表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第2章 変わりゆく繋がりの中で
52/90

噂は風のように

ジャミーラを女子寮まで送り届けた帰り道。

アルテリスは一人、回廊を歩いていた。


寮へ戻る生徒たちの流れは、すでに途切れはじめ、

広い回廊にはまばらな足音だけが残っている。


窓から差し込む夕暮れの光が、長く床を染めていた。


淡々とした歩みで角を曲がろうとした、その時——


ひそやかな声が、耳に入った。


「……あの方、本当に堂々としていらっしゃるわよね」


「ええ。聖騎士団見習いに選ばれて、殿下のご婚約者で——それでいて、あのお綺麗さでしょう?」


「羨ましいわ。あんな風に振る舞えたら素敵ですわね」


感嘆の声が、廊下の静けさに溶けていく。


柱の向こうに、立ち話をする数人の女子生徒の姿が見えた。

おそらく下級生だろう。


話題の対象が誰か——

名前が出るまでもなかった。


「何をおっしゃっているの」


一人の声が、ふっと温度を失う。


「所詮、“悪魔の民”でしょう?」


普段なら、ただの噂話として通り過ぎただろう。


——けれど。


「赤い瞳は血のようだし、黒髪だって闇のよう」


その言葉に、アルテリスの足がわずかに緩んだ。


「いくら取り繕っても、本質は変わらないのではなくて?」


ささやきが重なり、空気がわずかに濁る。


アルテリスは何も言わない。


ただ、静かに通り過ぎようとした。


その時だった。


「……そういえば」


別の声が、ふと思い出したように言う。


「ご覧になりました?」


「何をですの?」


「今日もご一緒でしたわよね」


「ええ。入学した頃から、ずっとではありません?」


くすくす、と小さな笑い声。


「ほら、あの……」


言葉を探すような間。


「金色の髪の方」


「殿下のお側にいらっしゃる……

とても綺麗なお顔立ちの方ですわよね」


声が重なる。


「確かに。あのお二人、よくご一緒ですわね」


「ええ」


すぐに相槌が返る。


「もちろん、お相手の方は側近としての役目もあるのでしょうけれど」


声が少し潜められる。


「……なんだか、とても親しそうで」


小さな沈黙。


それから、誰かがくすりと笑った。


「まさか、とは思いますけれど」


言葉を濁すように、声が揺れる。


「そういうご関係なのかしら」


含みを帯びた笑い声が重なった。


アルテリスの足が止まる。


(……客観的には)


胸の奥で、言葉が形になる。


(そのように見えている、ということですね)


それ以上は聞かなかった。


何事もなかったかのように、歩き出す。


やがて、生徒会室の扉が見えてきた。


アルテリスは静かにノックする。


「失礼いたします」


扉を開けると、そこにはライルの姿があった。

本棚の隅に寄りかかるようにして、立っている。


「……アル」


ライルが振り向く。


漆黒のお下げが、ふわりと揺れた。


「ライル様」


アルテリスは軽く一礼した。


「シャマル様の送り、ご苦労だったな」


「いえ。職務ですので」


アルテリスは静かに答える。


「殿下は奥に?」


「ああ。今、アダンと話をされている」


「そうでしたか」


短いやり取りのあと、

生徒会室には夕暮れの静けさが満ちた。


ライルは壁に寄りかかったまま、

しばらくアルテリスの様子を眺めている。


何か言おうとして、言葉を選ぶように間を置く。


それから、軽く息を吐いた。


「あまり……シャマル様を悲しませるなよ」


アルテリスは、わずかに目を瞬かせた。


ふと、先程の会話を思い出す。


「……ライル様が、

シャマル様にご助言をされたのですね」


「その様子だと、早速何か言われたのか」


ライルは苦笑する。


アルテリスは小さく息をつき、静かに答えた。


「ライル様のお役目は——

殿下とシャマル様をお支えすることです」


「……なんだ、突然」


「私とシャマル様の間を、取り持つことではございません」


正論だった。


「……それは、そうだが」


ライルは一瞬言葉に詰まる。


「婚約者殿が過ごしやすい環境を作るのも、

俺たちの務めの内だ」


「……そうですね」


あまりに素直な返答に、ライルは眉をひそめた。


「珍しいな。言い返さないなんて」


アルテリスは一瞬だけ視線を逸らした。


ライルは少し声を落とした。


「とにかく——」


短く息を吐く。


「シャマル様に心配をかけるな」


それだけ言うと、ライルは肩をすくめた。


「俺から言うのも変な話だけどな」


アルテリスはしばらく黙っていた。


やがて、小さく頭を下げる。


「……ご忠告、ありがとうございます」


礼儀正しい一礼。


ライルはそれ以上何も言わなかった。


二人並んで、

ムスタファの話が終わるのを待つ。


アルテリスは立ったまま、目を伏せた。


胸の奥で、先ほどの声がよみがえる。


——とても親しそうで。


——そういうご関係なのかしら。


そして。


——シャマル様に心配をかけるな。


アルテリスは小さく息を吐いた。


ジャミーラは殿下の婚約者。

そして自分は殿下の側近だ。


それなのに——


(このような噂が立つこと自体——)


アルテリスは静かに目を閉じた。


(あってはならないことです)


やがて、ゆっくりと目を開く。


試験の前に動くのは得策ではない。


だが——試験が終われば。


(……距離を)


(置くべきですね)


この選択は、きっとまたジャミーラを傷つける。


ライルの意にも反するだろう。


だが、それでも。


それが最善だ。


それが——


殿下の側近として、取るべき行動だ。


そう信じて。


アルテリスの胸の内で、

新たな決意が静かに形を成していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