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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 1
2/95

エースの賭け

 


 


 車で4時間の移動を、眞咲はひたすら不機嫌にやり過ごした。

 これから多忙な日々が続くのだ。このくらいで疲れたなんて言いたくはないが、予定は崩れるし、してやられておもしろくもない。


 広野はあいかわらずニコニコと黙ったままで、なかなかの腹芸を見せている。

 本当は五十路過ぎてるんじゃないのと内心に毒づいて、眞咲は眉間に皺を寄せたまま息を吐いた。


 岡山市内に入った頃には、もう日が暮れ始めていた。

 夕日の名残をぼんやりと見送っていると、ふいに広野がつぶやいた。


「……あれ」


 車が速度を落とす。目を向ければ、広野は少しばかり眉根をよせていた。


「すみません、ちょっと停めます」

「どうしたの?」


 問う間に車が停まった。

 困りきった笑顔で広野が振り返る。

 指差された先には、照明に照らしだされたグラウンドがあった。


「あれ、うちの選手ですよ。白田です」


 ちょっとだけ待ってください、と言い置いて、広野が車を出ていく。

 ――白田。

 あの17番だろうか。少しだけ、興味が湧いた。

 車を出ると、外の空気はすっかり冷えきっていて、眞咲は吹きぬける風に首をすくめた。

 ボールは無数に転がっていたが、そこにいる選手は一人だけだった。


(ああ、やっぱり。……白田直幸)


 あれが、ガイナスでもっとも高く売れる選手だ。

 グラウンドに入り、桜模様のボールをよけながら二人に近づく。録画映像の印象よりも、白田の身長は高く感じた。

 それにしても、細い。アメリカのスポーツ選手といえば総じて筋肉質だっただけに、余計そう思ってしまう。


「だめだろ、明日は試合なんだから。自主練もほどほどにしないとさ。オーバーワークだよ」

「……すいません」


 納得していない様子で、白田は両手を腰の後ろにやった。


「な? 今日はもう、ホテルに戻って休め」


 なだめるように広野が続ける。

 神妙にうなずいていた白田が、ふと眞咲に気づいた。

 すぐに目をすがめたから、きっと誰なのかあたりをつけたのだろう。


「広野さん、その人――」

「ああ、うん。新社長。眞咲さん、これがウチのエースです。えーと、二つ年上になるのかな」


 ということは、19歳か。

 広野の軽い紹介に、白田が苦笑いを浮かべた。


「眞咲です。明日は楽しみにしていますので、いい試合を見せてください」

「もちろん。全力で戦います」


 白田が挑発的に笑った。


「賭け、しないスか」

「何をかしら」

「明日の相手はJ1の名古屋だ。そこに、俺たちが勝つかどうか」


 頭からデータを引っ張り出す。1部クラブの名門だ。そう簡単に勝てる相手ではない。

 眞咲は苦笑して返した。


「……今、困ったなぁって思っているところなんですけれど。景品が想像できてしまうんですよね」

「いいスよ。約束はしなくても。俺たちにできるのは、潰すには惜しいって思わせることだけだ」


 きっぱりと白田が言う。

 強い目だった。驚くほどまっすぐで、揺るがない。それは意地なのか、それとも誇りなのか――判断はつきかねた。


「1億1000万」

「……は?」

「今季の赤字見込みです。中国電工はすでに撤退を表明しましたから、広告費として補填されるのは今年度まで。それも6000万円が限度です。売却先が見つかればクラブの存続自体は可能ですが、この先の債務を解消できる見通しがなければ、それも難しい」

「知ってる。だから、これが最後のチャンスだ」


 眞咲は首をかしげて見せた。


「J1クラブを破って、賞金を手にする。ベスト4まで残れば2000万だ。少しは考える気になるだろ?」


 口元に手を当て、ふうん、と内心で呟く。

 夢物語めいてはいるものの、とりあえず感情だけで言ってるわけではないらしい。


「あ、ちなみに今ベスト16ですから、あと二つ勝たないといけないんですけど」

「……って広野さん! なんで余計なこと!」

「いやあ、騙まし討ちはだめでしょー」


 なるほど、まだ非現実的な時点での話というわけか。

 連携がなっていないなと苦笑して、眞咲は目を伏せた。

 この賭けに乗ったとしても、そこまでのデメリットはない。問題は、眞咲個人にメリットがないことくらいだ。

 できるというなら、やってみせてもらいたい。


「いいですよ」

「っ……本当に!?」


 眞咲の答えに、白田が勢いよく顔を向けた。


「ええ。その代わり、できなければ移籍に関してはわたしの判断に従っていただきます」

「いや、それは……」


 顔色を変えたのは、広野のほうだった。

 白田はそんな広野を制止して、はっきりとうなずいた。


「わかった。それでいい」


 眞咲はにこりと笑みを浮かべた。


「結構です。それでは明日、いい試合を見せていただけることを願っています」

 

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