神犬クロエと神猿アダムは、いわゆる「犬猿の仲」
十二支会議中の官吏の仕事は膨大だ。
私は、夜遅く、何とか仕事に一区切りつけて自室に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
そのまま夢の中に引きずり込まれようとするとき…
コンコンッと軽快な音がする。
私はパッと目を開けて窓に飛んで行った。
ツムギ様とクロエ様が、微笑んで浮かんでいる。
「リヒトさん…ごめんなさい、寝るところだったのね!
また別の日にするわ。」
「そんな…嬉しいです。さあ、お入りください。」
私は、お二人を招き入れた。
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三人でゆったりとソファに落ち着くと、
「お互い忙しくて…ねえ?なかなか遊べないわね。」
クロエ様が、なぜか落ち着かない様子で言う。すると、
「今日は、どうしてもリヒトさんに聞いていただきたいの!」
とツムギ様が勢い込む。
「ねえ、リヒトさん。クロエとアダム様のこと、どう思う?」
「ツムギ様!や、やっぱり、やめま…」
私は、クロエ様を気にせず、率直に答えた。
「アダム様は34歳。クロエ様は17歳と聞いています。
年は離れていらっしゃいますが、アダム様は力強くて、包容力があって、
お気遣いも細やかで、ウィットに富んだ方。
私から見ても、大変魅力的な男性です。
クロエ様は、抱きしめたくなるほど可愛らしい方ですが、
そのクロエ様とご結婚される方として、アダム様ほどお似合いの方はいないと思います。」
「聞いた?クロエ!
これがエクウスの俊才、リヒト・ネコミヤよ!」
ツムギ様は、私をひしと抱き締めた。
俊才…関係あるのだろうか…
「ちょっとカールしたブラウンヘア、それにマッチした明るいブラウンアイ…
どんな悪い状況でも楽しむ勇気と洒落…若々しい笑い声…」
ツムギ様は目を閉じて、アダム様を思い起こすようにうっとり語ると、
パチリと目を開けて、クロエ様の肩に手を置いた。
「クロエ、好きになったことに罪はないわ。」
「ああ、もう!!!ツムギ様はからかって!!!」
そして二人で子猫のようにじゃれ合っている。
仲良しか…
「これまでも王同士の婚姻はあったはず。
クロエ様はアダム様がお好きなのですし…」
「そ、そこは確定なの?!」
クロエ様は上気した顔を覆う。
「お気持ちを伝えて、手続を踏めばよいと思います。
何も問題ないと思うのですが…?」
ふいに、ツムギ様は真面目な顔になり、私に言った。
「リヒトさん、ちょっと聞いてもらえるかしら?……」
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現スクリーチ州王アダム・サハシは、先々代の同州女王アンネの甥だった。
代々、犬族と猿族は仲が悪い。
神の山ゴテスベルク登頂レースの際に熾烈に争ったことが所以という、
いわゆる「犬猿の仲」である。
神猿スクリーチ州と神犬ペンブローク州の間に
神鶏コルリ州を挟むことで、
実際に血の気ある紛争までは起こらないが、
互いに敵視し、積極的な交流はない。
しかし、ほぼ同時期に王位に就いた先代の神猿のアンネ女王と
神犬のダイアナ女王の二人は、
幼いころからの親友だったのだ。
両州の王は、犬族と猿族の関係改善に努める。
その一環として、
アンネ女王の甥アダムとダイアナ女王の娘オフィーリアを婚約させたのだ。
当時、アダムは12歳、オフィーリアは14歳。
政略的な婚約ではあったが、幼い二人は恋に落ち、
4年後の結婚に向けて、順調に「愛を育んで」いた。
しかし、3年後、神猿のアンネ女王が急逝したとき、
その神通力と王位を継承したのは女王の伯父ギルバートだった。
既に齢50を超えていたギルバート王は、犬族との関係改善の強硬な反対派で、
先王アンネの行った関係改善施策を次々と覆していった。
これに犬族も反発。
女王ダイアナの苦労も虚しく、両州の関係は悪化の一途をたどった。
アンネの死の1年後、親友の後を追うように神犬ダイアナ女王が病死。
