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片想い中の婚約者に惚れ薬を盛られてしまいました

作者: 藤夏ここり
掲載日:2026/07/19

勢いで短編初挑戦です



※軽く惚れ薬の描写(同意なし)ありますので、NGの方はお気をつけください。

「……」

(何か話さないと……)


「…………」

(どうしていつもこうなの……!?)


「……はぁ」

「……王都で一番人気だって聞いて買ってきたケーキだけど……口に合わなかったかな」


(違うの! 今のため息はそうじゃなくて……! というか……)

「……あなたが買ってきたの? わざわざ?」

「うん」


(こんなひどい態度の私のために……)

「……もうそんなことしなくてもいいわ」

「そうか……ごめん」


(だからなんでそんな言い方しかできないのよ、私は……!)

「……はぁ」


これが私と婚約者のいつもの会話。

私たちは互いの家の父親の仲がとても良く、お互いの子どもたちを縁付かせてしまおうという――いわゆる政略結婚。


でも私はずっと前から彼に恋をしている。


なのに……私の態度といったら……。


彼を前にすると胸が詰まってうまく話ができない。胸の高鳴りを抑えるのに必死で、眉間にはしわが寄り、口元は固く引き結ばれる。

自分の言いたいことをうまく伝えられず、いつもため息とそっけない言葉しか出せなくて……。


何度も何度も頭の中で練習した。笑顔で「ありがとう」と言う自分を。なのに現実の彼が目の前にいると、どうしてもできなくなってしまう。


こんな女が相手なのに、この毎月開かれる交流のためのお茶会も、いつも根気強く相手をしてくれる。今だってきっと、苦痛な時間を耐えてくれているに違いないわ……。


(彼につり合う完璧な淑女になるための努力が、こんな結果になるなんて……そうだわ!)


「……そういえば、最近王都騎士団の部隊長に就任したのでしょう?」

「……! ああ! そうなんだ! まだまだ未熟だけど、もっと上を任せられるように強くなるよ 」


(すごいわ! 史上最年少での部隊長なんて……! ここでお祝いの言葉よ! それで怪我には気をつけてねって……言うのよ、ジョゼット!)


「……そう、おめでとう。でも……怪我だけはやめてね。あなたは我が家に婿入りする身。あなただけの体じゃないの」

「あ……ありがとう。そうだね、気をつけるよ……」


(はああ!? 何を言い出すのこの口は!)


結局、この後もこんな会話を繰り返すだけで終わった。




私、ジョゼット・フランダルと婚約者のマティアス・コルベーヌの出会いは私が七歳、彼が八歳のときだった。


父に連れられてコルベーヌ侯爵家によく遊びに行っていた私は、コルベーヌ家の兄弟でも歳の近いマティアスと自然と意気投合していった。

おてんばだったあの頃は、感情や言葉を素直に出せていたのに……。


状況が大きく変わったのは、私が十四歳のとき。

その日はデビュタント前の子息や令嬢が集まるガーデンパーティで、私とマティアスは二人で参加した。

パーティは楽しく、令嬢の友人もできたのだけれど……。


私がお手洗いから戻るときに事件は起きた。


知らない令息たちが一人で歩いていた私の前に立ち塞がり、リーダーらしい令息が「お前を婚約者にしてやる」と言ってきたのだ。

困惑と恐怖で立ちすくんでいると、「父上のところに連れていく」と言われ、手を掴まれた。このまま婚約者にされてしまうのかと絶望していたとき——

私を助けに来てくれたのが……マティアスだった。


マティアスはすでに騎士を目指して訓練をしていたから、体格もよく力も強い。令息たちをものともせずに私を助けてくれた。

結局私を連れていこうとしたのは、ガーデンパーティを主催していた家の令息だったことが後からわかったけれど……。


私の頭はもうマティアスでいっぱいだった。

今まで気の合う幼馴染だと思っていた彼が、素敵な大人の男の人に変わった瞬間——。

あの日から、私の世界はマティアス一色に染まった。


マティアスが好き。立派な騎士になる彼にふさわしい、完璧な淑女になりたい。そして彼に好きになってほしい……。

ガーデンパーティのすぐ後から、彼は本格的に騎士団への入団を目指すため、会うことができなくなった。

でもこれはチャンスだ。それから私は王都一厳しい淑女教育の家庭教師をつけ、完璧な淑女を目指した。


マティアスに会えなくなって一年。十五歳になった私は、父から驚くべき話を聞かされる。

私とマティアスの婚約が決まったというのだ。

あの日が私の人生で一番幸せな日だった。


とんとん拍子に婚約が結ばれ、いよいよマティアスと顔合わせ、という日の前夜。私はふと思った。


マティアスは、この婚約をどう思っているのだろう。

彼とはずっと「気安い幼馴染」の関係だった。突然「婚約者」という空気になってほしいなんて……彼には無理だろう。


まずは彼に大人の女性として意識してもらうところからだ。厳しい淑女教育のおかげで、表情を美しく隠すのは得意になった。私は彼の前で絶対に感情を出さないことを決意した。


