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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 4
20/95

キャンプとメディアとバレンタイン

 



 chapter 4――Early Feb, 2008


 言葉で説得するものではない。心が納得しなければ意味がない。 


 

 


 


 チームを強くする方法は、いくつかある。


 ひとつは、補強だ。戦術やクラブの事情に合わせ、新しい選手と契約を結ぶ。特に三枠と決まっている外国人選手は大きなポイントになることが多く、注目される部分でもある。

 ふたつめは、監督を変えること。最も効力のあるカンフル剤だが、失敗は即ち弱体化であるため選手の補強以上に慎重な見極めが必要になる。


 多くの場合、これらはシーズンオフの期間に行われる。なぜなら新監督も新戦力も、入れるだけではその効力を十分に発揮することができないからだ。


 年が明け、三月初旬のリーグ開幕を控えたこの時期。

 再び訪れる戦いに向けて、各クラブはチームの強化に入る。


 


 


「……キャンプ?」

「ええ。今年も宮崎県ですねー」


 新体制発表だ選手登録だ視察だキャンプの準備だで目の回るような忙しさの中、変わらないテンポで答えた強化部長に、眞咲は首を巡らせて窓の外を見た。

 しんしんと、というよりも、ぼたぼたと舞う大粒の雪。

 確かに鳥取でのトレーニングは難しそうだ。いくらなんでも、屋内でサッカーはできない。


 宮崎は九州の内でも南に位置する、温暖な気候の土地である。おまけに年間降水量が少ない。この時期なら、鳥取とは比べ物にならないほど体を動かしやすいだろう。

 ――だがしかし。

 陸の孤島に近い鳥取から宮崎に行くには、かなりの時間とお金がかかるのも事実だ。


「宮崎ね……もう少し近いと嬉しかったんだけど」

「いやー、1チームでキャンプしてもしょうがないですからねぇ」

「そうなの?」


 きょとんと目を瞬いた眞咲に、広野は思い出したように手を打った。


「あ。そーかそーか、説明してませんでしたね。キャンプっていうのは、基本的に目的が2つあるんですよ。ひとつは、開幕に向けて選手の体を作り上げること。もうひとつは、チームに戦術を浸透させることです。えー……なんて言ったらいいかな。戦術っていうのは、こういうときはこう動く、っていう決まりごとの集まりみたいなものなんです。実践の中で修正していかないといけないんですよね。で、練習試合の相手がたくさんいるところがいいと」

「……なるほど。納得したわ」


 持ち込まれた決裁書に目を落とし、眞咲はふと眉根を寄せた。

 バスで軽く10時間超。飛行機や鉄道を使うより節約にはなるが、かなりの強行軍だ。


「こんな移動をして、動けるの?」

「うーん……実は新幹線もどっこいってくらい時間かかるんですよ。岡山まで出なきゃいけませんからねぇ。飛行機はそもそも九州行きがありませんし。羽田行ってそこから宮崎っていうのが所要時間だけなら一番早いですけど、今度はお金がねー」


 アハハと軽い調子で笑ったが、広野の表情はどちらかというと苦笑に近い。

 試合の半分はアウェイ、つまり対戦相手の本拠地だ。北は青森から南は長崎まで。これは移動だけでかなりの不利を負っているということだろう。

 地元開催のホームゲームでもしっかり負けているわけだから、それが全ての原因ではないだろうが――インフラが整っていないのはどうにもならないにせよ、どうにか負担を軽くする方法を考えるべきだろう。


 眞咲があれこれと考えを巡らせていると、広野が明るい声で言った。


「あ、そうだ社長。1回くらいは激励にきてくださいね。バレンタインとかどうでしょ」


 書類から目を上げると、にこにこした食えない笑顔に出くわした。


「……それは全員にチョコレートを持って行けということかしら」

「あ、いいですねー青春っぽくて。てゆーかご存知でしたか、日本のバレンタイン」

「割と有名よ。日本企業の商魂はたくましいって」

「ははは、確かに。マーケティングの大成功例って感じですねー」


 眞咲は顎に手をかけ、広野の要請を吟味した。

 一度くらい顔は見せるつもりだったし、それでモチベーションが上がるというのなら、差し入れをするのはやぶさかではない。

 だが、しかし――だ。


(多分、やったらほぼ確実に記事になるわね……浮ついてるイメージを与えるのは好ましくないか)


