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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 4
21/95

判官贔屓とお金のハナシ

 


 


 サッカークラブの社長に必要な能力として挙げられるもののひとつに、「集金力」がある。


 特に親会社がないか、あっても親会社にさして資金力がない弱小クラブでは、どれだけスポンサーを得られるかというのは重要な要素だ。広告料という名目ではあるが、地上波での放映が少ない現状において広告効果には疑問符がもたれつつある。

 ましてやその広告を貼っているチームが負けっぱなしとくれば、こんな発言も飛び出てくるのだ。


「いやあ、正直言っちゃうとね、ガイナスって弱いでしょ。うちのイメージアップにならないよねぇ」


 苦笑いで腕を組んだ旅行会社の社長に、眞咲は素直に肯いた。


「確かにその面はありますね。これから急に勝ちます、とは、さすがに申し上げにくいですから」

「ははは、相手があることだしねぇ」

「……ですが、強いチームにつくことだけがイメージアップではありませんよね?」

「ほう?」


 意味深な切り返しに、彼は肉のついた顎を撫でた。

 にこりと笑顔を浮かべ、眞咲は企画書をめくる。


「今年はメディアへの露出が増えます。サッカークラブが倒産した例は少ないですからね。少なくとも話題性は十分です。新聞も各紙で特集を組んでいただける予定ですし、テレビの取材も、全国が二件、ローカルが一件入っています。その後は成績次第でしょうが……去年が最下位ですから、それなりの粘りを見せるだけでもイメージは上がりますね」

「……ふむ」


 社長は思案げに企画書を覗き込んだ。


 ぼろぼろに追い詰められた弱小チームが、格上を相手に必死に戦っている。このイメージを確立することができれば、この時期についたスポンサーはまさしく「苦境を救う白騎士」だ。

 underdog charm――日本でいう判官贔屓。追い詰められた弱い方を応援したくなる心理は、日本の方がむしろ強いだろう。ただし、それは無条件で与えられるものではない。


「確かにガイナスは弱いですし、現状はぼろぼろです。けれど、簡単には負けない、粘り強いチームを作って、最後まで諦めずに戦い抜くことだけはお約束します。

 ……ガイナスは鳥取にとって、唯一のプロスポーツクラブです。月に数回、多ければ数百人もの対戦相手のサポーターが鳥取を訪れるイベントなんです。どうか、地域振興のために、お力をお貸しいただけないでしょうか」


 笑みを消した社長は、うーんと唸りながら手に取った企画書をめくった。

 すかさず、眞咲は話を畳み掛ける。


「広告費として計上していただければ、税金対策にもなります。実際ご負担いただく額は、だいたいこのくらいになりますし……」

「……うーん……」

「もちろんチケットもお付けしますから、福利厚生費としても申告していただけます。……いかがでしょう、国に税金を納める代わりに、地域に利益を還元していただくお気持ちで」


 身を起こした社長は、目を閉じて、鼻から大きく息を吐き出した。


「……うん、いいだろう。とりあえず500万、出そうじゃないか」

「ありがとうございます!」


 ぱっと表情を輝かせた眞咲に、社長は一瞬ぽかんとして、あわてたように咳払いをした。


「あー、うん。……まあ、あれだ。いろいろ大変だろうけどね、頑張りなさいよ」

「ええ。一回でも多く勝利をお見せしたいと思います。あ、こちら開幕戦のチケットです。もしよろしければ、奥様やお嬢さんとご一緒に」

「ああ、ありがとう」


 きっちりと相手の家族構成にあわせたチケットを渡し、眞咲はにこやかな笑顔で挨拶を終えて社長室を後にした。

 外は相変わらずの雪景色だ。車もあっという間に真っ白になっていたが、契約に漕ぎ着けたあとならそこまで気落ちせずにすむ。

 一緒に営業回りに出ていた社員が、何とも言えない顔で頭を掻いた。


「……社長、本当に嬉しいときって素が出てますよね」

「え? ……そうですか?」

「ええ。なんて言うのか、『ああ、そういや若かったんだっけなー』って感じで」

「ああ……まずいですね。契約が取れるまでは気をつけないと」


 一人うなずく眞咲を横目にドアにはりついた雪を降ろしながら、社員は内心で呟いた。


 ――そういう意味じゃないんだけど……

 ――まあいざとなったら、泣き落としでもそこそこ行けるかもなあ。








 そんな風にフロントが資金集めに奔走している頃、チームは宮崎でのキャンプを開始していた。

 新監督の信条も新社長の要求も、最後まで十分にボールを追えるスタミナだ。まだ体の仕上がり具合に差がある中、厳しいトレーニングが続いていた。

 とにかく、走る。長距離のランニングにテンポアップつきのシャトルラン、チューブ走にサーキットトレーニング。陸上部かと叫びたくなるようなメニューの三日目、白田はグラウンドの中心で両膝をついて、声を搾り出した。


「……かの先生……ッ、サッカーがしたいです……!」


 言うまでもなくバスケ漫画のネタである。

 黒ジャージの似合わない新監督はころころと笑い、楽しそうに小首を傾げた。


「あらあら、思ったより頑張りましたね。もうちょっと早く音を上げるかと思っていたのだけれど」

「って、監督がやれって言ったんじゃないスか! 見てくださいよ、みんな顔死んでるんスけど!!」

「それだけ叫べるあなたは、本当に元気ねぇ」


 メニューは脱落式のものが多かったのだが、そのほとんどで最後まで残っていたのが白田だ。やはりスタミナには目を瞠るものがあるが、ボールをほとんど使わない練習は気持ちの方が厳しくなってくる。二日と半日保てば上等だろう。

 ぐるりと見渡せば、選手は誰もグロッキーだ。口数が少なくなっている。

 ふむとうなずいて、監督は笑顔で言った。


「ちょっと早いですけれど、午前の練習はこれで切り上げましょう。午後は鬼ごっこです」

「まだ走るんスか!?」

「ボールを使った鬼ごっこですよ。その後は戦術確認をかねて、ミニゲームをしましょう」


 選手のほっとした視線を受け、監督はにこやかに付け加えた。


「そうそう、鬼ごっこですけど、制限時間内に捕まえられなかったら罰ゲームです。みんな、ネタを考えておいてくださいね」

「ハイ監督。ネタって何でしょ」


 グラウンドの上にへばったまま、新屋が挙手してつっこむ。

 監督は笑顔で答えた。


「ネタといえばお笑いでしょう」

「うわー、一発芸?」

「ふふふ。何でもかまいませんよ、面白ければ」


 いかにも楽しそうに笑い、監督は並べられたカラーコーンを片付けにかかる。

 新屋はさすがに疲れたようで、両手を後ろについて空を仰いだ。それでもムダ口を叩くのはやめないのだから大したものだ。


「面白ければだってさー、シロ」

「……なんで俺に言うんスか」

「だってお前の苦手分野じゃん。あとトラ」

「アー、僕モー」

「嘘つけフージ」


 ふらふらと撤収しはじめた選手陣に、「ちゃんとメシ食ってちゃんと寝ろよー」と片付けを手伝うコーチが声を投げる。

 宮崎の空は、腹立たしいくらいに晴れていた。

 

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