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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 4
23/95

トレーニングマッチと社長の視察

 


 


 空港に出迎えた広野ともう一人の顔を見て、眞咲は眉をひそめた。

 ――正確には、広野のうさんくさい笑顔と対象的な、ぶすっとした白田の表情に。


「……なにかしら。この非歓迎ムード」


 ロビーの椅子に行儀悪く座った白田は、近づいてこないどころか不機嫌な視線を床に固定したままだった。

 まるきりふてくされた子供の態度だ。

 アハハと軽い笑い声を立て、広野がぱたぱたと手を振った。


「いや、原因は社長じゃないですよ。今日試合出れないから拗ねてるんです」

「え? ……出ないの?」

「ええまあ。荒療治ですねー」


 広野は苦笑いで言った。

 荒療治というからには目的があってのことだろうが、視察できる試合は今日の甲府戦だけだ。白田のプレーは意外性があって面白いし、見ごたえがある。ここのところかなり忙しかったので、いい気晴らしになると楽しみにしていたのだが。

 こっそりがっかりしていると、広野がツツッと寄ってきて声を潜めた。


「ところで社長、荷物ずいぶん少ないですけど、これだけですか?」

「一泊だもの。会議でもないし」

「イヤイヤそうじゃなくて。例のブツは……」

「……ああ」


 言われて思い出した。明日は2月14日、バレンタインデーの話だろう。

 ひとつうなずき、眞咲はあっさりと答えた。


「ありません」

「えー!?」

「……というのは冗談で。宿泊先に配送済みです」


 もちろん地元店で発注してついでにしっかりスポンサー契約を獲得してきたのだが、荷物を抱えての移動は大変だ。

 なぁんだ、と大げさに胸を撫で下ろす広野に溜飲を降ろし、眞咲は相変わらずふてくされている白田に声をかけた。

 仏頂面で唇を尖らせているさまは、まるで駄々っ子だ。


「わざわざお出迎えありがとう。折角だから、もう少しにこやかだと嬉しいんだけれど」

「ほっといてくれ」


 取り付く島もない。大方、このまま試合会場に向かうのだからと一緒に連れてこられたのだろうが、ずいぶんな態度だ。

 これはまさしく「駄々」なのだと眞咲は思う。

 白田は入団当初こそサテライトだったが、一月もしないうちにトップに上がった。それからはどの監督の時代にもずっと試合に出続けていたのだ。それこそとんとん拍子に階段を駆け上り、年代別の代表にも選ばれた。いまや間違いなくチームの中心選手となっている。


 だが、試合に出られて当たり前だと思うのは、彼の驕りだ。


(……さて。何を考えてるのかしらね、監督は)


 あの食えない監督のことだ。大した考えもなくこんなことをするとは思えない。

 白田もそれを分かっていないわけではないだろう。ただ、若さゆえに気持ちが治まらないだけで。


(大丈夫だと思いたいけど……)


 開幕まで3週間。残された時間はさして長くない。

 フロントは動員を増やすためあれこれ手を尽くしている。かなうなら、それに見合う結果を求めたかった。

 この荒療治が、いい方向へ転べばいいのだが。


 そろそろいい加減にしろと広野に背中を小突かれる白田を見ながら、眞咲は内心にひとりごちた。








 トレーニングマッチが行われるスタジアムからは、からりと晴れた空がよく見えた。

 鮮やかな冬晴れの青の上を、力強い飛行機雲が走っていく。出掛けに鳥取の大雪を見ていると、なんだか同じ日本国内とは思えないような光景だ。


 偶然、先方の社長もチームを激励に来ているとのことだったので、眞咲は顔見世を兼ねて挨拶に足を運んだ。

 対戦相手であるヴァンガード甲府は、J1でもトップクラスの集客力を誇るクラブだ。人口100万人以下の地方都市として鳥取との共通点も多い。経営者として優秀なのは会長のようだが、その下で働きつづけてきた現社長は様々な経験談を余すところなく披露してくれた。

 予想もしなかったような集客方法や営業のアイデア、失敗談まで面白おかしく話すので、つい時間を費やしてしまったほどだ。


 別チームが経営面でライバルになりにくいのは、地域密着を謳ったJリーグのシステムならではだろう。さすがに同じ都道府県にあるチームでは難しいが、基本的に客の取り合いにはならない。むしろ、試合相手のサポーターが増えれば試合を見に訪れる観客も増えるため、双方の利益になる。


 話し込んでしまったせいで、選手の所に顔を出せたのは試合の直前になった。

 トレーニングマッチとはいえ、格下のガイナスとしては真剣勝負だ。ミーティングの終わったロッカールームの扉を叩くと、あちこちから賑やかな声が上がった。


「あ、社長!」

「うわ本当だ、社長だ」

「おー。よく来たねーきざっちゃん」

「誰がそんな名前ですか」


 相変わらず妙な呼び方をする新屋にざっくりと返して、眞咲は選手たちに華やかな笑顔を向けた。

 それこそ、花のかんばせというに相応しい可憐さで。


「こんにちは。調子の方はいかがですか?」


 騒ぐ選手を代表して、キャプテンの友藤がうなずいた。


「悪くないですね」

「それは何よりです。今日は、すごく楽しみにしてきたんですよ。頑張ってくださいね」


 ウス、という体育会系の返事が威勢良く返ってきた。

 にこにことそれを見ていた椛島が、目いっぱいに書き込みがされた戦術ボードの前に進み出る。


「さて、作戦は先ほど話した通りです。――守りきりますよ」


 攻撃サッカーを旨とする監督の言葉に、眞咲は目を丸くした。

 相手はJ1上位の甲府。力の差は歴然だが、それにしても話が違う。


 困惑する眞咲をよそに、椛島は静かに、力強い声で続けた。


「この試合は、なにがなんでも点をとられないことが重要です。フージと木村は上がりを自重すること。甲府の攻撃は1トップのポストプレーから始まります。しっかり体を寄せて、仕事をさせないように。無理にでも打ってきますからね。トラは10番から離れないこと。全員が作戦をきちんとやりとげれば、十分に押さえ込めます」


 きっぱりと断言し、観音菩薩のような老監督は悠然と笑みを浮かべた。


「さあ、ナビスコ王者を驚かせに行きましょう」

 

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