異世界帰りのおばさん、猫を飼う。
異世界帰りのおばさんがひょんなことから猫(?)を飼うお話です。ほのぼのとした感じです。読んでいただけたら嬉しいです。
2026/6/11 エビソードを追加しました。
ひとみは49歳独身女性。異世界帰りのチート持ちである。魔法は使えるし、スキルは鑑定、CADオペ、建設の3つもある。
(うわぁ、”CADオペ”使えないわ。今時手描きで図面かけてもねぇ)
ひとみは嘆息して、マウスを動かして図面の修正を続けた。ひとみの能力はあくまで”手描き”である。仕事で使うのは本物のCAD。つまりパソコン内で描くものだ。魔法を駆使すれば何とかなるかもしれないが、多分、説明がつかない現象が起きそうなので使わないと決めている。。
”建設”は、亡くなった両親から受け継いだ古い自宅を自らリノベーションするのに大活躍だというのに。
(異世界じゃ"CADオペ"すごく役立ってたのに、元の世界では"建設"の方が役立つとは皮肉ね)
魔法の魔力糸と組み合わせて使うことで無限の可能性を見せていたのに、と嘆息して、チカチカしてきた目とゴリゴリな肩にこっそり回復魔法をかける。
(くぅ、魔法効くわ。)
一気に楽になった体で伸びをして、またパソコンに向かう。明日提出予定の図面の直しを頼まれたのが今日の午後だったのだ。忙しいせいでひとみに頼むのを忘れていたらしい。今日は残業になりそうだった。
すっかり日も落ち、帰る人もこの片田舎ではもうだいぶ少ない。会社の駐車場に外灯などなく真っ暗だ。だいぶ前に買ったキーホルダー型のライトの明かりはないよりマシだが、何しろ周囲が真っ暗だ。近眼乱視に老眼まで入りつつあるひとみにとっては、なかなかに危ない場所だ。
「痛っ!」
光の外側にあった大きな石に足をぶつけてしまった。いつも気を付けてはいるが、今日は残業終わりで気が抜けていたのかうっかりしていた。
(魔法で明かりだしてもいいんだけど、目立つしなぁ)
新しいライトを買おうと心に決めて、ひとみは車に乗って眼鏡をかけようとした。
「あれ······?」
眼鏡のネジが外れていた。
「いつの間に。ネジどっかいっちゃってるし」
異世界にいた時は魂だけだったせいか視力もよかったが、帰ってきたら元通りだ。昼間ならかろうじて帰れるだろうが、夜は乱視のせいで光がぼやけて非常に危ないのだ。
「そうだ。魔法でコンタクト作ってみよう」
そうだそうだ、そうしようと一人で言いつつ、
(近眼乱視矯正、視力補正、老眼も補正できる遠近両用魔法のコンタクト!)
そうイメージして魔法を発動させると、
「うわぁ、よく見える!」
想像以上にうまく魔法のコンタクトが出来上がったひとみは、上機嫌で帰宅した。
それからひとみは、休日は魔法のコンタクトで過ごすことにした。急にコンタクトにしたというのもなんだか気恥ずかしいし、そもそもが本物のコンタクトではない。
ある日の休日。ひとみは最近ようやく一通りDIYを終えて、きれいになった我が家を満足げに見て回った。ついでにいらないものも断捨離してすっきりしている。が、ちょっと彩りが足りない気もする。
(うーん、絵かインテリアを足そうかな?ちょっと家具屋でもぶらついてみよう)
ひとみは出かける途中で、ふと見覚えのあるような光を見つけた。一度広い場所に車を止めて見えた光の方向を確かめると、やはり見える。その光はとても美しく、一所にとどまっていて揺らめいて見えた。
(なんだろう。異世界で私から抜け出た光みたいなのに見える。白?金?私は青だったなぁ)
ひとみは異世界で自分の魂が消費されて抜け出ていく時の、揺らめく青い光を思い出した。その光に色は違うが似ていた。気になったひとみは、その光の方に行ってみることにした。
光が見えたあたりに車を走らせて行ってみると、大きな家が建っていた。人が住まなくなってだいぶ経つのか、窓は割れており、肝試しにでも来る者がいるのかいたずら書きもされている。周囲に他の家はない。ひとみは車を道路の端に寄せて止めると、ぐるりと一周してみようと歩き出した。
低い塀はひとみの肩のあたりで、木々に覆われている場所もあったがおおむね敷地の中が見えた。半周ほどしたとき、敷地内にあるお稲荷さんの祠が見えた。その前に白い印象の子供が立っていた。すっと伸ばした立ち姿がなんだか威厳があるように見える。
(子供、だよね?というか、危ないよね)
「ねえ、君。ここのおうちはだれも住んでないみたいだよ。危ないから敷地から出た方がいいよ」
ひとみが声をかけると、ゆっくりと振り向く。ひとみはそこで、子供が白い髪をしていることと瞳の色が金色なこと、そして白い狩衣らしい衣装を身に着けているのに気が付いた。
(あ、あれ?に、んげん······じゃない?)
