表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/94

「リヒトさん…」私を呼ぶ、低くて美しいその声は?

挿絵(By みてみん)



オスカー王の就任十周年式典の当日。


シリウス大王の初めての訪問、しかも、オスカー王と共にパレードを行うということで、

州都は、朝から上を下への大騒ぎとなっている。


飾りをつける者、場所取りをする者、物を売る者、警備を行う者、興奮して走り回る者…

それは喧噪というより、一世一代の祭りという喜びに満ちていた。


***********


「シーリン、もうすぐパレードが始まるよ!行かないの?」


「私は留守番するわ…楽しんできて!」


同僚たちは皆、出払った。

私はペンを置いてため息をつく。


メアリは言っていた。

シリウスは、背が高くて、男らしいと。


私の記憶では、まだ私とそれほど変わらない身長、

良く鍛えられているものの、まだ少年らしい体つきで、

美しい顔はどちらかといえば中性的だった。


この3年間で、シリウスが、ツヴェルフェト大学だけでなく、

神亥(しんい)ハバリーの体技学院や神牛(しんぎゅう)トロスの騎士学校も卒業したことには、

少なからず驚いた。


強いことは【覗き】でも知っていたが、

そこまで体技や剣技に振り切るとは思わなかった…

あまりに頭脳明晰だから、ツヴェルフェト大学くらいでは物足らなかったのか…


シリウスのことだから、公務もおろそかにせずに、必死に学業と両立したのだろう。

素晴らしい体技と剣技を身につけたに違いない。


どんな顔に、

どんな体に、

どんな声に、

どんな大人に、

なっているのだろう。


子供の3年間は、長くて、重い。


私が、名前も過去も捨てて、夢中で仕事をし、

彼に近づかずに、静かに生きていく道を模索する間に、

彼はどれほど成長しただろう。


************

私は、首にかけた銀色(シルバー)のロケットを取り出した。

内蓋の片方には、小さなアクアマリン色の石を埋め込んであり、

もう片方には…

1本の、光り輝く銀色の髪を入れている。


この銀色の髪は、3年前、コルデールに着いたときに来ていた服…

…大神殿の官吏として支給された黒いワンピースについていたのだ。


与えられた部屋でこれを見つけたとき、どれほど泣いただろう。


どうして、私の服に、この美しい銀髪がついたのか…

どうして、その後すぐに、別れが訪れたのか…


おそろしいことに、私は、

首都ディモイゼを離れても、

完全に理性を取り戻しても、

あの血肉を最高に美味だったと思っている。


噛みしめた彼の肉、

舐め回した彼の血…

今でも…今でも!


今日、州都を訪れるシリウス。

一目でもいいから見たい。

見たくないわけがない。


でも、一目見た瞬間に、何が起こるか分からない。

次に理性を取り戻したときに見る光景は、

自分がシリウスを食い散らかした画かもしれない。



私はロケットを閉じて握りしめた。

駄目だ、やっては駄目だと思いつつ、そっとロケットに口を付けた。


一度やってしまうと、もう止められず、

私は銀色(シルバー)のロケットに何度も何度も熱い口づけをした。



*****


「ああ!シリウス様があんなにお美しいなんて!想像もできなかった!」

「左に白馬の大王様、右に黒馬のオスカー様…あんな光景、もう死ぬまで見られないわ…」

「本当に、見られて良かったね!」

「石を投げた奴がいたんだんだけど、

その石、大王様が指を鳴らしたら光の砂になって…もう大喝采だよ。」

「しかし、すごい美男子だったな…眼福眼福!」


皆が興奮しながら帰ってくる。

私は全身を耳にして、ひと言も漏らさないようにしている。


「シーリンも見に行けばよかったのに!」


私はその同僚に言った。


「石を投げられた…って、大王様に反抗的な人達がいるの…?」

「そんなこと聞いたことないよねぇ…」


同僚たちは顔を見合わせて首をかしげる。


「石を投げた奴らを見たけど、この辺りでは見ない顔だったぜ。」


私の胸はキリキリと締め上げられた。


3年前…私がここで働いてからしばらくして知った、クロエ様の死。

詳細は分からないが、あの十二支会議の帰路で、

神猿アダム王と神鶏レン王の目の前で、弓矢で襲われたという。


クロエ様の死が、アダム様に想いを伝えた後だったのか、前だったのかは分からない。

私には、一緒に【覗き】をした、可愛らしい、短い間の友を、

ただ悼むことしかできなかった。


しかし今、その殺意の矛先が、シリウスにも向けられているのか?

