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アンダードッグ  作者: 九田
chapter 3
17/95

祈りと期待

 


 


 それは、二年前。理沙が中学生のときのことだ。

 市立中のグラウンドは弟が通う小学校と共用で、部活の時間には野球部にサッカー部にソフト部に陸上部に、とひしめいているような状況だった。ただその日はテスト期間中だったので、基本的に部活はお休みのはずだったのだけれど。


 そんな中でグラウンドを占領していたのが、サッカー部だった。

 不思議に思ったのを覚えている。理沙の中学のサッカー部は、そんなに熱心ではなかったからだ。


(めずらしいなぁ……)


 母から弟を歯医者に連行するよう指令を受けていた理沙は、グラウンドの端っこを歩きながら、なんとなくボールを目で追っていた。

 人数は足りていないようだけれど、試合はやけに盛り上がっていた。

 シュートに行った少年が足を滑らせて、見事なスライディングでゴールに突っ込む。置いてけぼりになったボールに、あちこちで笑い声が上がった。


(あ、もうっ、あそこ詰めればいいのに)


 思わず駄目出しをしてしまう。けれど、多分それどころではないんだろう。ようやくボールをクリアしたDFまで、こらえきれないようにお腹を抱えて爆笑している。

 テンションが上がりすぎで、もう何が何やら、という感じだ。


(……箸が転げてもおかしいって、こういうのだよね)


 友達に聞かれたらまた年寄りくさいと言われそうなことを考えて、こっそり笑った。転げまわってる犬ころみたいだ。

 ゴールの後ろを通りかかって、私服の部外者が混ざっているのに気付いた。背が高く、動きもずば抜けてレベルが違う。

 OBかな、と首を傾げたとき、聞きなれたメロディがメールの着信を告げた。

 グラウンドに気を取られながら携帯を開いて、理沙は思わず顔をしかめた。


《 ごめんリサ姉、リク逃げたぁ~ m(。≧Д≦。)m 》


 お隣さんの女の子は、どうやら弟に撒かれてしまったらしい。変に勘のいい弟のことだ。なんとなくで異変を察知したのだろう。


(もおっ……陸のばか!)


 悪態をついたものの、幼馴染は悪くない。

 しょうがないよ、気にしないで――そう返信を打ったとき、切羽詰まった声が飛んだ。


「危ない!」


 え、と顔を上げた瞬間、頭に衝撃が走った。

 ボンという鈍い音。痛いというより脳味噌を揺さぶられたような感覚だ。

 ふらついて、転ぶようにへたりこんだ理沙に、犯人があわてて駆け寄ってきた。


「うわ―――!! ちょ、ごめん、ごめんな! 大丈夫か!?」


 理沙のすぐ傍に膝をついて、彼はくしゃくしゃと理沙の髪をかきまぜた。

 優しい大きな手に、理沙の頭がさらにぐるぐると空回る。

 家族以外の男の人に触れられることなんて、中学生になってからはほとんどないに等しかったのだ。どんな反応をしたらいいのかわからない。


(え、えっと、なにが、どうなって)


 ボールがぶつかったんだと、理沙は混乱した頭で理解した。

 そんなに痛くなかったから、たぶんループシュートがすっぽ抜けたんだろう。


「まったく。何やってるんだよ、白田」

「うるさい牧! だいたいお前がなあ!」

「大声出さない。ほら、相手は女の子なんだから。ほいほい触らないの」

「え? ……あ、悪い!」


 あわてて手を離し、彼は心配そうに理沙の顔を覗き込む。

 背が高いから遠目には大学生くらいにも見えたけれど、そこまで大人にはみえない。高校生だろうか。おおざっぱさが無神経に感じられないのは、彼の人のよさと――たぶん、みてくれのよさのせいだ。


「だ、だいじょうぶです。あの、ちょっとびっくりしただけで……」

「本当? 無理しなくていいよ?」

「ほんとです。あの、かまわず続けてください」


 おずおずと切り出した理沙に、牧と呼ばれた少年が、きょとんと目を瞬いて白田を見る。

 白田も似たような顔をして牧を見ていた。何か変なことを言ってしまっただろうかと不安になる。

 気付けばサッカー部の部員が集まってきていた。そのうちの一人が、理沙を見て意外そうな声をかけてきた。


「あれ、森脇じゃん。大丈夫?」

「う、うん。平気……」


 ゴールの裏を通ろうというのに、ボールを見ていなかった自分も悪いのだ。

 クラスメイトに見られた恥ずかしさにあわてて立ち上がって、制服の砂を払った。早いところ立ち去った方がよさそうだ。

 だがしかし、少年は顔を輝かせて理沙を引きとめた。


「あ! なあ森脇、今ヒマ?」

「え?」

「点つけて。俺も出たい」

「ええ!?」

「だいじょーぶ、簡単だから! 点入ったっぽかったらアレめくってくれればいいから!」

「で、でも」

「……うん、それがいいかもね」


 思わぬところから合いの手が入り、理沙は驚いて牧を見た。

 彼は物柔らかに笑い、膝に手をついて、理沙に目線の高さを合わせる。


「もしよかったら、ちょっと様子見て行きなよ。もし途中で気分が悪くなったりしたら、すぐ言ってくれればいいから」

「は、はあ……」


 正直なところ、見ていきたい気分はある。

 ――試験勉強は気になるけれど、弟の逃亡で予定も空いたことだし。


 とまどいながらうなずくと、クラスメイトが「よっしゃ!」と叫んでガッツポーズを作った。

 遠慮しながらスコアボードの近くに行くと、顧問の先生が豪快に笑って言った。


「おー森脇。大丈夫か?」

「はぁ」

「しかしまあ、見事に当たったなぁ。すごかったぞ、こっちから見てて」

「……」


 それはまあ、山なりに蹴り上げたボールの落下地点に頭があったというのは、めずらしいことかもしれないけれど。

 もうちょっと、まじめに心配して欲しい。


 がっくりと肩を落とした理沙は、再び始まったゲームに目を向けた。


「ってオイ! なんでお前そっち入ってんだよ!」

「いーじゃないすか先輩、ハンデっすよ、ハンデ」

「そうそう。何怒ってんすか、大人げねぇなー」

「プロなら8対12でも余裕っしょ」

「むしろ負けたらあれだろ、恥?」

「……んのヤロウ、無茶苦茶言いやがって……!」


 白田がうめくが、後輩たちは笑って取り合わない。

 さすがに無茶じゃないかと理沙も思ったが、始まってみると、意外にもなんとかボールが繋がっていた。


 フォーメーションも戦術も、下手をするとポジションさえないようなゲーム。

 土のグラウンドで繰り広げられる、わやくちゃなサッカーは、まるで子供の遊びのようで――それなのに、不思議なくらい、見ていてワクワクした。


 その中心にいるのは、間違いなく、白田だった。


 高校生としては、技術がそれほど群を抜いているわけじゃない。ただバランス感覚のよさと、ちょっと予測のつかない動きが目を引く。自然と、視線が釘付けになる。


 結局、勝利を収めたのは白田たちのチームだったけれど、なぜだか白田と牧が全員にジュースをおごることになって、なりゆきで理沙もご相伴に預かった。


 


 それは、たった一日のこと。

 ガイナスに入るのが夢だったと言い切った彼はきっと、理沙の顔なんて覚えていないだろう。


 それでも、忘れられない。そのときに抱いた感情を。

 ――この人ならきっと、という、確信のような、強い期待を。

 

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