それが間違いだったなんて気がつきもせずに——



翌日、一年ぶりの彼との再開で、私は淑女教育の成果が予想外の方向に転がっていたことを思い知ることになる。


久しぶりのマティアスは、本当に素敵な紳士になっていた。元々整っていた顔立ちが見ない間に精悍(せいかん)な顔つきになり、さらに背も伸びていた。あまりのかっこよさに逃げ出したくなるほどに……。


そのマティアスと目が合い、にこりと微笑みかけられた瞬間——


私の中で、おかしなことが起きた。


胸が苦しくて、言葉が出ない。私も美しく微笑みたいのに、頬の筋肉が固まったように動かない。

やっと出てきた言葉は「よろしくお願いします」だけだった。本当にその一言だけだったのだ。


マティアスの目を見ると、戸惑っているのがわかった。


初めは病気を疑った。でも結局、私が()()なってしまうのは、マティアスと対面するときだけだった。


厳しい淑女教育と、彼が好きすぎるために極度の緊張で何もできなくなるという状況が複雑に絡み合った結果……自分では手に負えない体質ができあがってしまったのだ。



今日まで三年間、彼に笑いかけることはできていない。ろくに会話することも……。

そんな私に三年間、怒りも呆れもせずに優しくしてくれるマティアス。きっと内心ではこんな愛想のない女、親の顔を立てて我慢してくれているだけだろう。

嫌になったマティアスから婚約解消を言い出される前に、彼に認めてもらえる完璧な淑女にならなくては……。





前回のお茶会の後から、私は淑女の微笑みの猛特訓をした。侍女のエヴァをマティアスに見立てて、何度も何度も微笑みかける。


「お嬢様……私がお嬢様に恋をしてしまいそうです」

「だめよ、悪いところを指摘して」

「いっそのこと、マティアス様をじゃがいもだと思っては?」

「そんなのできるわけないじゃない! あんなに素敵な人を野菜だと思うなんて無理よ……」

「じゃあマティアス様のお兄様。ご兄弟で似ておりますし」

「それも無理ね。私には天と地ほどの違いがあるわ」

「お気の毒に……」


あまりあてにならないエヴァのアドバイスと鏡の前での特訓で、なんとか納得のいく表情になった。あとは本人の前で実践するだけ……まずいわ、会う前から緊張してきた。


そして今日はひと月振りにマティアスに会える日だ。彼の顔を思い浮かべるだけで胸が締めつけられる。もう三年も婚約者なのに……まだ都合のいい夢ではないかと思ってしまう。


次男である彼が長子で嫡男のいない我がフランダル侯爵家に婿入りすることは、きっと彼にとってもメリットのある結婚のはず。

あとは愛想を尽かされないように、彼の前でも完璧な淑女であり続けるの……。


「お嬢様、お顔が怖いです。自然体自然体……」

「はっ、気をつけないと……」


馬車はコルベーヌ家に到着し、扉が開く。


「こんにちは」


エスコートのために手を差し出してくれたのは——


「マティアス……」


今日も完璧な紳士のマティアス。アッシュグレーの短髪が日に透けるように美しい。私の瞳の色よりも、さらに深いマリンブルーの目が優しく細められる。


(どうしよう……やっぱり緊張しないなんて無理よ……)


私は黙って彼の手を取り、やっぱり黙ったまま、お茶会の会場まで向かった。


「今日は天気もいいから、外でお茶でもどうかなと思って」


隣を歩くマティアスが優しく話しかけてくれる。


(あなたと一緒に過ごせるなら……)


「……どこだっていいわ」

「そっか……」


今日も失敗を悟った。


案内されたのは庭園の中央にあるガゼボだった。

美しく整えられたトピアリーの庭園の中に、見事に咲き誇るアイリスの花。バランス良く配置されたオールドローズの柔らかな色合いがお互いの美しさを引き立て合っていて、思わず感嘆のため息がこぼれる。


「ごめん……好みじゃなかった?」

「……いえ、とても美しいわ」

「よかった」


毎回ため息をつきすぎて、不満があると思われてしまった。


(私、ここから挽回なんてできるの……?)


