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Jardin miniature いきものは独りでなんか生きていられない  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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対魔学

新学期、最初の授業。


教室には、まだ沈みきらない浮足立った空気が漂っていた。

久しぶりに顔を合わせた生徒たちは、ささやき合いながら、好奇と不安の混じった視線を教壇へと向けている。


黒板には、迷いのない筆致で三文字が記されていた。


『対魔学』


「……対魔学って、少し怖い響きよね」


「どのような先生がいらっしゃるのかしら」


そんな囁きを切り裂くように、扉が静かに開いた。


入ってきたのは、背の高い壮年の男性だった。

整えられた身なり、穏やかな所作。

表情は柔らかく親しみやすいが——その視線の奥には、底の知れない静けさが潜んでいる。


「着席してください」


声は低すぎず、高すぎず。

だが、不思議なほどによく通った。

それだけで、教室のざわめきは潮が引くように消え去った。


「初めまして。

私は、ディーター・ボニファーツ」


教壇に立ち、彼は穏やかに微笑む。


「本日から、皆さんに対魔学を教えます」


黒板に向き直り、筆を手に取った。


「まずは、確認しておきましょう」


一拍。


「皆さんは、対魔学を学ぶ意義は何だと思いますか?」


突然の問いに、生徒たちが顔を見合わせる。


「……魔族と戦い、倒すためでしょうか」


おずおずと上がった声に、ディーターは小さく頷いた。


「ええ。間違いではありません。ですが——」


黒板に、新たな言葉が刻まれる。


『闇に飲まれないために、闇を知る』


「対魔学とは、闇を排するための学問ではありません。闇を“理解する”ための学問です」


生徒たちが息を呑む。


「では、次の質問です。

皆さんは——“魔族”について、どこまで知っていますか?」


沈黙。

やがて、一人の生徒が答えた。


「魔神と悪魔……

それから、悪魔と契約した人間……でしょうか」


「その通りです」


黒板に、新たな文字が浮かび上がる。


『魔神』


「遥か昔、この世界にひとりの存在が現れました。

彼は、自らを“魔神”と名乗りました」


教室の空気が、急速に冷えていく。


「魔神は自由と選択を語り、

天使たちに問いを投げかけました」


『悪魔』


「その問いに応え、天を背いた天使たちは——

“悪魔”となったのです」


さらに、筆が進む。


『堕人』


「悪魔は、次に人へと語りかけました。

力を与える。願いを叶える。

代わりに、代償を寄越せと」


声は、どこまでも穏やかだ。


「人は、それを“契約”と呼び、結んだ者は——

“堕人”となりました」


黒板に並ぶ三つの言葉。


『魔神』

『悪魔』

『堕人』


「これらを総称して、“魔族”と呼びます」


ディーターは、淡々と続けた。


「魔族は世界を侵食しました。

人族だけでなく、精霊、獣、竜……あらゆる存在がその影に触れた」


視線が、静かに生徒たちをなぞる。


「それに抗うために組織されたのが、聖騎士団です。

神の力と人の意志を束ね、闇に立ち向かうための盾」


そこで、彼は言葉を切った。


「——ここまでは、単なる歴史です」


そして、少しだけ声の調子を変えた。


「重要なのは、その“先”にある現実です」


教室の温度が、さらに一段下がったような気がした。


「魔神は消え去っていません。悪魔も、魔者も、今この瞬間も存在している。そして何より——」


ディーターの視線が、慈しむような、あるいは憐れむような色を帯びる。


「闇は、常に皆さんの心の隣にあります。

怒り、恐怖、切なる願い、あるいは喪失感。

それらはすべて、闇へと繋がる“入り口”になり得るものです」


責める口調ではない。ただ、逃れようのない事実を提示する声。


「だからこそ、対魔学は自分自身を守るための学問なのです。

闇を知らぬ者ほど、容易く闇に飲まれる。

ですが——知っていれば、土際で抗うことができる」


彼は再び、柔らかな微笑を浮かべた。


「少なくとも、“選ぶ”ことはできるはずです」


筆を置き、ディーターは授業を締めくくった。


「次回からは、魔族の分類、契約の力学、そして“悪魔化”の過程について詳しく学びます。本日は、ここまでです」


終業の鐘が鳴る。

だが、席を立つ者は一人もいなかった。


これは、どこか遠くの物語ではない。

いつか自分が、“選択”を迫られるかもしれない残酷な現実なのだと。

生徒たちの沈黙が、それを物語っていた。

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