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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第3章 厭う地で志を繋ぐ
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異国の王妃

その日、姫は泣かなかった。


輿入れの列が王都へ入る時も、

王宮の門をくぐる時も、

ただ唇を固く結び、前だけを見ていた。


道の両脇に並ぶ人々。

揃いも揃って、漆黒の髪。

血のような、赤い瞳。


——悪魔の民。


故国では、そう呼ばれていた。


向けられる視線は鋭い。

好奇と警戒、そして隠そうともしない拒絶。


言葉も、作法も、祈る神も違う。

金の髪に青い瞳の異邦の王女は、

この国において異質そのものだった。


王の花嫁。


それは祝福ではなく、同盟の証。

拒否など許されぬ、国家の決定。


ここに、彼女の居場所はない。


ただ“王妃”という肩書きだけが、

彼女をそこに立たせていた。


⚜️⚜️⚜️


やがて王妃は、子を身籠る。


血が混ざれば、溝は埋まる——

王宮はそう期待した。


だが、王妃の胸は最後まで温まらなかった。


産声が、静寂を裂く。


生まれた子は、漆黒の髪。

そして——赤い瞳。


王と同じ色。


その瞬間、王妃の指先から力が抜けた。


自分の色は、どこにもない。


差し出された赤子は泣いている。

小さな手が、宙を掴む。


だが王妃は、手を伸ばさなかった。


——悪魔の血。


故国で忌み嫌われ、

恐怖の象徴として語られてきた色。


その瞳が、自分を見上げている。


愛おしいと感じるより先に、

本能に近い拒絶が胸を締めつけた。


この子は、この国の子だ。


自分の子ではない。


そう、思ってしまった。


王妃は最後まで、その子を抱こうとはしなかった。


愛せなかったのではない。

愛さなかった。


その違いを、自分で選んでしまった。


⚜️⚜️⚜️


王子は、よく学ぶ子だった。


言葉を覚えるのも早く、

剣を握れば迷いなく振るい、

術を扱えば大人たちを驚かせた。


黒髪に、赤い瞳。

誰が見ても、この国の血を引く子。


——だからこそ。


王妃は、微笑まなかった。


「それで当然です」


「次は、もっと上を目指しなさい」


向ける言葉に、温度はない。


王妃は理解していた。

王子が、優れていなければならないことを。


劣れば——

“異国の血が混ざったせいだ”と囁かれる。


その矛先は、母である自分へも向けられる。


だから、許さなかった。

劣ることだけは。


⚜️⚜️⚜️


王妃は、故国への帰還を望み続けていた。


幾度も王に願い出たが、

返る答えは変わらない。


「許可はできない」


花嫁は同盟の証。

証は、元に戻せない。


——そして。


王宮に、新たな妃と王子が迎え入れられる。


同じ漆黒の髪、同じ赤い瞳。

“純粋な”この国の血。


その子は第一王子となり、

母は正統な妃として遇された。


王に愛され、

当然のように抱き上げられ、

当然のように微笑みを向けられる存在。


王妃は、何も言わなかった。


ただ、目に見えて言葉を失っていった。


夜半。

故国の言葉で誰かの名を呼び、

赤い瞳に怯えたまま窓辺に立つ。


壊れていくのは、静かだった。


⚜️⚜️⚜️


事件は、ある夜に起きた。


第一王子が、毒を盛られる。


命に別状はなかった。

だが王宮は騒然となる。


疑いは、迷いなく——

異国の王妃へ向けられた。


理由は、十分すぎるほど揃っていた。


異国の血。

不安定な精神。

支持者のいない立場。


証拠は曖昧だった。


——だが、それで足りた。


王妃は捕らえられ、

短い審問の末、処刑された。


⚜️⚜️⚜️


王子は、幼い頃から知っていた。


母は、自分を愛してはくれない。


それどころか——

その瞳を、まともに見ようともしない。


視線が合いかけた、その一瞬。

必ず、翳りが落ちる。


それが何なのか、彼は知らない。


ただ、理解していた。


——母は、この国を憎んでいる。


そして。


その象徴である自分も。


母の最期は、告げられなかった。


けれど——

不思議と、何も感じなかった。


最初から、持っていなかったものを

失っただけだと、そう思った。


王妃が処刑されてから、数日後。


王子は、王宮を離れるよう命じられた。


罪は問われない。

だが、居場所も与えられなかった。


「息を潜めて生きよ」


それが、王の言葉だった。


優しさでも、愛でもない。

ただ、厄介事を遠ざけるための処置。


王子は理解していた。


——守られたのではない。

——切り捨てられたのだ。


⚜️⚜️⚜️


愛。


与えられなかったもの。

求めることすら、許されなかったもの。


強くなければならない。

価値を示し続けなければ、存在する意味さえ揺らぐ。


そんな世界で——

ムスタファは生きてきた。


甘えることも、縋ることも知らないまま。


——アルテリスと出会うまでは。


この夜、彼は王子であることをやめた。


強さも、誇りも、

守るべき矜持さえも、ひととき脇へ置く。


ただ、縋った。


腕をほどけば、また独りに戻ると知りながら。

夜が明ければ、再び王子の顔を被らねばならぬと分かっていながら。


越えてはならぬ線だと、

誰よりも分かっていながら。


それでも、手放せなかった。


それが救いかどうかは分からない。

ただ、傷を抱えた者同士が、

互いの痛みに触れているだけかもしれない。


それでもいいと、思ってしまった。


胸元に触れる体温。

耳元に流れる、祈りにも似た旋律。


遠い記憶のどこにもなかったものが、

今は、すぐそばにある。


母の腕も、子守歌も、彼は知らない。


だからこそ——

この声を失うことが、何よりも怖かった。


夜は深い。


その闇の中でだけ、彼は初めて、


価値を示し続ける王子でもなく、

切り捨てられることに怯える子でもなく、


ただ、誰かの腕の中にいることを許された。


——許されぬはずの、夜の中で。


そのぬくもりを、

手放せなくなってしまうほどに。

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