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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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不穏な予感

聖騎士団支部は、いつもと変わらぬ朝を迎えていた。


廊下を忙しなく行き交う足音。

訓練場から微かに響く、乾いた木剣の打突音。

出勤してきた団員たちが交わす、どこか気の抜けた雑談。


アルテリスは壁際に立ち、無機質な報告書の束を丁寧な手つきで整えていた。


その耳に、日常の雑踏に紛れて、ある会話が飛び込んでくる。


「——ガルシア、随分と荒れているらしいな」


何気ない、世間話の声音。

だが——続く言葉にアルテリスの指がわずかに止まる。


「ああ。また生徒が行方不明だとよ」


(……行方不明?)


アルテリスは視線を落としたまま、意識だけを会話へ向ける。


「今年に入って、何人目だ?」


「さあな。詳しくは知らんが、例年にない数だって話だ」


どこまでも他人事の調子。


だが、次に放たれた一言が、アルテリスの意識をさらに鋭く研ぎ澄ませた。


「それにしても——」


別の団員が、軽く息を吐く。


「結界石の破壊に続いて、今度は行方不明か。

ガルシアも災難だな、物騒な話が続いてやがる」


(結界石の破壊……それに——続いて?)


団員たちは他の同僚に呼び止められ、会話はそこで途切れた。


アルテリスもまた、何事もなかったかのように書類へ視線を戻す。


だが、その思考はすでに別の場所へと移っていた。


“行方不明”——そして“結界石の破壊”。


脳裏をよぎるのは、ランデュートからの帰路、ライルが口にしていた話。

ダウサリーで、最近行方不明者が増えているという件だ。


ダウサリーとガルシア。

国も、環境も、事情も異なる二つの場所。


さらに言えば、ダウサリーで結界石破壊があったという話はでていない。


だが——


各地で結界石の異常が報告されているという通達は、すでに回っている。

数か月前、エリュシアでも同様の事例があったばかりだ。


ダウサリーでも、破壊とまでいかずとも、何らかの異常が発生した可能性はある。


(考えすぎ……でしょうか)


だが、偶然と片付けるには、どこか収まりが悪い。


アルテリスは、静かに呼気を整えた。


聖騎士団の記録を辿れば、進展があるはずだ。

だが——


ダウサリーは他国の学園。

保管記録を閲覧する権限は、自分にはない。


(殿下であれば……)


浮かびかけた思考を、すぐに押し留める。


ダウサリーはランデュートの枢。

軽々しく探りを入れれば、ムスタファが謀反を企てていると疑われかねない。


それに——


確証はない。

断片的な情報を繋ぎ合わせただけの、あまりに脆い推測。


(……この程度で、殿下のお手を煩わせるわけには)


そこまで考えて。


(……結局私は、また人任せ、なのですね)


薄く浮かんだ考えに、思わず自嘲する。


それでも——


見て見ぬふりは、できなかった。


せめて、共有だけは。


そうしてアルテリスは、静かに思考を切り替えた。


⚜️⚜️⚜️


生徒会室。


ムスタファは重厚な机に向かい、山積みの書類を淡々と捌いている。


その傍らでは、ライルが別の書類に目を落とし、必要なものを選り分けていた。

時折、無言のまま書類を差し出し、ムスタファがそれを受け取る——そんな静かな連携が続いている。


扉を叩く音。


「入れ」


短い応答の後、アルテリスが音もなく入室し、一礼する。


「殿下。少し、お時間をよろしいでしょうか」


「どうした」


ムスタファが顔を上げる。

ライルも手を止め、わずかに視線を向けた。


アルテリスは一歩歩み寄り、声を潜める。


「先程、聖騎士団で気になる話を耳にいたしました。

——ガルシア学園で、生徒が数名、行方不明になっているそうです」


ムスタファの手が止まる。


「……行方不明?」


低く落ちる声。

ライルの指先もわずかに止まり、書類の端を軽く叩いた。


その単語は、つい最近、別の地名と共に聞いたものと同じだった。


「はい。

——それと、もう一点」


アルテリスは一瞬だけ言葉を選び、続ける。


「ガルシアでは、その少し前に、結界石が破壊されていたようです」


室内の空気が、わずかに張り詰める。


ライルが視線を落とし、思案するように書類を指でなぞった。

ムスタファは組んだ指の上に顎を乗せる。


「ダウサリーで結界石破壊の報告はありません。

ですが近頃、各地で結界石の異常が相次いでおります。

私の考え過ぎかもしれませんが……少し気になりまして」


アルテリスにしては珍しく、確信を避けた曖昧な言い回し。

それが、違和感の輪郭の掴めなさを物語っていた。


沈黙が落ちる。


ムスタファは、ゆっくりと背もたれに体を預けた。


「確かに、破壊の報告がないからといって、異常の可能性までは否定できない」


先に口を開いたのはライルだった。


「ダウサリーでも、行方不明の前に結界石に異常があったのなら——」


ライルは言いながら、ムスタファを見る。


「調べる価値はあるな」


ムスタファが静かに続ける。


「問題はどうやって調べるか、だ」


その視線が、わずかに落ちる。


つい先日、国王から直々に釘を刺されたばかりだ。

——今、ランデュートに関わることを探っていると知られれば、疑いどころでは済まない。


「俺でよければ、調べましょうか」


「当てでもあるのか?」


「ランデュートの聖騎士団支部に、知り合いがいます」


静かな驚きが走る。


ムスタファが、ゆっくりと視線を向けた。


「いつの間に、そんな繋がりを?」


「家の伝手で」


ライルは、曖昧に笑う。


「向こうでは、かなりの立場にいる人です。

表に出ない案件にも、目を通せるかと」


ムスタファはわずかに思案し——やがて言った。


「……非公式で、可能か」


「ええ」


ライルは即座に頷く。


「殿下の名前は出しません。

個人的な興味という形で、話を通してみます」


短い沈黙。


そして——


「頼む」


ムスタファの低い声が、室内に落ちた。


この違和感が、やがて一つの“線”として繋がるのか。

あるいは、杞憂として霧散するのか——


それを確かめるべく、彼らは静かに動き始める。


まだ名もない、不穏の予兆が漂う方角へ。

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