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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 7
39/95

ダービーマッチ

 



chapter 7――Late May, 2008


「島根には、絶っ対に、負けられない!」 


 

 

 ダービーというものがある。


 競馬ではない。サッカーの話だ。何らかの冠を抱く、特別な意味合いを持つ試合のことを、ダービーマッチと呼ぶのである。

 サッカークラブは地域におかれるものであるため、主に地域間の対抗心から発生したものが多い。その上に様々な因縁や特性が加わりながら生まれ育っていった敵対心が白熱を見せはじめ、ダービーへと発展するのだ。

 欧州では主に社会階級や所得格差、宗派・民族間の対立、チーム同士が持つ過去の禍根などさまざまな理由が挙げられ、異様な白熱ぶりを見せることもあるが、ここ日本における現在のJリーグにおいては、地域愛を基本においたものが多くなる。


 ダービーは、特別な試合だ。リーグ戦の普通の一試合でありながら、それだけには収まらない白熱したゲームになる。

 もちろんのこと劇的な展開を見せる場合も多く、それだけにサポーターの意気込みも一段と強いものになった。


 チームの歴史とともに育てられていくもの。

 それがダービーなのである。


 ――そのような訳だかどうだか知らないが、通常は小学生や家族連れなどしか訪れない文化会館は、本日妙なにぎわいをみせていた。

 ほとんど試合と同じくらいの気合いで、開始の何時間も前から並んでいたサポーター。彼らが熱視線を送る簡易ステージで、司会役の地元メディアのアナウンサーがにこやかに訊ねた。


『鳥取サポーターのみなさん、盛り上がってますかー!』

「オー!」

『島根には、ぜったいに負けられないっ!』

「オオー!」


 異様な盛り上がりで応じた観衆に、眞咲は何とも言えない顔でため息をかみ殺した。「ガ・イ・ナス! ガ・イ・ナス!」とチャントまで飛んでいる。試合会場もかくやという状況だ。


「……たしかこれ、共同記者会見のはずなんだけど」

「プロレスっぽいですねー」


 アハハと笑う広野はいつにも増して楽しそうだ。

 今度は島根側のアナウンサーが、負けじとばかり声を張り上げた。わざわざ島根からかけつけてきたサポーターが、少人数ながらまとまりを持ってそれに応える。

 企画を聞いたときにはどうしてわざわざ司会を二人も呼ばなければならないのかと思ったのだが、こういうことらしい。


『ではまず、ホーム、ガイナス鳥取! 今年は快進撃を続け、なんと、リーグでは現在四位! 昇格も見えてくる順位です! その立役者、キャプテンの友藤選手に、ダービーにかける意気込みをうかがいたいと思います!』


 マイクを回された友藤が、若干とまどい気味に口を開いた。


『……えー、島根はとても守備が固くてとてもいいチームです。ただ、今年のウチはかなり攻撃力があるので、僕らディフェンス陣が失点をゼロに押さえれば勝てると思いますので、そこを頑張りたいと思います。ホームですし、サポーターのためにも勝ちたいです』


 うーんとうなり、広野が腕を組んだ。


「まじめですねー」

「そうね。まじめね」


 非常にオーソドックスでそつのないコメントだ。

 ――まじめすぎて少しばかり、場の勢いに水を差してしまったような気がする。

 ガイナスからは椛島監督と友藤、若手の梶を出している。白田がいないのはトゥーロン帰りの疲労を考慮したこともあるが、いまだに喋りが下手であることも一因だ。

 なにしろコメントがほぼ一言で終わってしまうのである。

 多くても三言だ。白田の発言は大概の場合、ほとんど文章にならない相づちと復唱で構成される。試合直後の興奮状態でもそうなのだから、こんな場に引っぱり出してまともに話せるわけがない。

