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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第3章 厭う地で志を繋ぐ
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家族のカタチ

屋敷の大半は眠りに包まれ、階を隔てた部屋からかすかな寝息が漏れるだけだった。

廊下も広間も静まり返り、灯りの残り火が夜の静謐を淡く照らす。


客室の一室では、燈火のひとつだけがかすかに揺れていた。柔らかな光が壁や家具の影を長く伸ばし、室内を静かで沈んだ空気に包む。


ムスタファは、寝着の上着を羽織りながらソファに腰を下ろす。長い一日の疲れが、その姿勢からにじみ出ていた。


その脇に立つアルテリスは、慎重にそっと衣の端を整えつつ、主のわずかな表情の変化を見逃さぬよう見つめる。


声を発する必要はない。室内の静けさが、言葉以上のものを語っていた。緊張ではなく、互いに言葉を必要としない信頼が、静かに息づいている。


時折、燈火の揺らぎに照らされて、ムスタファの瞳の奥に、疲労や思索の影がちらりと覗く。


やがて、低く、落ち着いた声が夜の静寂を切り裂くように響いた。


「……すまなかったな」


アルテリスが、ゆっくりと顔を上げる。


「お前に何の相談もなく、ライルに任せると決めた」


アルテリスは一瞬きょとんとしたあと、小さく首を振った。


「殿下のご判断は、妥当でございます」


即答だった。


「ご両親の行動が“愛故”であるならば、

そのお気持ちを最も理解できるのは、似た境遇をお持ちのライル様でしょう」


ムスタファは、わずかに目を細める。


「……そう言い切れるか」


「はい」


迷いはない。


ムスタファは、ふっと苦い笑みを浮かべた。


「すまない。

学園を離れて、ここまで来たというのに

どうやら、俺は何の役にも立たないらしい」


自嘲めいた声音。


アルテリスは、すぐには返さなかった。

わずかに思案し、静かに口を開く。


「……でしたら」


一度、息を吸う。


「私は、殿下以上に何も出来ておりません」


困ったように、ほんのわずかに笑う。


「殿下には、地位がございます。

ムスタファ様が王子であり、シャマル様のご婚約者であられたからこそ、

侯爵ご夫妻にお目通りが叶い、シャマル様にお会いすることができました」


アルテリスは、視線を落としたまま続けた。


「ですが私は、ただの孤児です。

地位も肩書きも、何も持っておりません」


一拍置く。


「今回の件も、皆様のお力に頼るばかりで——

何一つ、成せてはおりません」


声は平静だが、その奥に沈む感情は隠せない。


「ですから……ここにいる意味を問われるのであれば、

私の方こそ、無いに等しいのです」


ムスタファは、しばらく黙っていた。


やがて、低く問いかける。


「……なあ、アルテリス」


アルテリスが顔を上げる。


「お前は、本当に“何も持っていない”と思っているのか」


その言葉に、指先が僅かに揺れた。


「私は……」


言葉を探し、視線を落とす。


その沈黙を断ち切るように、ムスタファは言った。


「肩書きならある」


きっぱりと。


「お前は、俺の側近だ」


「そのような話では……」


「それだけじゃない」


ムスタファは、はっきりと続ける。


「お前は一人ではない」


強い声だった。


「俺がいる」


アルテリスの目が、わずかに見開かれる。


「お前が常に俺に気を配っているように——

俺も、お前の身を案じている。


血の繋がりはない。

だが——俺は、お前を家族だと思っている」


「家族……」


アルテリスが、その言葉を確かめるように繰り返す。


「ああ」


短く、だが迷いのない返答。


アルテリスは少し考え込み、やがて静かに言った。


「……侯爵ご夫妻も

ジャミーラ様のことを、そのように感じておられるのでしょうか」


その問いに、ムスタファはすぐに答えなかった。


視線を遠くに向ける。


「俺は、親の愛を知らない」


低く、独白のように。


「だから、侯爵夫妻の言葉が理解できなかった。

“娘のため”だと言われても、信じられなかった」


ゆっくりと、アルテリスを見る。


「だが——」


一拍、言葉を選ぶ。


「俺は、お前を家族だと思っている。

親の愛とは違うのかもしれないが」


静かに、しかし確かに。


「お前が危ない道へ向かおうとするのなら、

俺は、それを止めるだろう」


問いかけるように。


「……お前は、どうだ?」


アルテリスは、わずかに目を瞬かせ——そして答えた。


「私もです」


即答だった。


「殿下が危ない道を進まれるのを、

見過ごすことはできません」


その瞬間。


今まで理解できなかった感情が、

理屈ではなく——感覚として、腑に落ちた。


部屋の外では、夜が深まっている。


だがその静寂の中で、

ふたりの関係は確かに——一歩、変わっていた。

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