婚約者の側近
幾つものシャンデリアが眩い光を放つ、大広間。
仕立ての良いスーツを纏った男子生徒たちと、色とりどりのドレスに身を包んだ女子生徒たちが集い、中央のダンスホールでは華やかな音楽に合わせて優雅に舞っていた。
周囲では、会話や立食を楽しむ生徒たちの笑い声が、柔らかくこだましている。
「……流石はジャルダンでも指折りの名門校。
見事なものね」
その光景を見渡し、ジャミーラは思わず感嘆の息を漏らした。
漆黒の艶やかな髪に、濃緑色を基調としたロングドレスが揺れる。
「ご覧になって。あれがジャミーラ・シャマル様ですわよ」
「悪魔の民族とはいえ、お美しい方ね……」
近くを通りかかった上級生たちのひそひそ話が耳に入り、ジャミーラは思わず足を止めた。
「本校にご入学されたという噂は、本当だったのね」
「ということは……あの噂も、ですわね」
「あの噂?」
「ほら、ご婚約者のあとを追って、ご入学なさったという話よ」
またその話か、とジャミーラは内心で溜息をつく。
ランデュート王国侯爵令嬢であり、第二王子の婚約者——ジャミーラ・シャマル。
彼女は、婚約者がルシファニア王国の聖エリュシア学園に留学すると聞き、国境を越えて同じ学園に入学した——
と、社交界ではまことしやかに囁かれている。
確かに、
“婚約者が留学したから、自分も学園へ行く決意をした”
という表向きの動機は正しい。
だが。
「なんでも、殿下を愛するがあまり、本国に置き去りにされるのが寂しくて後を追ったのだとか。健気ですこと」
上級生の嘲るような声に、ジャミーラは喉元まで否定の言葉がこみ上げた。
──そもそも婚約者を愛してなどいない。
それどころか、会ったことすらない。
聖エリュシア学園は、昔からの憧れの場所だった。
しかし“婚約者として花嫁修業に専念すべきだ”という侯爵の反対で、一度は夢を諦めかけた。
そこへ突然舞い込んだ婚約者の留学話。
──これは好機だ、と利用させてもらったにすぎない。
その結果が、この“恋に盲目な追っかけ令嬢”という噂だ。
(……勝手に噂をしていればいいわ)
悪魔の民族と蔑まれる自分にとっては、噂のひとつやふたつ増えたところで何も変わらない。
今さら全てを否定して回るほど、気力も興味もなかった。
「……あの子は、いないのかしら」
会場を見渡すが、探す顔は見当たらない。
ただでさえ気乗りのしない歓迎会。
友もなく、敵地に独り放り出されたような心細さが、胸にじわりと広がる。
そのとき、会場が一気にざわついた。
「ご覧になって。……ムスタファ殿下よ」
その名に、ジャミーラも振り返る。
絵姿でしか見たことのない婚約者が、ついに現れた。
ランデュート王国第二王子
ムスタファ・ランデュエル。
漆黒の髪、血のように赤い瞳。
黒の外套に身を包んだ美丈夫が、人々の視線を一身に集め、静かな威圧感を伴って歩んでくる。
悪魔の民族でありながら多くの者を魅了する姿は——
まさしく“魅惑の悪魔”の異名にふさわしかった。
ふと、視線が合った。
次の瞬間、ムスタファは迷いなくこちらに歩み寄ってくる。
「ジャミーラ・シャマル様ですね」
低く、よく通る声だった。
「お初にお目にかかります。
ランデュート王国第二王子ムスタファ・ランデュエルです。
このような場で、貴女とお会いできることを光栄に思います。
美しき婚約者に、ご挨拶を」
深々と腰を折るその所作に、ジャミーラは一瞬息を呑んだ。
──だがそれ以上に。
視線が、ムスタファの背後へと吸い寄せられる。
黄金色の髪。
琥珀色の瞳。
凛とした気配を纏う、美しい少年。
「こちらの者が、気になりますか」
ムスタファはジャミーラの視線の先に気づいたらしく、横に控える従者のひとりを示す。
「この者は私の側近、アルテリスと申します」
紹介を受け、少年が静かに会釈した。
金糸の髪がふわりと揺れる。
ジャミーラは目を見開いた。
「……殿下の、側近……?」
アルテリス。
──図書館で共に勉強した、あの少年。
頭が真っ白になり、言葉が続かない。
見かねたように、アルテリスがムスタファへ小声で何か囁く。
ムスタファは軽く頷き、ジャミーラの前で優雅に片膝をついた。
「シャマル様、私と踊っていただけますか」
現実に引き戻され、ジャミーラは慌てて呼吸を整える。
大勢の前で取り乱すわけにはいかない。
「……ええ、喜んで」
ムスタファが手を差し伸べる。
その光景は、まるで御伽噺の一幕のように絵画的で、周囲の令息令嬢たちが息を呑む気配が、はっきりと伝わってきた。




