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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第3章 厭う地で志を繋ぐ
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静穏の庭、迫る影

昼下がりのシャマル邸は、ひどく穏やかだった。


生誕祭を翌日に控えているとは思えないほど、

邸内は静まり返っている。


庭園には柔らかな陽光が満ち、

噴水の水音が規則正しく耳に届く。


ベンチに並んで腰掛けながら、

ファリスは横目でジャミーラの顔を盗み見た。


「学園はどうだ」


何気ない問いかけ。

だが、その声音には、確かな気遣いが滲んでいる。


「楽しい、か?」


ジャミーラは一瞬だけ目を瞬かせ、やがて微笑んだ。


「ええ。とても楽しいですわ。

勉学に訓練に任務と、毎日慌ただしくはございますが——

皆様のお陰で、充実しております」


「そうか。それは何よりだ」


ファリスはふっと息を吐いた。


「エリュシアでは……その、

ランデュートの民だからと、偏見の目で見られたりはしていないか。

正直、それが一番気がかりだった」


ジャミーラは、わずかに肩をすくめた。


「確かに、そのような方もいらっしゃいますわね」


ファリスが身を乗り出しかける。


「ですが」


それを、ジャミーラの言葉が静かに制した。


「そうではない方も、多くいらっしゃいます。

考え方は人それぞれなのだと——

皮肉ではございますが、よい学びとなっておりますわ」


「……そうか」


短い言葉。

けれど、その肩から、わずかに力が抜けたのが分かった。


「兄様は、心配性ですわね」


からかうように言うと、ファリスは苦笑する。


「悪いか」


「いいえ」


ジャミーラはくすりと笑った。


「……嬉しいです」


一瞬、風が吹き抜ける。

ファリスは、空を見上げた。


「……ファリス兄様」


「ん?」


「こうしてお話しするのは、久しぶりですわね」


「ああ」


「昔に戻れたようで、少し懐かしいですわ」


ファリスは、ジャミーラの頭に軽く手を置いた。


「変わるわけないだろ」


低く、穏やかな声。


「お前は、従兄妹であり、親友の妹でもあった頃から、

俺にとっても大事な存在だ。

それに——」


ファリスは、照れたように視線を逸らす。


「今は、大事な……俺の妹だ」


ジャミーラは目を細め、静かに笑った。


——その時。


「ずいぶん和やかだな」


背後から、穏やかな声。


振り返ると、

庭の小径をこちらへ向かってくる三人の姿があった。


ムスタファを先頭に、

その少し後ろをアルテリスとライルが並んで歩いている。


「「殿下」」


二人はすっと立ち上がり、一礼する。


「学園の話をしていたところです」


「そうか」


ムスタファはベンチと噴水を一瞥し、柔らかく微笑んだ。


「随分、落ち着いた表情をしているな」


「ええ。

久しぶりに、家族とゆっくり話すことができましたので」


わずかに弾む声。


「殿下。

改めまして、ファリス・シャマルと申します。

妹が、大変お世話になっております」


一呼吸。


「そして——この度は妹のためにお越しくださり、誠にありがとうございました」


ムスタファは一瞬だけ視線を和らげる。

——侯爵家の一員としてではなく、ただ妹を想う“兄としての彼”へと言葉を向けるように。


「ああ。だが、俺は何もしていない。

今回の功労者はライルだ。——礼なら、彼に」


ファリスは目を見開き、ゆっくりと頷いた。


「もちろんでございます」


その視線がライルへ向けられる。


「ライル・イルハン様。

この度は、妹にご助力くださり、

誠にありがとうございました」


「いえ。礼には及びません」


ライルは穏やかに微笑む。


「ご両親はご理解のある、とても立派な方々です。

そして、ファリス様も——シャマル様を深く想っておられる」


一拍。


「シャマル様が、少し羨ましく思えます」


風が庭を渡り、

木々の葉が静かに擦れ合う。


この穏やかな時間が、

いつまでも続くかのような——錯覚。


「ムスタファ殿下」


ファリスが一歩前に出る。


「もし差し支えなければ、長期休暇が終わるまでの間、

どうぞこのままごゆっくりお過ごしください。

屋敷も広く、客間も十分にございます」


ジャミーラが嬉しそうに頷く。


ムスタファは、穏やかに微笑み——

ゆっくりと首を横に振った。


「気遣いはありがたい」


声はあくまで柔らかい。


「だが——長くは滞在できない。

明朝には発つつもりだ」


ファリスの眉がわずかに寄る。


「……生誕祭、ですか」


その一言で、空気がわずかに変わった。


誰もが知っている。

第一王子の生誕祭に、第二王子が招かれていないことを。


それが当然として扱われていることこそが、

この国の歪みだった。


ライルの指先が、わずかに強く握られる。

アルテリスは何も言わず、主の横顔を見つめていた。


「ああ」


どこか達観した響き。


ファリスは言葉を失い、やがて静かに頷いた。


「……そう、ですか。

では、お帰りになるまで、

精一杯おもてなしさせていただきます」


その声音に、作り物めいた遠慮はなく、

ただ誠意だけが滲んでいた。


ムスタファは小さく頷いた。


「心遣い、痛み入る」


張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


ほんのひととき——

庭は再び静穏を取り戻した、かに思えた。


使用人が静かに歩み寄る。


「失礼いたします。

ムスタファ第二王子殿下へ、書状が届いております」


差し出された一通の手紙。


封蝋を見た、その瞬間——

ムスタファの表情がわずかに引き締まる。


王宮の紋章。


封を切り、目を通す。


「……国王からだ」


低い声。


「明日、王宮へ来いとのことだ」


ファリスが息を呑む。


「生誕祭の、当日に……?」


ムスタファは手紙を畳んだ。


「始まる前には戻るつもりだったが」


ほんの わずかに口元が歪む。


「——そうもいかないらしい」


庭園の空気が、一瞬で張り詰めた。


さきほどまでの穏やかさは、

まるで幻だったかのように。


風が止む。


——嵐は、もうすぐそこまで迫っていた。

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