円形のガゼボの中には可愛い丸テーブルがセッティングされていて、テーブルの上には色鮮やかなお菓子が並んでいる。テーブルの脇にはワゴンに乗せられたティーセットがあるけれど、給仕をするメイドはいない。


「今日は……俺が紅茶を準備しようと思って」

「……あなたが?」


(え……マティアスが、私のために淹れてくれる……?)


椅子を引いて座らせてくれた彼に、驚きの目を向ける。

侯爵令息の彼が、騎士団の仕事で忙しいはずの彼が……紅茶を?


「……できるの?」

「ああ、練習したんだ」


固く強張った彼の顔は、決戦を前にする騎士そのもの。よほど練習をしてくれたのかしら。

嬉しくて嬉しくて、淑女の顔が崩れそうになった。ぎゅっと顔に力を入れて、自分も表情を引き締める。


「……お嬢様。お顔が」


後ろからエヴァの呟きが聞こえた。

今度はマティアスに気づかれないように息を吐き、淑女の顔……つまり真顔に戻る。


「……お願いするわ」


すると後ろからエヴァの小さなため息が聞こえた。


(うう……わかってるのよ)


そんなことをしている間に、マティアスはお茶の準備を始める。


「——っ、ごめん。手が滑って」


彼も緊張しているのか、茶葉の入った缶を開けるときに(ふた)を落としてしまった。

慌てて(ふた)を拾う彼を心配しながら見やると、なぜかとても苦しそうな顔をしているように見えた。

ガゼボの屋根が作る影の具合でそう見えただけかもしれない。すぐに立ち上がったマティアスは、いつもの凛々しい顔つきだった。


「——お待たせ」


ソーサーを持つ彼の手がわずかに震えている。やっぱり緊張しているみたい……。

彼の淹れてくれた紅茶は、色も温度も完璧。ゆっくりと鼻に近づけると、甘い花のような香りがする。


「素敵な香りね」


椅子に座った彼に声をかけると、珍しく弾んだ声が返ってくる。


「そうだろう? 南部の珍しい茶葉なんだ! 俺もすっかり気に入って、君にも飲んでもらいたいと思って! 冷めないうちに飲んでみて」


彼がそんなに熱く語るほど気に入ったのなら、しっかり味を覚えておかないと。

私は黙って紅茶を口に運ぶ……


「——やっぱりダメだ!」


急にマティアスが声を上げた。驚いて彼を見ると、彼は戸惑うように目をそらした。


「いや……いきなりごめん、何でもないんだ」


(嬉しそうに勧めたり、急に止めたり……どうしたのかしら?)


初めての給仕に私がどう評価を下すか、彼なりに不安なのかもしれない。


(マティアスなら何をしても許すのに……そうよ! これを飲んで、特訓の成果を見せるのよ! 完璧な微笑みで『ありがとう、おいしいわ』って!)


そうと決めたらあとは飲むだけ。私はゆっくりと紅茶を口に含んだ。甘い香りが口の中に広がり、鼻から抜けていく。この甘味は……花の蜜かしら? 少し舌先がピリッとしたけれど、嫌な感じではない。むしろその逆、心地よさすら感じるような……。


「どう……かな……?」


マティアスが食い入るように私を見つめている。

なんだか照れるくらい熱い視線ね……顔が熱くなってきたわ。のぼせてきたかも……でも、私には今から大仕事が待っている。


私はカップを置き、微笑む準備をした。「とてもおいしいわ」その一言を言うために口を開く——


「ジョゼット」


突然、マティアスに名前を呼ばれた。

私が口を開けたまま止まると、彼は驚くような質問をしてきた。


「俺のこと……どう思ってる?」


(え? な、なんでそんなこと突然……そんなの、決まってるわよ……)


でも私には絶対に言えない。どんなに言いたくても、この口が勝手に本音を隠してしまうのだから。


(そんなの……)


「……大好きに決まってるじゃない」

(こんなところで言うわけないじゃない)


………………え?


(私……今、なんと言った…………?)