そして…
…神犬の神通力と王位を継承したのが、
ダイアナの娘であり、アダムの婚約者であるオフィーリアだった。
そのとき、アダムは16歳、オフィーリアは18歳。
ちょうど二人の結婚が予定されていた年齢だった。
しかし、ペンブローク王となった神犬オフィーリア女王が、
猿族のアダムと結婚することに対して、
両州で反対運動が起こり、武力を伴う衝突にまで発展した。
結局、神犬オフィーリア女王は、アダムとの婚約を破棄することを表明。
…すぐに鶏族の貴公子と結婚した。
翌年に生まれたのが、クロエである。
オフィーリアが婚約破棄を表明したとき、
アダムが単身ペンブローク州の王宮に馬で乗り込み、
オフィーリアに会おうと試みて叶わなかったこと…
招待されなかった結婚式に正装で現れ、オフィーリアの結婚を堂々と祝った話は有名で、
今では吟遊詩人の歌曲にもなっているほどだ。
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「クロエが神通力と王位を継承したのは、10年前。
お母様のオフィーリア女王が亡くなったとき。」
ツムギ様が、クロエ様のこめかみ付近の刻印「١١」を優しく撫でた。
「そのときには、もう神猿ギルバート様が亡くなって、
アダムが神通力と王位を継承していたのだけど…」
ツムギ様は私を向いていたずらっぽく笑う。
「初めて会ったアダム様の魅力に完敗したのよねぇ、小さなクロエは。」
「ツムギ様!!!」
「哀しさと色気を漂わせた、優しい、あの見た目の24歳よ?
そりゃ、7歳少女の初恋泥棒になるわよ。」
「アダム様は…クロエ様のお気持ちを知っているのですか…?」
「アダムは知っていると思うわ……でも、ずっと、子ども扱い。」
クロエ様はうつむいた。
「しかも…因縁の、元婚約者の娘よ?
本当は、相手にすらしたくないと思う…」
「そうかもしれません。でも!」
私はワインをグイグイと喉に流し込んだ。
「始めましょう、【お試し期間】を!」
「お試し…?」
お二人は呆気に取られている。
私は立ち上がった。
「アダム様にお気持ちを伝えて、【お試し期間】を提案するんです!
その間に、アダム様の好きな食べ物、好きな音楽、好きな本、好きな場所…」
私の目には、シリウスが浮かんでいた。
「嫌いな食べ物、嫌いな虫…なんでも吸収して、
アダム様にクロエ様を好きになってもらえるよう、頑張るんです。」
お二人は私を見つめて身動きをしない。
「『貴女と共に家に帰ることが嬉しい。』って言ってもらえるように…頑張る…と、
アダム様に…伝えるんです……」
私は、喉の辺りが震えるのを感じたが、何とか泣くのをこらえた。
「絶対に…絶対に…アダム様は、クロエ様を好きになってくださいます。」
ツムギ様は、苦しそうにご自分のあごの刻印に手をやった。
クロエ様は顔を覆ったが、すぐに、唇を噛みしめて顔をしっかり上げた。
「乗ったわ、その提案。」
クロエ様は、涙をゴシゴシこすりながら、晴れやかな笑みを浮かべる。
「この十二支会議の帰り道、途中までアダムとレンと一緒だから…
分かれ道のところで、私、告白する!!
【お試し期間】を言ってみるわ!」
「クロエ!!」「クロエ様!!」
思わずツムギ様と私は手を握り合わせる。
「もし、うまくいったら…
レンの神通力【伝令】で、すぐにお二人に伝えてもらうわね!
失敗したら…そうねぇ…」
クロエ様は茶目っ気たっぷりに、
「【伝令】が来なかったら、ねぇ…そこは、察して頂戴?」
ツムギ様と私は吹き出した。
「大丈夫よ、【伝令】が来なかったら、すぐに、激励の宴をセッティングするわ。
美味しいお酒を用意して…」
「万難を排して、私も駆けつけます。」
「失恋するのが決まってない??もう!!!」
三人で、もう一度乾杯して勝利を願う。
重大な秘密を共有した小さな宴は、この上なく楽しい。
しかし、私は、自分の「おみくじ」を、クロエ様に引かせているのではないか?
……心の奥に灰色の雲がよぎって、宴の上を去って行った。