「ここの家の縁者を知っているか?」
「いえ。通りがかっただけだから······」
「ところで、貴様はなぜ我の姿が見えておる?」
「―――え?なぜって······見えてるし······」
子供の姿に見えているのに、圧倒的な存在感と圧、底しれぬ異質なものをひとみは感じて、背中に冷や汗が流れる。なんなの、この子は?とひとみは一歩後ずさる。
「目か」
じっとこちらを見据えてそう言うと、小さく頷き勝手に納得したようだ。ひとみは動けないまま子供を見ていた。
「ちょうどよい。此奴を養え」
「え?」
いつの間にか目の前にいた謎の子供が、2つあるうちのひとつの小さな珠をひとみに押しつけてきた。ひとみは逆らうことができず、素直に受け取った。珠は淡い金色に輝いている。中に何かあると、よく見ると小さな小さな白い猫が丸まっていた。
「あの、こ―――居ない?」
子供は消えていた。
どうしようか、家具屋は諦めるかと車に戻ろうとして、すでに日がだいぶ傾いていることに気が付いた。
「……リアル昔話」
ソワリと背が冷えた。
ひとみは猫入りの珠を、ひとまずフィギアが座っていた小さな座布団に載せてテーブルに置いた。淡い光が揺らめいているが、あの遠くからでも見えた光は多分謎の子供のものだったんだろうと結論付けた。
「問題は君だよ。どうすればいいのかしら?」
しばらく悩んで、ひとみは余っていた木材でお稲荷様のお社風の小さな祠を作って、その中に座布団ごと猫入りの珠を納めた。
「とりあえず、よし」
しばらく眺めていたが、変化はない。
「猫、久しぶりだな。小さいけど」
そっと珠に指先を当てる。ほんのり温かく感じる。
両親が生きている頃は猫を飼っていた。ひとりになり最後の猫が死んでから、自分に何かあったらペットが可哀想だからとしばらく飼っていない。
ひとみは自然と唇に笑みを刻んで小さな小さな猫の珠を眺めていた。
それからのひとみは家に帰るのが待ち遠しくなった。異世界の事を懐かしく思い出し、玄関を開けた時の孤独がのしかかるような感覚が、帰ったら小さな小さな猫がいるだけでなくなった。珠のまま、動かないし何もしないけれど、そっと触れると温かい。その日あった他愛のない話を珠の猫にするのが習慣になりつつあった。
「ただいま〜」
声をかけていつものように玄関を開けると、そこに真っ白い猫がいた。ひとみはしばらくそのままの格好で固まった。
「······猫?」
猫は体長1メートルほどあった。尻尾は入れずに、である。大型の猫はそれくらいになるものもいると知ってはいたが、
「でかっ!ヤマネコ?!」
と思わず声が出た。白い猫は、不機嫌そうな顔をして、慣れた様に居間の方に歩いて行った。
◇
消えかけていた我はまどろみのなかで、夢を見ていた。あの日、あの家の者たちは皆居なくなった。理由は分かっている。人間の言うところの震災だと。
ずぅっと昔に消えかけた我を助けてくれた稲荷は、家人が居なくなって急速に弱ってしまった。焦った我は、手当たり次第、人間をあの家に誘い込んだ。稲荷を敬わせて、少しでも稲荷を助けたかったのだ。
けれど我の思惑通りには行かず、家を荒らされて稲荷を悲しませてしまった。それから、我らはだんだんと弱っていった。共に逝こうと約して、夢現を彷徨っていた。
まどろみを破ったのは、稲荷を神域に連れ戻しに来た我よりも高位の存在だった。
「お主は連れて行けぬ。我らと成り立ちが違うゆえ、悪く思うな」
我は頷いた。本来なら我は疾うの昔に失われたモノなのだ。だが、稲荷は承知しなかった。我は人間に生み出された存在だと言うのに、稲荷は我を諦めたくないのだと泣いた。
高位の存在は嘆息して、
「寄せてやろう。だが、それだけだ」
そう言った。稲荷は我のために必死で親神様に願いを伝えている。我は稲荷に寄り添った。稲荷のために存在しつづけるのが我を助けてくれた礼になると言うのなら、我も一緒に祈ろう。
そうしてやって来たのが、ひとみという人間だった。混じり合った魂と違う世界の匂いを纏い、身の内に孤独を囲っていた。
「悪くない」
