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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第3章 厭う地で志を繋ぐ
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秘密を抱いたまま

夜の名残が、廊下に沈んでいる。

窓の外は淡く白み始めているのに、空気は重く、静かで——

まるで夜が、終わることを拒んでいるかのようだった。


アルテリスは、ひとりで歩いていた。


眠れなかったわけではない。


——眠ることを、自分に許せなかった。


瞳を閉じれば、思い出してしまう。


肩に預けられた重み。

耳元に落ちた、低い声。

衣を掴まれた、指先の熱。


そして——あの歌。


誰のためでもないはずの旋律を、

ただ一人のために選んだ。


祈りであるはずの歌を、

あの人の胸にだけ、落とした。


——選んだのだ。

自分の意志で。


あの人が、少しだけでも楽になるのならと。

そう思ってしまった。


そう思えてしまったことが——


いちばん、いけなかった。


王子と従者。

主と臣。


決して崩してはならない均衡を、

自分は越えた。


越えてはいけないと、知りながら。


このことは、誰にも話してはならない。


沈黙こそが、正しい。


そう言い聞かせても、胸の奥に残るのは——

温もりと、拭えない罪悪感。


(……また、秘密を増やしてしまった)


小さく息を吐き、庭へ続く回廊へ足を向けた、その時。


「……アルテリスさん?」


背後からの声に、心臓が跳ねる。


今、この瞬間だけは——

会いたくなかった相手。


振り返ると、そこに立っていたのはジャミーラだった。


夜着の上に羽織を重ね、

まだ眠たげな瞳でこちらを見ている。


何も知らない、穏やかな表情。


——その無垢さが、痛い。


「眠れなかったの?」


柔らかな問い。


「……少し」


喉が乾く。

自分の声が、どこか遠い。


「わたくしもよ」


ジャミーラは微笑む。


「夜になると、いろいろ考えてしまって」


並んで歩き出す。


足音が、やけに大きく響く。


昨夜、ムスタファが預けた重みが、

まだ肩に残っている気がした。


(シャマル様は、何もご存知ない)


知らないまま、

こうして隣に立っている。


「……アルテリスさん」


ジャミーラが、ふと足を止める。


朝焼け前の淡い光の中で、

その横顔はどこか儚い。


「来てくれて、ありがとう」


胸が、強く軋む。


「まだ、きちんとお礼を言えていなかったわ」


まっすぐな声だった。

疑いも、探りもない。


「学園から、こんなに遠くまで。

殿下とイルハン様と一緒に来てくれて——

本当に嬉しかった」


(殿下と)


その呼び方に、呼吸がわずかに乱れる。


昨夜、あの人は王子ではなかった。


ただの、傷を抱えた男だった。


——その姿を知っているのは、自分だけ。


そして。


その弱さを、受け止めたのも。


「ひとりだったら、きっと諦めていたわ」


微笑むジャミーラ。

信じ切った瞳。


アルテリスは、目を伏せた。


(私は……)


あなたの知らないところで。


駄目だと分かっていながら。


あの人の弱さに触れて、

それを拒まなかった。


むしろ——


自分の存在があの人の支えになるならと——

そう思ってしまった。


それは——裏切りではないのか。


「アルテリスさん?」


覗き込む視線に、逃げ場はない。


「どうかしたの?」


「……いえ」


一拍、言葉を探す。


「……私は」


声が、わずかに掠れる。


「お役に立てているでしょうか」


問いというより、懺悔に近かった。


ジャミーラは一瞬驚き、

それから、はっきりと頷く。


「もちろんよ」


即答だった。


「あなたがいてくれるだけで、

殿下も、イルハン様も、きっと安心されているわ」


胸に、鈍い痛みが走る。


昨夜、あの人は——確かに、安心していた。


あの歌に包まれて、

肩から力を抜いていた。


その安堵を、

自分は受け止めてしまった。


拒まなかった。

——拒めなかった。


「それに」


ジャミーラは、少しだけ照れたように微笑む。


「わたくしも、よ」


その優しさが、刃のように胸をかすめる。


何も知らない。

知らないからこそ、信じている。


(……だからこそ)


余計に、胸が締めつけられる。


「……ありがとうございます」


それだけを、どうにか絞り出す。


庭へ出ると、空はゆっくりと朝の色に染まり始めていた。


夜と朝の境目。

どちらにも属さない、曖昧な時間。


——まるで、自分の立ち位置のようだ。


(秘密を抱いたままでも)


ここに立っていていいのだろうか。


答えは出ない。


胸に残るのは——


まだ喉の奥に震えている旋律。

掴まれたままのような、指先の熱。

そして。


手放さなかったという事実。


朝は、容赦なく訪れる。


何事もなかったかのように。


秘密を抱いたまま——

日常は、静かに続いていく。

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