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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 6
38/95

道の始まり

 

 選手のスタジアムからの出入りには、リーグの規約上、チームバスを利用することが義務づけられている。ガイナスのホームスタジアムは事務局とは離れた鳥取市にあるため、試合後はそのまま米子市へ戻るのだ。

 勝ち試合の後の和気藹々とした雰囲気に包まれたバスの中で、不意に誰かの携帯電話が着信を告げた。

 サティのワンフレーズ。マナーモードに戻すのを忘れていた掛川が、ぎくりとして携帯を握りしめた。

 こっそり中身を確認すれば、千奈からのメールだった。



差出人:千奈

件名:ごめん!

アウェイ富山、行けなくなっちゃいました…

ごめんね~ >_<

お仕事のつごうです。うう。

でもつぎは、ホームまで応援にいくから!

 


「……は!?」


 予想していたことと予想だにしなかったことが併記されている。

 まさかと読み直しても文面は変わらない。思わず顔をひきつらせたとき、後ろから伸びてきた手が携帯電話を取り上げた。


「おやぁ掛川君くーん、彼女からですかー?」

「ちょ、何すんだよ!」


 あわてて振り返れば、新屋のにやにやした顔に遭遇した。プライバシーの侵害だと騒ぐ掛川を三輪が押さえ込み、メールの内容が衆目にさらされる。


「えー何々? へえ、彼女これなくなったんだ、残念じゃん」

「読むな馬鹿! ありえねぇだろ、なんだよこのイジメ!」

「あれ、でもホーム来るってよ?」

「へーすっげぇ。よかったじゃん……って、あれ?」

「ちょ、『千奈』って……まさか、『サッカータイム』の女子アナの……」


 信じがたいというよりは、否定しろと言わんばかりの視線が掛川に集まった。

 この上ない渋面で、掛川はむすっと黙り込む。

 肯定に違いないその反応に、悲鳴と怒号が錯綜した。


「ま……マジかよー! 俺ファンなのに!」

「つかどこで知り合ったんだよ、おまえ元の所属広島だろ!?」

「うーわーびっくりした」

「東京から鳥取まで来んのか! どんだけラブラブだよ死ねイケメン!」

「ズルイヨー!」

「……待て、皆の衆。問題はそこじゃない」


 場を静めたのは、人格者のキャプテンではなくお調子者のGKだった。

 とてつもなく嫌な予感に、掛川は三輪に捕まったまま後ずさる。

 試合中に匹敵するほど真剣な顔をした新屋が、チームメイトをぐるりと睥睨した。


「思い出せ。藤白千奈ちゃんの二つ名といえば、何だ?」


 今度こそ走った本物の驚愕に、掛川は頭を抱えたくなった。


「あ……アウェイの女神……!!」

「これまで臨席の十三試合、順位も相性も勢いも何もかも吹っ飛ばしてことごとくアウェイチームを勝たせたという、あの伝説の……!」

「おいトラなんでホームに呼ぶよ! 呼ぶならアウェイだろ!」

「いやでも実物見たい! 話したい! あわよくば触りた」

「死ね!」


 掛川が引っこ抜いたヘッドレストをぶん投げた。混迷していくバス内に、監督はにこにこと笑っているだけだ。

 友藤が後ろを振り返り、苦笑いでつぶやいた。


「まったく、あいつら……どこに体力が残っていたんだ」

「若い子は本当に元気ですねぇ。それにしても、そのお嬢さんはそんなにすごいのかしら」

「ただのジンクスですよ」


 それでも友藤が掛川の援護に入らないのは、それをあながち馬鹿にもできないからだ。

 プロスポーツの関係者ほどジンクスを気にする人種はいないだろう。特にサッカーでは一点の比重が大きいだけに、ツキというものへの信仰は深い。


「ちょっと社長に相談してみましょうか。あんまりかわいそうだわ」

「え!? 監督っ」

「あらあら、ジンクスは破ればいいんですよ」


 言うなり携帯電話を取り出した椛島は、にっこりと笑った。








「……はい?」


 電話の向こうがずいぶんと騒がしいことになっている。聞き逃した眞咲に、椛島はのんびりした口調で繰り返した。


『アウェイの女神さんを試合に招こうと思っているんですが、いいかしら』

「……それは一体、誰のことですか?」

『トラの彼女さんだそうですよ』


 ――あの男、恋人がいたのか。

 えらく失礼な感想を抱いた眞咲は、一通りの事情の説明を受けた上で、いまひとつ納得がいかずに首をかしげた。

 検討しますと返して電話を切ると、本日もアルバイトスタッフとして同行していた理沙と広報の種村が、似たような青い顔でこちらを見ていることに気づいた。


「何?」

「あのあのあのっ……い、今、アウェイの女神がどうとかって……!」

「ええ、アナウンサーの藤白千奈さん。知ってるの?」

「知ってるも何も! 有名な話ですよ社長! 呼んじゃうんですか!?」

「それなりに知名度があるなら集客に役立つわね。根拠のない噂で商機を逃すほうがもったいないわ」

「で、でもー!」


 こっそり観戦に来てもらうよりは、堂々と表から来てもらうほうがガイナスとしては得だ。理由は何とでもつけられる。

 それでも理沙は納得できないらしい。うまく説明できないのか、じたじたと足踏みをする様子は、高校生とは思えないほど子供っぽい。

 対して種村は、腹をくくったように一つうなずいた。


「……わかりました。そうまでおっしゃるならここはひとつ、『ジンクスを打ち破る戦い』として集客を狙います……!」

「種村さぁあん!」

「止めてくれるな理沙ちゃん! いつかは誰かがしなきゃならないことなんだ!」


 まるで冗談のような二人のやり取りについていけず、眞咲は困惑気味に携帯電話を見下ろした。

 ――戦う相手はあくまで対戦相手で、わけのわからないジンクスではないと思うのだが。


(まあ、勝ち負けは思ったより集客に影響がないみたいだし。よっぽどひどい試合でなければ大丈夫でしょう)


 口に出したなら方々のモチベーションを著しく落としそうなことを考えながら、眞咲はホームゲーム後のスタジアムを後にした。

 

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