小さく呟くと、稲荷が笑った。久しく見なかった顔に我も嬉しくなって笑った。
我も稲荷も消えかけていたのを、高位の存在が珠にしてくれた。
「力が回復すれば自然と元の姿に戻るだろう」
我は高位の存在や稲荷の親神様に礼を言い、稲荷とのしばしの別れを惜しんだ。
「さあ。行くがいい」
ひとみの手に我を乗せると、高位の存在と稲荷は神域へ帰って行った。
「······リアル昔話」
聞こえてきたひとみのつぶやきに、我は少し笑った。
◇
白い猫は居間で、ひとみの定位置であるソファの上に悠々と寝そべっていた。もちろん、ど真ん中である。珠の猫を納めていたお社を覗くと、珠は消えていた。
「君、珠の中にいた猫なのね」
ひとみがそう言うと、白い猫はチラリとこちらを見て尻尾をゆらゆらと揺らした。人差し指を鼻先に持っていくと、普通の猫のようにスンスンと匂いをかぎ、顔を指に擦り付けてきた。
「名前ないと不便だから、名前つけていい?」
「ニャ」
「ん〜、君は瑠璃。略称はるーちゃんね」
「ニ?」
「るーちゃん」
「······ニャー······」
ひとみのにこやかな圧に負けたように瑠璃が返事をした。
(普通に会話成立してる·····)
ひとみは何だか可笑しくなって、声を立てて笑った。ひとみはソファの側にクッションを持ってきて、そのうえに座って瑠璃を撫でた。久しぶりの柔毛の感触を存分に楽しんだ。瑠璃は煩わしそうな顔をしていたが、喉が鳴っていて尻尾は緩やかに揺れていた。
◇
我に”名”を与えるとは、度胸がある。真名は教えるわけにはゆかぬから、我はそれを受け入れた。
真新しい木の匂いがする家は、なかなか居心地が良かった。
ひとみは真新しい木の匂いがする家に、キャットウォークなるものを作った。我が眺めていると、妖術を駆使して驚くほど早く作り上げた。ひとみの寝室には我の寝床を作り、窓辺に大きな座布団を置いた。我がそれらを使うと嬉しげに目を細めた。悪くない。稲荷に話せることが積み重なってゆく。
我は礼としてひとみに我の守護をつけた。まだ力が戻りきったわけではないが、少しくらいは物事が良く進むだろう。
しばらくすると、ひとみは家に帰ってくるのが早くなった。仕事がスムーズに進むと喜んでいた。
◇
瑠璃がひとみの背より高いキャットウォークに、床からヒョイっと一息に飛び乗ると、
「るーちゃん、すごいね!」
と、ひとみがにこにこしている。ひとみは今、新たな猫アイテムをスキルと魔法をフルに使って作っている。仕事では役立たない”CADオペ”も、趣味で使うならとても優秀である。しかも、魔法で出す魔力糸を使えば図面を起こす必要もない。
その様子を、瑠璃がキャットウォークから興味深そうに見下ろしている。
「キャットタワー作るからね。るーちゃんデカいから市販のじゃ小さいから」
ひとみはむしろ瑠璃より嬉しそうに、風魔法で木材を加工している。昨日、キャットタワーに仕込むためのクッションなどは作り終わっていた。
組み立て終わると、キャットタワーを”鑑定”する。
キャットタワー:大型猫用のキャットタワー。耐荷重50キログラム。大型の猫が飛び乗っても壊れにくく、安定性がある。
「お〜。いい感じ!」
因みに、瑠璃を鑑定してみたが何も見えなかった。何者かも分からないが、ひとみにとっては、猫の姿をしていると言うだけで、全てが許せるから何も問題などないのであった。
◇
ひとみは瑠璃にスマホを向けた。瑠璃はキャットタワーの最上段で、耳をひとみの方へ向けただけでうたた寝を決め込んでいる。
「やっぱり、るーちゃん写らないねぇ」
写真を撮って確認するが、何度撮っても瑠璃の姿は写らない。全く写らないか、白いハレーションのような光になるかの二択だ。
愛猫家、いやペットを飼っている人なら絶対にかわいい姿を写真や映像に残したくなるものだが、ひとみも例に漏れなかった。
ちょっとがっかりしつつも、瑠璃が謎の存在だから仕方ないかと諦めかけていた。だが、不意に気が付いた。
(待って。私の”CADオペ”なら、るーちゃんの線描画を描けるんじゃない?!)
