隣に立つ者
「ごきげんよう、シャマル様」
生徒会室の扉が閉まるのを待って、ライルは静かに声をかけた。
「イルハン様」
ジャミーラは足を止め、丁寧に一礼する。
「本日は、このあと寮へお戻りになられますか」
「ええ。その予定です」
「でしたら……」
一拍、間を置く。
「このまま、私がお送りいたしましょう。
殿下からのお話は、すでにお聞き及びでしょうか」
確認するような、穏やかな問いだった。
「はい……伺っております。本日より、どうぞよろしくお願いいたします」
落ち着いた声だった。
けれど、その奥に滲むわずかな緊張を、ライルは聞き逃さなかった。
「では、参りましょう」
二人は並んで歩き出した。
寮への帰り道。
これまでであれば、
この位置には、常にアルテリスがいた。
その事実を、どちらも口にすることはない。
だが、言葉にせずとも、確かにそこにあった。
回廊に、規則正しい靴音が重なる。
試験を終え、長期休暇を目前に控えた学園は、どこか浮き足立っている。
遠くから聞こえる笑い声や談笑が、今はわずかに遠く感じられた。
「——学園も、すっかり休暇の空気ですね」
沈黙を破ったのは、ライルだった。
「ええ。皆さま、休暇のお話で楽しそうにしていらっしゃいました」
ぽつりと、ジャミーラが応じる。
「私の学年でも、領地へ戻るだの、別邸へ移るだの……そうした話題ばかりでしたよ。
シャマル様も、ご帰国なさるご予定ですか」
「……ええ。その予定です」
ほんのわずかな間。
「ですが、その前に任務がございますので。
まずは、そちらをきちんと務めたいと考えております」
それは、誰に向けるでもない言葉だった。
(——真面目だな)
そう思うと同時に、
それが彼女の強さであり、同時に危うさでもあると、ライルは知っている。
「どうか、ご無理はなさらないでください」
「え……?」
「すべてをお一人で抱え込む必要はございません。
微力ではございますが、何かございましたら、どうぞ遠慮なくお声がけください」
それ以上、言葉は続かなかった。
だが——意味は、十分に伝わったのだろう。
ジャミーラは、ほんのわずかに表情を和らげた。
「はい。ありがとうございます、ライル様」
それだけで、十分だった。
やがて、寮の建物が見えてくる。
「では、本日はここまでといたしましょう」
「はい。お送りいただき、ありがとうございました」
立ち止まり、互いに向き合う。
「おやすみなさいませ、イルハン様」
「おやすみなさいませ、シャマル様」
形式的なやり取り。
けれど、その裏には、確かな温かさがあった。
ジャミーラは寮の中へと姿を消す。
その背中を見送りながら、
ライルは小さく息を吐いた。
(正解は、まだ分からない)
距離を取ることが、
守ることになるのか。
それとも——
別の傷を生むのか。
(……だが)
(独りにはしない、と決めた)
夕暮れの回廊に一人立ち尽くしながら、
ライルは静かにそう心に刻んだ。




