神牛ロベルト 夏の手紙
親愛なる野蛮なエーレントへ
夏の夜にて
以前、君に手紙を書いたのは、春の十二支会議が終わったときだったね。
今は、もう夏の終わり。
でも、風がなくて、夜なのに暑い。
さて、エーレント、近々、ゴテスベルクの猫の天神に行くよ。
もちろん…君に会いに。
復活祭を行うために、行くんだ。
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君への手紙を書いた後、
もちろん、シリウス様は気丈に振舞っておられたが、
シリウス様の苦悩を反映して、神通力の分量と操作力は不安定になってね。
運悪く、雨不足や大火事といったことが頻発したが、
シリウス様が神鼠としてこれらの災害を解決するには時間がかかった。
そうなると不思議なもので、
というより、当然の帰結かもしれないが、悪質な犯罪も横行する。
13歳のシリウス様は、
「僕の神通力が不安定だからだな。」
と静かに言いながら、休みもなく訓練を積み、
折れることなく、
様々な方策を探っておられた。
深夜、大神殿の祭壇の前で、
胸元から小さな黒い小箱を出して、そっと刻印につけて、
精神統一をしていることもたびたびあった。
その背中はあまりにも孤独で、
私も、ステファニーも、大王付きも、
言葉もなく打ちひしがれた。
その危うい状況を見透かしたかのように、
生ゴミ共の各州独立運動が、再発したんだよ。
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最初の場所は南端の神馬エクウス州。
その時は、物理的な運動が起こったわけではなく、内通があったんだ。
内乱を画策していた複数の者が捕らえられ、ディモイゼに送られてきた。
シリウス様の前にその者たちを連行したとき。
急に、シリウス様が硬直して、呼吸もおかしくなっている。
急いで支えると、
犯人たちの一人が薄気味悪くシリウス様を見ているのに気づいた。
「いやはや大王様…さらに美味しそうに成長したんだねぇ?」
瞬時に、我々は、この男が何を言っているか理解した。
「黙れ!!!」
ステファニーが絶叫して、首を締め上げる。
既に神通力を発動している。
「我々との…快楽…覚えてますか…?」
ステファニーが、そいつの顔をボコボコに殴り始めた。
シリウス様は「殺すな。調査がある…」とステファニーに小さく言った瞬間、
気を失ってしまった。
ステファニーが手を止めた瞬間、その男が何と言ったと思う?
「あのときも、よく失神してたねェ?」
もう、私は我慢ならなかった。
が・ま・ん・な・ら・な・い!!!!!!!!
私は、衛兵に錆びた剣を持って来させた。
「ステファニー、捕えたまま、目を開かせてください。」
ステファニーは言うとおりに神亥の神通力を発動する。
「貴女は目を閉じていなさい。」
私は、そいつの股間を、確実にそいつの視界に入るように吊り上げると、
錆びた剣で千切って、切り離した。
当然だろう?
*****
その後、シリウス様の様子を伺いに行くと、
鎮静剤で眠ったところだった。
美し過ぎる寝顔を見ると、胸が張り裂けて粉々になりそうだった。
美貌、大王位、神通力、能力、精神力、体力…
生まれながらに恵まれたものが、
全て、シリウス様を八つ裂きにしている。
さらに、リヒト嬢によって、折角取り戻された感情が、
別離と虐待の傷をえぐる。
シリウス様は、どんなに真摯に、懸命に生きても、
絶対に幸せになれない。
もがくほどに、地獄に落ちていく。
何をすれば、私が幼いころから大切に育てたこの方が幸せになるのか?
私が、幸せにしてやりたい。
何とかして、この方を!!!