とっさにマティアスの反応を見ても、彼の表情は先程と変わらなかった。ただきれいな青い瞳が、一瞬だけ輝きを強めた気がした。


「え、あ……」

「ジョゼット、ごめん。聞こえなかった……かも」

「え、ええ……」


そうよね。私も自分が何を言ったのかわからなかった。

きっと緊張で喉が乾いていたから、うまく発音できなかっただけよ。


もう一度、マティアスの淹れてくれた紅茶を手に取る。

カップに半分以上残っている紅茶を見ると、いつも通り表情を隠した淑女の顔の私がゆらゆらと映っている。

今度は喉を潤すため、紅茶を飲み干す。強い花の香りが鼻を抜けていく。舌に残る甘い痺れが、かえって頭を冷静にさせてくれた。


「……お、おいしかったわ……」


婚約してから、初めて素直に感想を言えたかもしれない……。空になったカップを置いてマティアスを見ると、こちらを見据える碧眼に、鼓動が大きく跳ねる。


「どうしたの……?」


マティアスは言葉を発しない。ただ焼け付くような視線で私の目を見つめるだけだった。私の瞳の奥に、何かを探しているような……。


「ジョゼット……もう一度、教えてくれ」

「教えるって……何を……」


脈が振り切れてしまいそうなほど、心臓の音が激しく響く。


「俺のこと……好き?」

「——っ」


さっきからマティアスはどうしてしまったのだろう。この三年間、絶対に触れることのなかった「開けてはいけない箱」を暴くようなことをなぜ……。

戸惑いを隠せずに口を開くと舌先の痺れが強くなった。


(言いたくないわ)

「ええ、好きよ。大好き……——っえ!!」


慌てて口を抑える。やっぱり先程の言葉も聞き間違いじゃなかった……!?


「まっ……待って、違うの……」

「違う? 嘘ってことか?」

「嘘じゃないわ!! ずっとずっと好きって言いたかったの! マティアスのことしか考えられない……——っだめ!!」


言い訳をしようと口を開くのは逆効果だ。私は固く口を引き結び、顔を伏せた。


(言ってしまった、言ってしまった——!!)


今までひどい態度だった私が何をいきなりと呆れられるだろう。マティアスは義理で婚約してくれているのだから、こんな女の好意を押し付けても困らせるだけだ。そもそも冗談だろうと鼻で笑われるかもしれない。

それはそれで立ち直れなくなる——


「ジョゼット」


彼が名前を呼ぶけれど、顔を上げられない。

膝の上に置いた手でスカートを強く握り込む。


マティアスが椅子から立ち上がる音がした。


(ああ、きっと不快なことを言ってしまったから、ここから立ち去るんだわ……)


なぜこんなことになったかわからない。だって直前までは、本音を言えない自分に悩んでいたはずなのに……。

うつむいたまま、ぽたりと手に雫が落ちた。


そのときだった。


大きくて固い男の人の手が、手の甲に落ちた涙を親指で拭った。そのまま包み込むように手が重なる。

少し冷たいその手と、それよりも冷たい私の手の温度がじわりと溶け合って、そこから熱が生まれる。


驚いて顔を向けると、すぐ側にマティアスがいた。ひざまずいて私の手を握り、椅子に座る私を見上げている。

その吸い込まれるような碧色の瞳に、熱が宿っていた。


「俺もだ」

「……え……?」

「俺も……ジョゼットのことが好きだ」

「え、なん……う、うそ……」


言葉にならずにハクハクと口を動かすばかりの私の手を、マティアスはぎゅっと強く握る。


「嘘じゃない」

「だって、私……あなたにひどい態度しかとっていないわ。こんな女、好きなわけないじゃない」

「そんなことない」

「——私、あなたを前にすると、苦しくて言葉が出なくなるの」


そう言うとマティアスは一瞬、つらそうに眉を寄せた。


「じゃあ、今は……?」

「いま……今は、よくわからないわ。苦しいはずなのに、言葉があふれて止まらない。こんなこと、初めてなの……」


意図せずに、想いが口からぽろぽろとこぼれていく。私が今までひたすら身につけてきたはずの完璧な淑女の装いは、すっかり崩れ去っていた。


「マティアス……も、もう何も聞かないで……」

「どうして?」

「今あなたに聞かれたら、私……きっと全部話してしまうわ……——って、だから!」


困り果てて彼を見ると、彼はハハッと声を出して笑った。もう何年も見ていなかった、彼が声を上げて笑う姿……。


「嬉しい……マティアスが笑った……」

「ん?」

「私、あなたの笑顔が好き」


心に留めておけずに口にすると、彼の手の力がまた強まった。


「ジョゼット、もう一度言って」

「好き」

「もう一回」

「好きよ……大好き。——って、お願い! もうやめて! 私おかしくなっちゃっ——」


突然視界が覆われた。気がつくと、彼が立ち上がり、私は抱き締められていた。


「嬉しい……俺も好きだよ」

「ほ、本当なの……?」

「ジョゼットに嘘なんかつかない。好きだ」


初めて全身で彼のぬくもりを受け止める。海を思わせるマリンノートの爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

