飢えた少年大王は もう 猫少女に触れることを我慢できない
パーティは、好きでも嫌いでもない。
ただ、今回の晩餐会は、リヒトさんが来ないと分かってからひどく面倒になった。
宴もたけなわ、僕はロベルトに耳打ちして、いったん休憩に出た。
僕やリヒトさんの自室がある棟に向かう廊下は、
当然専用通路だから、来賓もおらず、今は守衛も出払ってシンとしている。
ようやく息をついた僕は、廊下をぼんやり歩く。
が、踊り場の人影を見るなり、階段を一足飛びに降りた。
「リヒトさん!」
リヒトさんが壁にもたれてうずくまっている。
ぐったりとしたリヒトさんを抱き上げて、彼女の部屋に急いだ。
*****
薄暗いリヒトさんの部屋のベッドに、そっと彼女を横たえる。
大丈夫ですか、と呼びかけようとして、
月明かりに照らされたリヒトさんが、
スゥスゥと寝息を立てていることに気付いた。
フッと僕も息をついて、枕元の椅子に腰を下ろした。
そっと頬に触れたが、熱はないようだ。
むしろヒヤリと冷たい。
かえってドキリとして、もう少し触れてみる。
彼女の息が指にかかり、僕は、もう一度フッと息をついた。
******
ここ2か月、僕はリヒトさんに飢えていた。
リヒトさんと挨拶をして、
リヒトさんと食事をして、
リヒトさんに憎まれて、
リヒトさんが僕を見て、
リヒトさんを僕が見て、
リヒトさんに近づいて、
リヒトさんが怒って、
リヒトさんが顔を赤くして……
そんな何気ない日々が、
穴に落ちたように、目の前から消えたのだから。
あの日、リヒトさんを得たと思った分、
遠ざかっていくリヒトさんが寂しかった。
「どうして、リヒトさんは、再生計画を進めようとするの?」
僕は、子供のような寝顔に問いかけた。
「マリアがいるから?
…それとも、僕のことが嫌いになった?」
リヒトさんは眠り込んだままだ。
「…そもそも、僕は、リヒトさんの視界に入っていなかったの?」
僕は、自分の、
まだ細い腕や体を見た。
まだ十分に大きくない手を見た。
テオが、リヒトさんの涙を拭こうとした手の大きさ、指の長さ、
エスコートするときの背の高さ、体つき……
年だって、僕より6歳上で、もう大人だ。
…僕は、頬に触れていた指をゆっくりずらし、そっと彼女の唇に触れた。
最初の日、僕の血のりを付けていたところ……
と、リヒトさんは、
「ふ…」
とうめくような吐息をついて、身をよじった。
制服のローブが首元が絞めるからか、顔を少し左右に振っている。
僕は手を伸ばしてローブのボタンをそっと外し、リヒトさんの首元を開けた。
リヒトさんは、またスゥスゥと寝息を立て始める。
しかし、僕の目は、ローブの下にあった姿に釘付けになっていた。
リヒトさんの体は、ごく簡素な、丸首、長袖の黒いワンピースに包まれていた。
官吏の制服として支給されたものだろう。
晩餐会で飽きるほど見せられた、
背中や胸元が大きく開いたドレスと異なり、
肌の露出などない。
でも、この素っ気ないワンピースは、月の光の中、
白く波打つシーツの上の、リヒトさんのしなやかな体を、この上もなく浮き立たせていた。
**********
我慢することは、もうできなかった。
僕は、リヒトさんに覆いかぶさり、
温かい寝息で湿っている、少し開いた彼女の唇に、顔を近づけた。
僕の口が、彼女の唇の、ふっくらと盛り上がった頂きにかすろうとするとき…
…リヒトさんがフッと薄目を開け、うわ言のようにささやいた。
「シリウス……?」
僕はハッと顔を離して、リヒトさんを見た。
でも、彼女は、夢見るかのように微笑んでいる。
「シリウス…」
僕の名を呼びながら手を伸ばし、
震えるように、僕の頬を両手で挟む。
「会いたかった…」
そのまま両手を滑らせ、リヒトさんは、
羽根のように不安定な腕を、僕の首に回した。
「ずっと…」
その言葉、その仕草は、雷光のように僕を引き裂いた。
**********
僕は、彼女の頭や背中に、手を力一杯差し入れて、
無我夢中で、彼女を抱き締めた。
僕の心臓は、僕自身を揺らすほど、激しく鼓動している。
抱き締めるだけでは、とても感触が足らない…
足らない…
足らない…
僕は、僕の唇を、リヒトさんの耳や髪に激しくすりつける。
「僕も…会いたかった…」
僕の吐く息は、
彼女の髪の毛にこもり、
肌で反射され、
蒸気のように張り付いてくる。
「…すごく…リヒト…さん…」
吐息と言葉が、途切れ途切れに混じり合う。
僕が唇を擦りつけるたびに、
頼りなく回された彼女の手に力がこもる。
僕の全身の血は逆流して、汗が噴き出してくる。
もう僕は、ほとんど我を忘れていた。
僕の手は、彼女の素肌を探して、ワンピースの首元から背中で這い回る。
僕の唇は、彼女の首まで滑り降りていく。
「リヒトさん…ずっと…」
***********
しかし、次の瞬間、リヒトさんがピクッと止まった。
「シリウス…?」
僕の背中に回していた手が、ふいに離れた。
「本物の…?」
声に芯が通る。
僕の両肩をつかんで顔を確認しようとしているようだ。
僕は驚いて体を離した。
まだ体には、狂おしい火が滾っている。
リヒトさんは、肘をついて上体を起こした。
茫然と僕を見ている。
「私…部屋に戻ろうとして…どうして…」
「ああ…」
僕はため息のように息を吐いた。
熱が冷めていくことが、あまりにも残念だった。
「…リヒトさんが倒れていたので、
僕が部屋まで抱えてきたんです。」
「…あ、ありがとう…」
リヒトさんはベッドの上で姿勢を直したが、
ローブが開いていることに気付き、
気まずそうに重ね合わせた。
「僕が開けたんです…首が苦しそうで…」
「…あ、ありがとう…」
リヒトさんは、落ち着かない手つきでローブのボタンを留めながら呟いた。
「晩餐会は…終わったの…?」
「ロベルトに任せて休憩に…」
さっきの鮮烈な熱は、星の瞬きだった。
とうに傷物にされた僕も、
こんなことには幼過ぎて、取り戻すことなどできない。……