私が頭を掻きむしっていたとき、
シリウス様が苦しそうに身動きして、
何かが胸元から落ちたんだ。
拾ってみると…例の黒い小箱だった。
私はどうも嫌な予感がした。
これを開けることは、自分の狂気の扉も開けてしまう気がしたんだよ。
…でも、私は開けた。
そこにあったのは…数本の黒い髪だった。
神鼠と一緒にいられない運命の、
神鼠が恋をした、賢く優しい、猫族の少女の残影だった。
もう私は、とんでもない感情の嵐に殴り倒されて、
シリウス様の寝台にしがみついて号泣した。
耐えられなかったんだ。
とても、耐えられなかった。
神が創った、このツヴェルフェトという国の仕組みが、耐えられなかった。
神鼠と猫族を一緒にいられないようにし、
そのくせ神鼠も十二支も捨て駒のように扱う国が…
言ってしまおう…神が許せなかった。
どうせそろそろ死にたかった命だ。
シリウス様にリヒト嬢を取り戻し、幸せにするために、
この命を…
そして、皆には悪いが、十二支の命を差し出そう。
そして、この国を神通力から開放する。
だから、今回こそ、君の復活祭を執り行うことを決めたよ。
***
そう、エーレント、
恥ずかしい話だが、200年も経って、ようやく、
君が、死ぬ前に、
「いつかアンタには、復活の儀を行うときが来る。」
と言っていた意味が分かったんだよ。
そして、このことを見越していた、
君の「力」と「苦悩」が分かった。
**********
君やテレシウスのことが、やけに思い出されるよ。
私は、猫族の王を継承した君に会ったとき、
威厳や威圧感などではなく、むしろ、
気さくでハンサムな青年といった親近感を感じていた。
ごく普通にいそうな、といったら怒るかな?
でも、テレシウスは違った。
君に会ったこともないうちから、
どこで知ったのか、君の力量を高く評価していた。
自分が親衛隊長として仕える神鼠に対してすら、鼻で笑っていた、あの男が。
君は知らないだろうが、
テレシウスと言う男は、誰ともつるまず、誰にも靡かない奴だった。
その男が、陰では、君を支えるため、君を助けるために、
自分の時間も労力もつぎ込んでいたよ。
君を少しでも悪く言う人間がいたら、容赦なかった。
テレシウスは国一番の剣士だったから、
目にも止まらない速さで剣を抜いて、
相手の睫毛だけ切ったり、
投げた剣で服を壁に縫い付けたりしていた。
でも、怒った風も見せずに、ニヤリと笑うんだ。
「ハッ!私の剣が失礼。」
ってね。
まあ、怖いこと。
それくらいテレシウスは、
君を尊重し、
大事にしていた。
***
私は若かったし、実際に君たちの生活も見ていなかったから、
仕事の一環として、君の所にいっただけのはずのテレシウスが、
猫に化かされたのかと思っていた。
でも、処刑前の君に会ったとき、実に単純な話だと分かった。
二人は、【無二の友】なんだとね。
しかし、結局、君たちすら、神鼠と猫族の――属性と立場の違いには抗えなかった。
その結果、大きな悲劇が起こってしまった。
見てくれ、エーレント……二百年のときを経て、
シリウス様とリヒト嬢に、君たちと同じ悲劇が起こっている。
エーレント、今こそ目覚め、共にこの狂った仕組みからこの国を開放しよう。
この狂った仕組みから…
――――「狂った」?
考えてみれば、復活祭の後の怨霊祭で、
仲の良い、気のいい、立派な十二支が何人も死ぬのに、
それを当然だと思っている私は、今、「狂って」いないのか?
いや、私は、私だけは「狂って」いない。
狂っているのは、神だ。
シリウス様が幸せになれない、この国の方だ。
そうだろう?エーレント……
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君が、死の復活祭のときに言った、
「復活祭の儀の初め
拠り所となりし復活の柱来たる
その魂を贄とし
身体をば棲み処とすれば
猫族の王 復活せり」
…誰が来るのだろうか?
予測がつかないね。
誰であっても、シリウス様の幸せのために、魂を抜かれて昇天するのだから、
喜ぶべき最初の犠牲者だ。
その魂を祝ってやろう。
…さあ、そろそろ、君に会いに行こう。
猫の天神へ。
君に会えるのが楽しみだ
おそらくは君の友 ロベルト