彼の言葉がやっと現実味を帯びてきて、私はおそるおそる彼の背中に手を回した。


「ジョゼット……もう一回言って」


懲りずにマティアスが言う。


「す……好き」

「俺の方が好きだよ」

「なっ! 私の方がもっと好きよ」

「いや、俺の方が愛してる」

「あいっ……! わた、私も愛してる……大好きよ」

「ジョゼット、俺、幸せだ」


(幸せなのは、私の方だわ……)


今度は言葉にならなかった。胸に込み上げてくる熱が、涙になって外にあふれ流れていく。

こんな奇跡があってもいいのだろうか。マティアスが私のことを好きでいてくれたなんて……。


「マティアス……お願い、顔を見ないでね」

「なんで?」

「今の顔、涙でひどいからあなたに見られて幻滅されたくない——って、もう……!」


あいかわらず思ったことがぽろぽろと出てきてしまう。

耳元でくすりと笑った彼が突然体を離し、私の顔を覗き込んできた。


「あっ」

「全然幻滅なんてしない、可愛い」

「は……?」


思わず涙が止まった。マティアスが固まったままの私の頬をハンカチで拭うと、ふいに顔を寄せてきた。

額に触れた、柔らかな熱——


「ごめん、可愛くて……我慢できなかった」

「————!!」


私は額に手を当てて、一気に熱くなった顔で彼をにらむ。


「き、急に刺激が強すぎるわ!! もっとこう、順番にゆっくり……」


私だって彼に触れてもらうのを夢見ていたのだ。全然嫌ではないけれど、まだ心の準備が……。


そんな乙女心も包み隠さず話してしまう私を見て、マティアスは柔らかく目を細める。


「そうだな。俺たち、もっと話をしよう。月に一度じゃなくて、もっとたくさん会おう。それで、きっと君に……好きになってもらえるように頑張るから」

「? 頑張るって……もうとっくに好きよ? ……これ以上頑張られたら私、どうにかなってしまうわ——っ、もう恥ずかしい……」

「……ああ、そうだな」


再び本音が漏れてしまう口を手で塞ぐと、彼は切なそうな嬉しそうな、泣きそうな顔で微笑んだ。





「俺は——君に、惚れ薬を飲ませてしまった」


マティアスから真相を聞いたのは、お茶会の一週間後だった。

突然我が家を訪ねてきて、私の顔を見るなり膝をついて謝り始めたのだ。

その場から動こうとしないマティアスから慌てて話を聞き出すと、彼は苦しそうに告白した。


彼は本当に私のことを好きでいてくれていた。でも幼馴染として過ごしていた頃からすっかり態度の変わってしまった私を見て、婚約を嫌がられていると思ったらしい。


三年間、なんとか距離を縮めたくても取り付く島もない私の態度に、追い詰められた彼は自分の兄に相談をした。

そして魔法薬師である彼の兄から「これを飲めばお前にメロメロになるから」と言って渡された小瓶の薬を……あの日、お茶に混ぜて私に飲ませたと言うのだ。

彼の兄ももちろん知っている。あの魔法薬オタクは何をしているのよ……。


あまりに衝撃的な告白だったけれど、妙に納得してしまった。あのお茶を飲んだおかげで、私の本心を言えなかった忌まわしい体質が上書きされたのかもしれない。そもそも惚れていたのだから、惚れ薬としての効果はよくわからないけれど。


私の気持ちを無理やり変えてしまったと思っているマティアスは、罪悪感のあまり本当のことを伝えて、婚約解消をしようと決意してきたらしい。

そんなこと……するわけないじゃない。


私はもう怖くなかった。マティアスの気持ちを知っているから。本心を素直に伝えることが、どんなに大切なことかわかったから。

それに……そこまで彼を追い詰めてしまったのは私なのだから。

完璧な淑女にあるまじき満面の笑みを浮かべて、私は彼に伝えた。


「私……あなたのことが大好き」

「え、ジョゼ……もう、薬の効果は切れたはずじゃ……」

「そんなものなくても、もうとっくに私の心はあなたでいっぱいだったのよ」


淑女なら絶対にしない、膝をついてマティアスを抱き締める。

私はこれまでの態度を誠心誠意謝り、マティアスは静かに肩を震わせ、私を抱き締め返してくれた。


それから私たちは本音を隠すことをやめた。時にはケンカになることもある。だいたい私が怒っているだけだけれど……。

でも何も言わず、何も聞かずに間違った方向に進んでしまうよりはずっといい。


だから私たちは最後にいつも伝えるのだ。


「ジョゼット、愛してる」

「マティアス……私も愛しているわ」


最後までお読みいただきありがとうございました.*^^*

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