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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 1
3/95

天皇杯4回戦

 


 


 翌日は小雪のちらつく天気で、どんよりと曇った空がひどく重く感じた。

 キックオフは15時05分。朝からの冷え込みが少しはましになってきたが、予定外に連行された準備不足の身にはずいぶん堪えた。

 青い顔で口数が少なくなった眞咲に、広野がけらけらと笑って声をかけた。


「いやー、寒いですねー。あ、ダウンコートありますよ。チームのですけど」

「いります。貸して」


 今持ってきているコートはデザインばかりで防寒には役立たない。何が悲しくて、こんなに寒い時期に外で突っ立っていなければならないのか。暑いほうがまだましだ。


 こじんまりしたスタジアムの外には、数時間以上前からサポーターが赤い列を作っていた。つまり、ほとんどが名古屋のチームカラーをまとっているということだ。

 対して黒い服装の観客が見られないわけではないが、ガイナスのサポーターというよりは、単なる観客で冬だから黒っぽい服装、というだけに見える。


「それにしても、なんだかんだいってベスト16まで残ったのね……リーグ戦は3試合しか勝ってないのに。何か変わったのかしら」

「そうですねー、まず監督が解任されて、今はヘッドコーチが代行してます」

「ふうん……監督が悪かったの?」

「はは、それだけとも言えないんですけどね。あと、不動のトップだった外国人選手がシーズン終了と同時に退団してます。まあ、簡単に言うとですね、結果オーライでバランスが良くなったんですよ。あとはクジ運とか、今年の昇格争いが激しかったりとか、まあいろいろ要因はありますけどね。選手のモチベーションも、やっぱり上がってますし」


 眞咲はうなずいた。解散を突きつけられて、躍起になっているというところだろう。

 ガイナス因幡はJ2の最下位クラブだ。つまり、本当にプロとしてぎりぎりのラインに立っている。クラブが消滅すれば、白田のような選手以外は、J2の他のチームに移籍するか、それができなければJFLに就職先を探すか、それとも引退するか――道は限られる。


「ところで重要な質問なんですけど。貴賓席って、暖房効いてますよね」

「あ、えー……まあ、そうですね、効いてるでしょうね」


 ぽりぽりと頬を掻いた広野に、眞咲は半眼を向けた。


「……まさか申請していただけてないとか、そういう……」

「いえいえ、ちゃんとありますよパス。ほら」


 じゃあ何だと言いたくなったとき、唐突に後ろから腕を掴まれた。


「ひゃっ!?」

「すみません、眞咲社長ですよね? お待ちしてました、こっちです!」

「え、ちょ、ちょっと……!」


 大学生らしき眼鏡の青年が、にこやかに眞咲を引っぱっていく。

 うろたえて広野に助けを求めたが、笑顔で手を振られた。


(……って、ちょっと、共犯なの!?)


 殴る、あとで殴る、絶対殴る。殴っちゃ駄目なら解雇する。

 内心で呪詛のようにくりかえしていた眞咲は、人ごみに押し合いへし合いになりながら通路を通り抜け、スタンドに出た。


 急に、視界が開ける。


 そこからは狭いスタジアムが一望できた。ひとところに押し込められた人々の熱気が、強く空間を歪ませているかのようだ。

 スポーツ観戦の経験はほとんどなかった。たまたまついていたテレビで、野球やアイスホッケーを見るていどだったから、予想以上の熱気に気圧された。

 あっけにとられて足を止めた眞咲に、大学生が苦笑で言った。


「すみません、無理矢理。でも、どうせなら貴賓席じゃなくて、こっちで見てほしくて」


 大学生は黒いレプリカユニフォームを着ていた。番号は白田の17番。

 人のよさそうな青年だが、ここまで強引に連れてきたのは目の前のこの人物だ。

 それでもサポーターではある。クラブチームにとって重要な客であることは間違いないから、とりあえず猫で通すことにした。

 眞咲はやんわり苦笑を浮かべ、小首を傾げる。


「驚きました。せめて先に説明して欲しかったわ」


 あれ、という感じで、大学生が目を瞬いた。

 なんだか意外そうな反応に違和感を覚えるが、彼はすぐに笑い返してきた。


「すみません。驚いたな、女の子だっていうのは聞いてたんだけど……」

「え?」

「あ、試合始まりますね。前のほう行きましょう。階段急ですから、気をつけて」


 牧と名乗った青年は、今度は紳士的に眞咲を先導した。

 席はバックスタンドの端の方だった。ちょうどコーナーの前で、ゴールが右側に見える。全体を把握するには難しそうな位置だが、熱気は確かにすごかった。


 それでも人数にすれば、こちらは500人に満たないだろう。観客席の大部分は名古屋の朱色で埋め尽くされている。リズムにあわせた合唱がスタジアムを揺らす。なるほど、これはエンターテイメントなのだと、感心するように思った。


 ――向こう、予算いくらくらいなんだろう。


 自然とそんなことを考えてしまって、はっとした。隣家の梅をうらやんでいる場合ではない。


 ふるふると首を振ったとき、選手入場のアナウンスが響いた。

 

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