帰路の話
巡回任務を終え、
生徒会室での報告を済ませ、
ジャミーラとライルは並んで回廊を歩いていた。
窓から差し込む夕陽が、
石床に長い影を落とす。
昼間の喧騒が嘘のように、
回廊は静かだった。
足音だけが、規則正しく響いている。
「……国へ戻られた後は、どのようにお過ごしになるご予定ですか」
先に口を開いたのは、ライルだった。
確認というより、
世間話に近い声音。
「しばらくは家で過ごす予定でおりますわ。
学園を離れている間の報告や、挨拶回りもございますので」
そう答えながら、
自然と背筋が伸びる。
「なるほど」
短く頷く声。
ライルは視線を前に向けたまま、言葉を続ける。
「久しぶりのご帰郷になりますね」
「ええ」
その一言に、
わずかに感情が滲む。
帰る場所があること。
そこへ戻る時間があること。
それが当然ではないことを、ジャミーラは知っている。
だからこそ——それはどこか特別な響きを持っていた。
「向こうでは、どうかごゆっくりなさってください」
「ありがとうございます」
言葉は簡素でも、
その気遣いは静かに伝わってくる。
「イルハン様は、いかがなさるご予定ですの?」
今度は、ジャミーラが尋ねる。
わずかに間を置いてからの問い。
「私も実家へ戻ります。
特別な予定はありませんが、
久しぶりに弟妹の面倒も見なければいけませんし、休暇の間は基本的に家にいるつもりです」
落ち着いた答えだった。
飾らず、誇張もない。
「ただ」
ほんのわずか、声の調子が変わる。
「殿下が国へ戻られない以上、長く離れるわけにもいきませんので。
例年よりは、早めに学園へ戻る予定です」
「……殿下は、やはり学園に残られるのですね」
自然と、声がわずかに落ちる。
「はい」
迷いのない即答。
そこに、理由を挟む余地はなかった。
「アルテリスさんも、殿下のお側に?」
「はい。
あいつは学園でも外でも、殿下の側から離れることはありません」
淡々とした口調。
だが、それが事実であることを疑わせない響きだった。
アルテリスの名が出ても、
ジャミーラは表情を変えなかった。
ただ——
胸の奥で、
小さく何かが揺れる。
ほんのわずかに、引っかかるような感覚。
それが何なのか、まだ言葉にはならない。
「……学園に残る方も、
国へ戻る方も——
それぞれ、でございますのね」
ぽつりと、言葉が落ちる。
「そうですね」
ライルは小さく頷いた。
肯定も、補足も、それ以上はない。
それで十分だと知っているように。
回廊の先に、
寮の灯りが見えてくる。
「本日は、ここまでですね」
歩みが、自然と緩む。
「ええ。
お送りいただき、ありがとうございました」
寮の前で、二人は足を止めた。
一日の終わりの静けさが、
周囲を包んでいる。
「おやすみなさいませ、シャマル様」
「イルハン様も。
おやすみなさいませ」
軽く一礼し、
ライルは来た道を引き返していった。
呼び止める理由はない。
その背を、ただ静かに見送る。
扉を開けながら、
ジャミーラはふと、夜空を見上げる。
夕暮れはすでに終わり、
空には淡い星が滲み始めていた。
——皆、それぞれの場所へ行く。
しばらく、離れ離れになる。
当たり前のこと。
けれど今は、
その当たり前が、少しだけ胸に残った。
静かに息を吐き、
ジャミーラはその感覚を胸に落とし込む。
それから——
何事もなかったかのように、
扉の向こうへと足を踏み入れた。