 地元メディアのアナウンサーならともかく、眞咲の立場は社長だ。

 そもそも、就任当初に話題性だけで殺到した取材を、多忙を理由に保留させてもらったのは、シーズン開幕の直前にメディアへの露出を増やすつもりだったからだ。人の興味は長く続かない。そしてまさに情報を流し始めたその真っ只中に、この手の記事が流れるのはうまくなかった。


(……どうするかな)


 まあ、有効な打開策がなければ、差し入れは他の物でも構わないだろう。

 「要検討」のラベルを貼り、眞咲はそのイベントを頭の隅に追いやった。








 キャンプ前の恒例行事に、メディカルチェックというものがある。病気や怪我がないか、骨に異常はないかなどをチェックし、その選手が一年間プレーできる状態にあるかどうかを確認する作業である。パスできなければ、リーグへの選手登録はできない。


 その検査結果をまじまじと見つめ、フィジカルコーチの高下が低い声で言った。


「……シロ」

「ウス」

「体重、落ちてる」


 ――ぎくっ。

 そんな音が聞こえてきそうなくらい、あからさまに白田の肩が跳ねた。あわてて振り返る白田のこめかみを高下が拳で挟み、ぎりぎりと締め上げる。


「おーまーえーはー……! あれほど休めと言っただろう!」

「いたた! いや、メニュー以外はランニングしかしてないッスよ!」

「誰がランニングなら好きなだけやっていいと言った! ただでさえフィジカルペラッペラのくせに体重絞ってどうする! ボクサーにでも転向するつもりか!?」

「おかしいッスよあれだけ食ってたのに! 体重計壊れてるんじゃ――いだだだだ! スンマセン反省します!」


 ようやく言い訳を止めた白田を開放して脱力したようにしゃがみこみ、高下は長々と息を吐いた。


「……まったく、ランニングも下手すると故障の原因になるんだぞ。そこまで口出さないとダメなのか、お前は」

「……いや、なんかヒマで……」

「……女でも作れ」


 高下は乱雑に白田の肩を叩き、苦々しい顔でもうひとつため息を落とした。

 白田はなんとなく釈然としない気分になる。体重が落ちたのは本当に予想外だったのだ。ランニングと初動負荷トレーニングだけで、自分としてはかなりゆっくり休んだつもりだっただけに、どこにそんなに落ちるものがあったのか心底不思議だった。


 白田がふてくされて唇を尖らせたとき、そろそろと忍び足で扉に向かう褐色の長身が視界に入った。

 そちらに背中を向けたまま、高下が低い声で呼び止める。


「それから、フージ」

「ギクー」

「口で言うな。何でこんなに体脂肪率が増えてるんだ」

「ダイジョーブ、絞るヨ!」

「……絞る必要がないようにしろって言ったよな」

「ダッテ正悟サン、お母さん(オンマー)のゴハンだヨ!? 残せナイヨ!」

「あー……、……いや! 違うだろ、そこは栄養管理を協力してもらうところだろう!?」

「ン? 難しい日本語ワカラナーイ」

「またつまらん嘘を……!」


 かわいこぶって小首を傾げるフージに、高下が拳を握り締めた。

 まだ若く、基本的に温厚な性格のコーチだが、この時期は鬼と化す。


 ブラジル人がオフに太ってくるのは定番だが、フージもどうやら同類らしい。

 去年までいた黒人選手はびっくりするぐらいのペースで絞ってみせていたのだが、果たしてアラブ系にも同じことができるのだろうか。


 どちらかというとインド系に近いフージの顔を眺めながら白田が首を捻っていると、出入り口のほうから新屋の明るい声が聞こえてきた。


「おー、トラじゃん。どしたよ、今日は自主トレだろ?」

「……来たらいけないんスか」

「まっさかあ。エライエライ、気合い入ってんじゃねーの」

「……ッ! やめろよオッサン!」


 ぐしゃぐしゃと無造作に髪をかき回され、掛川が新屋に噛み付く。

 誰がオッサンだと新屋が半分本気になって後輩をいじめにかかった。その騒ぎを横目に、選手がちらほらと姿を見せ始める。


 急に戻ってきた活気に、実感がわいて来た。

 ――これまでできっと、一番厳しくて苦しい、一年が始まる。

 

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