浮き足立つ学園の裏で
試験が終わった教室は、すでに次の話題で満ちていた。
「長期休暇は、やはり領地へお戻りになりますの?」
「ええ。父が狩猟会を開くそうで……毎年のことですけれど」
「まあ素敵。わたくしは別邸で静養を、と考えておりますの」
「試験も終わりましたし、少しくらい羽を伸ばしても、罰は当たりませんわよね」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
令嬢たちは机に腰掛け、あるいは輪になって、
帰省先や社交の予定を楽しげに語り合っていた。
試験前の張り詰めた空気は、もうどこにもない。
——その中を。
ジャミーラは、黙って教室を後にした。
誰とも視線を交わさず、
誰の会話にも加わらず、
ただ真っ直ぐに、廊下を進んでいく。
浮き足立つ周囲とは対照的に、
その背筋は伸び、足取りは静かで、迷いがなかった。
生徒会室の扉の前で、
ジャミーラは一度、呼吸を整える。
そして、軽くノックをした。
「失礼いたします」
室内は、思ったより静かだった。
試験が終わった直後だというのに、
書類を繰る音と、
窓の外から届く遠いざわめきだけが、淡々と流れている。
「入れ」
低く、落ち着いた声。
扉を開けると、
ムスタファが執務机に向かって座っていた。
その背後には、いつものようにアルテリスが控えている。
「ごきげんよう、ムスタファ殿下」
ジャミーラは一礼した。
「試験が終わりましたので、ご挨拶に参りました。
見習いとして、今後の立ち居振る舞いにつきまして、
ご指示を賜りたく存じます」
形式ばった言い方だったが、
それは彼女なりの誠実さだった。
ムスタファは小さく頷く。
「ああ」
ペンを置き、ジャミーラの方を向いた。
「試験、ご苦労だった。
疲れは残っていないか」
「ご配慮、ありがとうございます。
問題ございませんわ」
ムスタファは一度、肯く。
「もうすぐ長期休暇に入るが、
その前に一件、任務を任せようと思っている。
——学園周辺の巡回任務だ」
「学園周辺……でございますか」
「ああ。街の状況確認が主だが、
住民から要請があれば、その手伝いや迷子の捜索などにも当たる」
いわば雑務も含まれる、と淡々と付け加える。
「任務は現役の騎士と組んでもらう予定だ。
内容だけでなく、対応や報告の仕方も含めて学ぶといい」
「承知いたしました」
ジャミーラは、真っ直ぐな眼差しで応じた。
ムスタファは、わずかに表情を緩める。
そして、ふと思い出したように続けた。
「——休暇には、帰国するのか?」
「はい。その予定でございます」
「そうか」
短い応答。
「では、準備に支障が出ぬよう、日程はこちらで調整しておこう」
「ご配慮、痛み入ります」
「それから——」
ムスタファは、いったん視線を落とす。
「生徒会室からの帰路についてだが、
これまでは原則としてアルテリスを付けていたが、今後はライルにも任せることにする」
その言葉に、
胸の奥が、わずかに強張る。
だが、ジャミーラは表情を崩さなかった。
「アルテリスは俺の第一側近だ。
本来は、常に俺の傍に控えるべき立場にある」
淡々とした口調。
理由は合理的で、明快だった。
「貴女が学園に慣れるまでは、周囲の人間をある程度絞っていたが、
そろそろ調整する頃合いだと判断した」
「……承知いたしました」
声は、静かに整っていた。
その返答の直後、
ジャミーラはほんの一瞬だけ視線を動かす。
ムスタファの背後。
そこに立つアルテリスと、目が合いかけて——
すぐに逸らした。
彼は何も言わない。
表情も、姿勢も、いつもと変わらない。
まるで、
この決定に最初から関与していなかったかのように。
「不都合はないか?」
「いいえ。問題ございません。
ご配慮、ありがとうございます」
理由も、説明も、すべて与えられた上での変化だ。
拒む理由は、どこにもない。
「今日はここまででいい」
「はい、失礼いたします」
一礼し、ジャミーラは生徒会室を辞した。
扉が閉まる直前、
ふと背後の気配を意識する。
(アルテリスさんは……)
だが、振り返らなかった。