ひとみは寝ている瑠璃をじっくり眺めながら”CADオペ”を使った。ひとみの”CADオペ”の真骨頂である『見たものを数値化でき、再現する』という能力をフル活用すれば、後はひとみの手書きで線描画が描けるはずだ。
ひとみは瑠璃を数値化すると、手近にあったノートに瑠璃の姿を線で再現していく。
「出来たっ……!」
うたた寝する瑠璃の姿が見事に線描画で再現されている。昔からさして絵心のないひとみだったが、”CADオペ”を使えば写実的な絵が描けることが判明した瞬間だった。
「もしかして、ハッチングも出来るのかしら?!」
ひとみが一人で大興奮してあれこれ喋るのを、瑠璃が薄目を開けて呆れたように見ていたのだった。
さっそく出かけて、何十年ぶりかの画用紙と色鉛筆や絵の具などを買い込んでくると、ひとみは猛然と瑠璃の線描画を描いた。そこへ”ハッチング”という図面に着色する機能を”CADオペ”で再現してみる。
「……塗り絵?」
思ったような感じにはならず、がっかりしたがそれでも瑠璃の姿を残せることが判明しただけでもひとみは満足した。
ひとみはそれから瑠璃のいろんな姿を絵に残すことにはまった。何枚も描いているうちにみんなに見てもらいたくなってきた。久しぶりに自宅のパソコンを立ち上げて、ネット検索をしてみる。
「へぇ、オンデマンド印刷かぁ。値段も手ごろだし1冊だけ作ってみようかな」
ひとみは、これまで描いた瑠璃をB5用紙に10枚ほど描き直した。一枚を表紙用にデザインし直しPDFにすると早速注文してみた。
数日して届いた冊子を手に取ると、思っていた以上に感動した。
「すごい。私にも本が作れた!見て見て瑠璃!画集だよ!」
窓辺の長クッションでくつろいでいた瑠璃が、ちょっと面倒そうにひとみを振り返って見た。ひとみは両手で本を持っていた。タイトルは、『瑠璃―猫神―』。瑠璃は目を半眼にして見ているが、ひとみは構わず瑠璃の隣に座ると、ページをめくって瑠璃に見せる。
「これがるーちゃんの寝姿。こっちは伸びしてる時で……」
瑠璃はいたたまれなくなったのか、キャットタワーに逃げて行った。ひとみが「恥ずかしがらなくても」とくすくす笑うのを瑠璃は完全に無視したが、横目でこちらを見ているのを、ひとみは気がついてニヤニヤとした。
それからひとみは、その画集をもって久しぶりに会う友人のところへ行った。その友人は趣味が広い人で、イベントなどで趣味を生かした出店をしている人だった。画集を見せてみると、
「あら、いいんじゃない?何冊かあったらついでに置いてあげるわよ」
「本当?うれしいわ。猫のかわいさを布教したいのよ」
ひとみは帰ってから早速追加で50冊頼み、届いたうちの数冊を友人に送ってから、ふと、
「あ、頼みすぎたな」
と、置き場所に困る画集の量に、はしゃぎすぎたのを反省したのだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
猫、いいですよね。
ひとみの異世界物語は下記のリンクからお読みいただけます。
『おばさん、異世界召喚に巻き込まれる。』
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