると心臓が跳ねている自分に気付く。

 縦横無尽にフィールドを走り、食いついていく気迫。諦めの悪さ。

 その姿が、奇跡を期待させる。


 ボールを奪われた白田に、10番の選手が怒鳴り声を上げる。パスよこせバカ、というわかりやすい罵声に納得した。

 確かにこの試合、白田は自分で行こうとするシーンが多い。賭けの存在が調子を崩してしまっているのかもしれないが――彼もプロだ。自滅するならそれまでだろう。


 ボールを中心に全体を見ようとしていると、どこにでも白田が絡んできて驚いた。かなりのスピードと運動量だ。

 それは気迫と言うより、気負いか。


(それにしても、よく動くわね……)


 というより、よく見失う。頻繁に動いているせいだろうけれど、それだけとも思えない。

 視力は悪くないのに、ボールさえもときどき見失った。


(……この席、試合展開が見にくい……どうしてサポーターって、こんな位置に集まってるのかしら)


 そう思った次の瞬間、試合が動いた。


 一瞬でペナルティエリアの中まで飛びだした白田。そこにサイドからのクロスが届く。少し高いそのボールに、白田が跳ねた。


 ドッ、と鈍い音。

 ――一瞬、呼吸を忘れた。


 強烈なボレーがゴールに突き刺さる。

 一呼吸遅れて、歓声が爆発した。まるで自分の心臓の音のように、溶け合うように自然に、音のかたまりが強く鼓膜を震わせる。


「すげぇ。やった!」


 ガッツポーズで牧が叫ぶ。女の子が悲鳴を上げて手を取りあって跳ねている。


 仲間にどつかれていた白田がサポーターの前まで走ってきて、大きく拳を突き上げる。

 その瞬間、白田と目が合った。


 見たか、と言いたげに笑う強気な視線。

 反応できずにいるうちに、白田はピッチに戻っていく。


 眞咲はぎこちなく、つめていた息を吐いた。

 眼が離せない。身動きが出来ない。

 周囲には、この屈強な建造物を揺るがすくらいの熱狂が渦巻いていた。


 ぽつんと自分一人はずれているような感覚が消える。同化する。

 どくどくと心臓が耳元でうるさい。叫びだしたいような錯覚が自分を突き上げる。


 ようやく、眞咲は後ろを振り返った。

 誰も彼も、顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。まだまだいけると、誰もが確信している。

 シャイだなんだと言われていた日本人が、ここまで夢中になれるのか。


(……なんて、引力)


 引き寄せられるように目を戻す。

 そこには確かに、ただの興行を越えたものが存在した。

 

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