クロエ様だって、強力な神通力を持つ神犬だった。

しかも、そばにはアダム様とレン様もいた…それなのに命を失ったのだ。

シリウスなら、大軍を前にしても勝ち抜ける力があるだろう。

それでも…


しかし、こんな風に心配をつのらせても、そばで支えたいと思っても、

猫族(じぶん)の方が余程危険だという事実は、あまりにも虚しかった。


*************

早めに仕事を上がった私は、人気のない丘に足を向けた。


夕暮れの空にオレンジと青の色彩が広がって、一番星が冴え冴え輝いている。


街には色とりどりの光がちらつき、いまだ浮かれている人々が目に浮かぶ。

私は王宮の方を見た。

木々に隠れてほんの少ししか見えない。

それでも、あそこには、今、シリウスがいる。


3年前、シリウスが、ツヴェルフェト大学に迎えに来てくれて、

一番星の下で、馬に乗って、私に伝えてくれたのだ。


「僕は嬉しいです。貴女と共に大神殿に帰ることが。」


その言葉を思い出した瞬間、

あの時と同じように、

私の目から、ボロボロと音がしそうなほどの大きな涙がこぼれ出た。


こらえればこらえるほど、口唇の隙間から嗚咽が漏れる。


私はうつむき、銀のロケットを口にあてて、激しくしゃくり上げた。

鼻から伝う涙で、ロケットが塩からい。


とうとう私は膝をつき、背中を丸めて、泣きじゃくった。


「どうか…この涙を少しでも哀れと思うなら…神様…

シリウスを…お守りください…

シリウスを…シリウスを…

どうか…死なせないで…ください…」


***************

そのとき、


「リヒトさん…」


聞き慣れない、

でも懐かしい、

低くて美しい声が、

ヴェールのように私を包み込んだ。


私は、ビクリとして、耳だけその方向に向けた。

すぐには嗚咽を止められない。


私の目が後ろの人物を捉える前に、その声が近付いてきた。


「大丈夫ですか…?」


私はバッと大きく振り向いた。


そこには、黒いマントを目深にかぶった長身の男性が立っていた。

帽子の陰で顔はほとんど見えないが、口元に大きな傷跡が見える。


私は、残った嗚咽をすすりながら、茫然とした。


「やっぱり、リヒトさんだ…」


男性は、グッとマントの帽子を下ろした。


***********

それは、「見たことのない」青年だった。


背が高く、肩幅は広く、

彫像のように神々しい顔立ち、

薄闇の中でも光り輝く銀色の髪、

思慮深く煌めくアクアマリンの瞳…


声を出そうとして、喉が詰まる。


「リヒトさん…僕のこと、分かりますか…」


青年は、少し悲しそうに尋ねながら、私にゆっくり近づいてくる。

私は、何とか、その名を呼ぼうとしたが…


瞬間に、青年の足がピタリと止まった。顔が青ざめている。

同時に、私も、足のつま先から、彼への憎しみと食欲が黒い粒子のように沸き上がるのを感じた。

彼の血肉の味と匂いが、私の中で充満する。


なぜか青年は「しまった!」と言うなり


「神通力 封殺!」


と詠唱した。


私は、青年に背中を向けて、力の限り走り出した。


「待って!リヒトさん!!」

青年が後を追ってくる。


私は叫んだ。


「ば、馬鹿シリウス!!!!!!

ついてくるな!!!」


理性を失う前に、一秒でも早く、一ミリでも遠くへ、遠くへ…!!!


しかし、私は走りながら、体から憎しみと食欲が消えていることに気付いた。

あっけなく消えていることに驚いて立ち止まると、

息を切らしながら振り返った。


……しかし、青年は追って来ていなかった。


それでも、私は未練がましく立っていたが、いつまで待っても、

再びあの青年は現れなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