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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第3章 厭う地で志を繋ぐ
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兄としての顔

応接間の扉が閉まる。


外の廊下は、先ほどまでの張り詰めた空気とは打って変わって、

どこか柔らかな気配に満ちていた。


——視線。


アルテリスは、わずかに目を細める。


先ほどから感じていた気配が、

今は隠れることなく、はっきりとこちらへ向けられていた。


柱の陰。

壁の向こう。

半開きの扉の隙間。


いくつもの小さな影が、こちらを窺っている。


「……ライル様」


小さく声をかける。


その声に、

ライルは苦笑交じりに軽く振り返る。


「もう出てきても大丈夫だぞ」


その一言で——


「にいさま!」


「ライル兄さま!」


ぱたぱたと軽い足音が響き、

隠れていた子どもたちが一斉に飛び出してきた。


年の離れた弟妹たちだった。


「もうお話終わったの?」


「ねえねえ、これ見て!」


「早く遊ぼーよー」


口々に言いながら、

遠慮なくライルへと飛びつく。


服の裾を引き、

腕にしがみつき、

好き勝手に話し出す。


「こら、まずはお客様にご挨拶だろ——」


困ったように言いながらも、

その声音はどこか柔らかい。


ライルの一言に、

子どもたちははっとしたように動きを止めた。


揃ってこちらを見る。


ムスタファとアルテリスへ向けられる、

遠慮と好奇心の入り混じった視線。


「……ご無礼を」


ライルが一歩前に出る。


「下の者たちです。

礼儀作法は習っているのですが、興奮すると手に負えなくて」


「賑やかだな」


ぽつりと、ムスタファが呟いた。


アルテリスも、珍しく目を瞬かせている。


「皆。

お行儀よくできないのなら遊びはなしだ」


強くはないが、有無を言わせない声音。


子どもたちは顔を見合わせる。


「こちらはムスタファ・ランデュエル第二王子殿下です。

ご挨拶をしなさい」


一瞬の逡巡。


——そして。


ぱっと動きを揃えた。


小さな背筋が、すっと伸びる。


先ほどまで裾を引いていた手も、

ぴたりと離された。


年長の子が一歩前に出る。


「……失礼いたしました」


拙さは残るが、

教えられた通りの所作で、丁寧に頭を下げる。


それに続くように、

他の子どもたちも慌てて頭を下げた。


「ランデュート王国第二王子殿下にご挨拶申し上げます。

お越しいただき、ありがとうございます」


声は少し揃いきらない。


けれど——

一生懸命に整えようとしているのが伝わる。


ライルは、その様子を黙って見守っていた。


「顔を上げろ」


ムスタファは一人ひとりに視線を向けて言う。


子どもたちが、そろそろと顔を上げる。


「いい挨拶だった。

しばらく邪魔をするが——ここは君たちの家だ。

普段通りにしていてくれ」


その言葉に、

子どもたちの表情がぱっと明るくなる。


だが、すぐには動かない。


様子を伺うように、そろってライルを見る。


「だそうだ。

殿下は寛大なお方だ。お言葉に甘えさせていただきなさい」


ライルが優しく告げる。


その一言で、

ようやく空気が緩んだ。


「ありがとうございます、殿下!」


今度は、少しだけ軽やかな声。


「ねえ兄さま、あとでお話してくれる?」


「今日、一緒にごはん?」


「さっきの続きもやろうよ」


先ほどより一歩抑えた調子で、

言葉が重なる。


ライルは一人ひとりに視線を向けた。


「順番に話しなさい」


やや苦笑を含んだ声。


それでも、拒む色はない。


「夕食の後に時間を取る。

それでいいか?」


一拍。


「「はーい!」」


今度は完全に揃った声だった。


満足げに頷き合う弟妹たち。


その様子を見て、

ムスタファが小さく息を吐く。


「……ずいぶんと、慕われているようだな」


からかいでも皮肉でもない、

ただの事実のように。


ライルはわずかに目を逸らし、

小さく肩をすくめた。


「お見苦しいところを」


「いいや」


短く返す。


「——良いものを見せてもらった」


わずかな間。


ライルはそれ以上何も言わず、

ほんの少しだけ視線を逸らした。


子どもたちは、

そんなやり取りなど気にする様子もなく、

小さく集まってまた話し始めている。


先ほどまでの騒がしさとは違う、

落ち着いた賑やかさ。


その空気の中で。


「では、改めて」


ライルが向き直る。


「お部屋へご案内いたします」


「ああ」


ムスタファが頷く。


歩き出した背後から、

小さな声が追いかけてきた。


「あとでね!」


「約束だからね!」


振り返らずに、

ライルは片手を軽く上げる。


それだけで、十分だった。


アルテリスは何も言わず、

ただその光景を静かに見ていた。


子どもたちの笑い声。

掴まれていた名残のある袖。

わずかに緩んだライルの表情。


——それが、この家の日常なのだと。


言葉にせずとも、

静かに理解していた。

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