戦いのあと
初春の早い夕暮れが、スタジアムを染める。
スタッフ総出で取り掛かった撤収作業もほぼ終わり、祭りの後の静けさの中を、まだ肌寒い風が吹き抜けていった。
つい二時間前までの熱狂が嘘のようだ。
そんなことをふと思い、眞咲は淡く微笑んだ。
勝つために戦っているのだと言った監督の言葉が、今はとてもよく分かる。
まだ胸を焦がす余韻。帰宅する人々の満面の笑顔。それは、勝たなければ手に入れられなかったものだ。
(……そうね。これが、プロフェッショナルなんだわ)
少なくとも、今日ガイナスを見に来てくれたお客は、チケット代に見合うものを受け取って帰ってくれたはずだ。
確信する。
このクラブは、地域に必要だ。それは打算ではない。生き残るだけでは足りない。もっと上を目指すべきなのだ。
必要とされるために必要なこと。このクラブを本当の意味で「鳥取のもの」にするために、今まで欠けていたもの。
それを手に入れることができたなら、いつか、「鳥取にはガイナスがある」――誰もがそう、誇らしげに口にするような、そんな存在になることだってできるはずだ。
「ま……眞咲さんっ」
ぱたぱたとせわしない足音とともに、細い呼びかけが飛んできた。
振り返れば、理沙が息を切らせて胸元を押さえている。
「あの……あのね、ありがとう……!」
泣き出しそうな声に、眞咲は苦笑して首をかしげた。
「勝てたのは選手と監督のおかげよ? 直接言ってあげたらいいのに」
「えっ、う、あ……む、無理! って、ちがうの、そうじゃなくて」
数回深呼吸を繰り返し、理沙はまっすぐに眞咲を見た。
「眞咲さんに、言いたくて。すっごくすっごく、言いたくて」
「……え?」
「ガイナスにきてくれて、ありがとう」
返答に困って、眞咲は理沙を見返す。
必死に伝えられた言葉は、あまりにも早いもののように思えたのだ。まだ一試合しか終わっていない。たった四十二分の一だ。何もかも始まったばかりで、最後にどうなっているかはとても見通せないというのに。
それでも理沙は迷うことなく、いつものようには、眞咲から目を逸らさなかった。
「私、ずっとガイナスを応援してるけど……こんなにはっきり希望が持てたの、初めてだった。今日のゲームだけじゃないよ。もう本当にどん底で、どうなっちゃうんだろうって思ってたときに、こんなときに来てくれたのが、眞咲さんでよかった」
「……森脇さん」
「私、私も、頑張るよ。できることは全部やりたい。私なんか役に立つのかなって、ずっと思ってたけど、もう言わない。だから、いっしょに頑張ろう」
興奮気味で支離滅裂になりかけた言葉は、そのぶんだけ強く胸に届いた。
まだシーズンは始まったばかりだ。これから転ぶ事だって、当然のようにあるだろう。何もかもがうまくいくはずはない。
それでも、そう口にする気にはなれなくて、眞咲はいたずらめいた笑みを浮かべた。
「本当にいいの? こき使うわよ」
「うっ。……の、望むところ!」
声を立てて笑い、眞咲は理沙に右手を差し出した。