【第Ⅲ章開幕】そして、リヒトは誘拐された。
閉会の儀も終わって、秋の十二支会議の全ての日程が終了した。
フレドリックの事件は出席者に知らされず、
リントヴルム州の者と双子の両親には、暴漢に襲われて死亡したことにしている。
あの両親は、フレドリックが神竜を発現した後、
いの一番に孤児院から双子を引き取った策略家だから、
ロベルトとステファニーがうまく対応してくれるだろう。
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夜になってようやく全ての区切りがついた。
部屋に戻る途中で、早速エデに、リヒトさんの状況を聞く。
「リヒト様は随分よくなられて、お食事も召し上がりました。
何度かテオ様がお越しになり、一度だけお会いになりました。
先ほど入浴を終えられて、ご就寝のお支度中です。」
テオ?
テオはさっき帰郷したが…何をしに行ったんだ?
まさか、またリヒトさんにプロポーズを…?
僕は心臓がキリキリするのを感じて、すぐにリヒトさんの部屋に行こうと思ったが、
さっき入浴したばかりだと思い起こして、さすがにやめた。
入浴…リヒトさんが…
今は入浴後できっと温かくて、しっとりしていて…
僕の心臓は、今度は熱い鼓動を打ち始める。忙しくてたまらない。
が、僕は慌てて首を横に振ると、ドングリの帽子のような髪型をした従者に、
「ヤン、僕も風呂にする。」と伝える。
風呂は既に準備されていた。
この後は僕を一人にするようヤンに命じた。
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各州の独立運動、
明日も明後日もそれ以降も、詰め込まれている大量の予定…
僕は、風呂でため息をつきかけて、
ブクブクと泡を立てて、湯に顔を半分つけた。
でも、何もかも、明日考えよう。
今日この後は、頭で物を考えないと決めたのだから。
風呂から出たら、リヒトさんに燭台で合図をしよう。8回だ。
「あ・さ・ま・で・・・・」の8回だ。
リヒトさんはきっと何の意味か分からないだろうけど。
リヒトさんが何回の合図を返しても…今夜は、都合よく解釈して彼女のもとに行くのだ。
僕はカッと身体中が熱くなるのを感じて、慌てて石鹸で全身を洗い始める。
柑橘系の良い香りだ。
この匂いならリヒトさんは気に入ってくれるだろうか?
花の香りは、自分には合わない気がするし…
忘れずに術をかけなければ…
リヒトさんの耳元で詠唱したら、そのまま耳を…
僕はもう色々なところがムズムズして、急いで風呂を出た。
髪を拭きながら窓を覗くと、リヒトさんの部屋の灯りがついている。
僕は込み上げてくる嬉しさを堪えながら、
まずは燭台を点滅させた。
合図を始めます、の合図だ。
しばらく待ったが、灯りは動かない。
僕はもう一度燭台を点滅させた。
やはり動かない。
なぜか、僕はゾッとした。
「ヤン!!!エデにリヒトさんの部屋を確認させろ!!!」
同時に僕は部屋を出て、
口唇を噛み締めて、
大股でリヒトさんの部屋に向かった。
でも、エデが転がるように僕の元に走って来るのを見ると、
僕は全身が氷のように冷えていくのを感じた。
「リヒトさんがいないのか!?!?」
「はい!お部屋のどこにも!
しかし、我々はお部屋の前におりましたが、出てきておられません!」
「窓は?彼女は、木にも屋根にも登る!」
「リヒト様のお部屋の外は、常に衛兵がおります。」
そばにいた衛兵が外に飛んでいく。
僕はリヒトさんの部屋の扉を大きく開けた。
「リヒトさん!!!返事をしてください!!!」
窓は閉じたままで、部屋も整っている。
窓際の燭台だけが、ロウソクに火を灯してユラユラと部屋に影を作っている。
「うぅぅ…」
僕は胸を引き掴んだ。
ハアッ…ハアッ…
抑えろ…抑えろ…!
「エデ!!!
リヒトさんが、自分からここを去る原因はあるか?」
「全くございません。むしろ…むしろ…」
「早く言え!!!」
「今日は、燭台で5回合図すると…!
『会いに来て』にすると!!」
「アァァ――――――ッッッ!!!!!!
畜生ッッ!畜生――――ッッッ!!!!!!!!!」
僕の身体に貯留されている膨大な神通力が、青い光の波になって溢れ出す。
「神殿内、全員退避!!!
繰り返す!!全員退避!!!」
エデとダンテスの叫び声が聞こえる。
そんなことはどうでもいい!!!!!!!
「神路…開放!!!!!!!!!!!
神通力【無限独楽鼠】!!!!!!!!!」
僕の身体を青い炎が竜巻のように包み込み、
無限の透明の独楽鼠が濁流のように走り出す。
なぜ、僕は!!
なぜ、僕は!!彼女から目を離したのか!!!
僕が戻るまで、絶対に彼女から目を離さないよう命令しなかったのか!!!!
あんな事件があったのに!!!!!!
それでも僕は理性に縋り付き、部屋を見回して、
独楽鼠に与える情報になり得るリヒトさんの痕跡を探した。
僕から発出される光を受けて、ベッドの上で光っているものがある…
近寄ると…銀色のロケット?
僕は取り上げると、それを開けた。
が、その瞬間、鉄の棒を食らったような衝撃を受けた。
そこには、アクアマリンの石と、銀色の細い糸
…僕の髪が入っていた。
僕は、コルデールの丘の上で再会したとき、
このロケットを握ってリヒトさんが泣きじゃくっていたことを思い出した。
あまりにも衝撃が激しくて、
僕は自分の膨大な神通力を操作することを忘れた。
主に記憶を司る僕の大量の神通力が流れると、周囲の者に悪影響を与える。
でも、忘れた。
僕は、何もかも忘れて、
青い光の中で茫然と立ち尽くしていた。