 とはいえ、年代別代表の国際大会への出場がなければ、荒療治で場数をこなさせるつもりはあったのだが。


「やっぱ白田つれてくればよかったですかねぇ。向こう、府録(ふろく)選手きてますし」

「仲がいいの?」

「いやいや、逆です逆。あ、ほら、喋りますよ」


 言われて顔を戻せば、白田と同年代の青年が力一杯叫んだ。


『鳥取にだけは! 絶っっっ対に! 負けたくないッスね!』


 安物のマイクが悲鳴を上げる。素晴らしい肺活量と滑舌だ。

 耳を押さえそうになった眞咲とは裏腹に、島根サポーターが歓声を上げた。


『力強い宣言ですね!』

『ッス、コテンパンにします!』

『ガイナスには、U-23ではチームメイトの白田選手がいますが、先日のフル代表にも選出されていましたね。意識はされていますか?』

『いや、白田とかマジで目じゃないんで! あいつにだけはなにがなんでも点取らせないッス!』


 盛大な矛盾だが、力強く断言されたせいで妙な説得力があった。

 広野が笑いながら眞咲を見る。


「とまあ、あんな感じの関係です」

「……なるほど」


 スポーツ新聞の見出しを思い浮かべ、眞咲は白田の反応を想像した。








「何言ってるの眞咲さん、当然だよ!」


 きたるべきダービーに向け、誰もが慌しく仕事に駆け回っているガイナスのクラブハウス。

 めずらしく強い口調で握り拳を作った理沙に、眞咲は困惑気味の顔で返した。


「……そうらしいというのは大体理解したんだけど……」


 理解はしたものの、どうにも実感にならないのだ。

 そこへビラの箱を抱えて通りかかった広報が、当然のように食いついてきた。


「いやちょっと待った、そうらしいとかじゃなくて。もっと社長も燃えてくださいよ!」

「そうですよね種村さん! なんだったらいままでの因縁の歴史を小一時間たっぷりと!」

「いや小一時間じゃ足りないね理沙ちゃん! あれとかこれとか山ほどあるね!」

「ありますねっ! ありすぎますね! やっぱり島根にだけは負けられませんっ!」

「理沙ちゃん!」

「種村さん!」


 いつになく意気投合した二人に、眞咲が引け腰になる。

 そんな社長を気にかける様子もなく、二人はがしっと拳を突き合わせた。


「絶対に!」

「負けない!」

「勝つぞー!」

「おー!」


 並んで気勢を上げる成人男性と女子高生。……何とも妙な光景だ、と眞咲は心の中でだけつぶやいた。種村はともかく、理沙はこんな性格だっただろうか。

 なんでも鳥取島根の因縁は、地域リーグの頃から培われたものらしい。プロクラブ設立にあたり島根が監督や選手をごっそり引き抜いただの、先にJリーグに昇格した鳥取が逆に島根からエースを強奪しただの、サポーター同士でもめ事が起きただの、枚挙にいとまがない。ダービーも一時期は本気で殺伐としたものだったというが、鳥取がすっかり弱小と化してしまった現在では、それもだいぶ穏便になったのだという。


「おっとこうしちゃいられない。サポーターがポスター貼り手伝ってくれるんですよ、行って来ます!」

「私も行って来ますっ。今日はウチの弟もお手伝いですよ!」

「ええ、よろしく」


 勢い込んで駆けていく二人に手を振って、眞咲はぱらぱらとポスターをめくった。

 黒い紙の上、白のゴシック体で斜めに文字をレンダリングしたものだ。シンプルだが、意外と写真よりも目を引く。何より経費に優しい。

 「島根にだけは、負けられない」「山陰の頂点を決める戦い!」「島根には、山があるか?」などなど。今回はパターンが多い。……キャッチコピー自体が喧嘩をふっかけているように思えるのは気のせいだろうか。

 鳥取県と一口に言っても西部と東部で仲があまりよくないのだが、敵の敵は味方ということだろうか。普段の帰属意識の薄さが嘘のような、見事な一致団結具合だ。確かにこれは、「鳥取の代表」としての立ち位置に有用かもしれない。

 どう活用するかと眞咲が考えを巡らせていると、勢いよく扉が開いた。


「社長! 俺にも仕事くれ!」


 開口一番の言葉に、眞咲は目を瞬いた。

 それを言ったのが、やる気はあっても人見知りなガイナスのエースストライカーだったからだ。


「……自分から言い出すなんてめずらしいわね。どういう風の吹き回し?」

「どうもこうも! んの野郎、好き放題言いやがって……! ぜってー点とってやる……!」


 スポーツ新聞の山陰版を握りつぶし、白田がわかりやすく燃えている。

 先日の府録の発言に、見事なまでに煽られたのだろう。眞咲は半ば呆れながら呟いた。


「なるほど。同年代の好敵手がいるのは好ましいわね。明快だわ」

「全然よくねぇよ! あいついちいちつっかかってきてスゲー面倒臭いんだぞ!」

「ふうん」

「ベラベラベラベラうるせぇし……男ならこう、黙ってビシっと勝つもんだろ!」

「下手なトークの言い訳にはならないけれど」

「ぐ……と、ともかく! チラシとか配ってくるから分けてくれ」


 いつになくやる気をみなぎらせた白田に、眞咲はU-23に合流する前の白田の様子を思い出さずにはいられなかった。

 代表の試合よりもよっぽどやる気に満ち満ちているような気がするのは、たぶん気のせいだろう。


「場所どの辺だ?」

「駅前のホープタウンよ。許可を貰っているから」

「じゃあ高校生とか中学生とか多いな。トラ連れてく」

「残念ね。もう逃げられたわ」

「まかせろ、見つけて引きずってく」

「……は?」


 きっぱり言い切った白田に、膨れ上がる違和感。何とも言えない顔で眞咲は白田を見た。

 どうにも、やる気が妙な方向へ暴走している気がする。


「まあいいけど……ほどほどにね。いやがるものに無理強いしても効果は上がらないわ」

「だってダービーだぞ! 今年はホームジャックさせてたまるか!」

「ホームジャック?」

「とりスタのバックスタンドが真っ赤に染まったあの光景……ッ! くそ、忘れようにも忘れられねー!」

「……要は相手サポーターに席を占められたと。チケットが売れるならいいんじゃない?」

「いいわけあるかあ!」


 驚いたことにお隣の島根ブロンゼ、地域密着で盛り上げておとなしい県民性など吹っ飛ばす勢いでサッカーに燃え上がっているのだ。そこまでたどり着くまでには紆余曲折があったというが、ガイナスとしてはモデルにすべきケースだろう。なにしろ日本の都道府県において、影の薄さでは引けを取らないのが山陰地方の二県なのである。

 去年の対島根のホーム試合は一試合のみ。動員は5000人を越えていたというから、やはりドル箱カードだ。

 ぎらぎらと目を輝かせ、白田はチラシを抱えて意気込んだ。


「社長」

「何」

「見ててくれ。俺は絶対に、山陰を制してみせる!」


 ――だから山陰地方には二県しかないし、制しても順位は一つしか変わらないのだが。

 言うに言えず、眞咲は白田の力強い宣言にうなずいた。 


 お隣同士は仲が悪い。


 それが普遍的な現象であることを、このたび眞咲は学ぶことになったのである。

 

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