初めての学外任務
生徒会室には、まだ朝の冷たい空気が残っていた。
窓から差し込む薄い光が、机の上に置かれた封書を淡く照らしている。
コン、コン——。
控えめなノックの後、アルテリスが書類の束を抱えて入室した。
「ムスタファ殿下、聖騎士団より書類を受領して参りました」
「ご苦労。こちらへ」
ムスタファは手を伸ばし、厚めの封筒を受け取る。
その指先の動きまで、威厳と落ち着きを保っていた。
封を切り、中身を取り出す。
数枚の報告書、地図、そして任務指示書。
ページをめくるたびに、室内の空気が徐々に張りつめていく。
やがて、ムスタファは一枚の紙の上で指を止めた。
「アル……副団長からお前とジャミーラの二人に、学外任務の推薦が来ている」
「はい。先程、オリヴィエ副団長より直接伺いました」
「副団長に会ったのか?」
「はい」
「何か言われなかったか」
アルテリスは先程の会話を少し思い出す。
「特別なことは、ございませんでした」
「そうか……」
ムスタファは目を伏せて、続けた。
「学外任務の件だが、行くか?」
「殿下のご命令であれば」
ムスタファは苦い笑みを浮かべる。
「副団長は余程、お前を俺から引き剥がしたいらしい」
アルテリスは肩を竦めた。
「私であれば、シャマル様の護衛も兼ねられます。妥当な人選かと存じます」
「俺の護衛は?」
「殿下には、ライル様がいらっしゃいます」
ムスタファは深いため息をついた。
アルテリスは淡い微笑みを返す。
「俺の命令がなくても行くつもりだったのだろう。
……任務の詳細は、放課後ジャミーラが来てからにする。
他の任務の人選を進めておく」
「かしこまりました」
アルテリスは深く頭を下げた。
⚜️⚜️⚜️
放課後の生徒会室は、昼間とは打って変わり、静けさと緊張をまとっていた。
窓の外では夕陽が沈みかけ、室内の影を長く伸ばしている。
ジャミーラが軽く息を整えて扉を叩く。
「失礼いたします……」
入室すると、ムスタファとアルテリスは既に席について待っていた。
机の上には、昼間アルテリスが運んできた書類が整然と並べられている。
ムスタファは顔を上げ、軽く頷いた。
「掛けてくれ」
「はい。失礼いたしますわ」
ジャミーラが静かに腰掛ける。
ムスタファは書類を一枚取り上げ、淡々とした声で告げた。
「本日、聖騎士団より正式に学外任務の要請があった。
——内容は“魔族襲撃を受けた村の避難所での物資補給および支援”だ」
ジャミーラは眉を寄せる。
「物資の補給と……支援、ですか?」
「ああ。
聖騎士団の任務は戦闘ばかりではない。
街の見回りや迷子の捜索、そして物資補給も含まれる」
ジャミーラは深く頷き、真剣な面持ちで続きを待つ。
「村内部にはまだ瘴気の残滓が残っている場所がある。
建物の損傷は激しく、復旧には時間がかかる。
聖騎士団本隊が周辺の警戒に当たっているが、内部の支援は人手が不足しているらしい」
「承知いたしました。微力ながら、お役に立てるよう努めますわ」
ムスタファは満足げに頷く。
「危険度は高くないが、油断すれば怪我に繋がる状況だ。
特に——建物の崩落には十分注意せよ。
調査によれば、内部補強が追いついていない家屋が多い」
ジャミーラは小さく息を呑んだ。
「貴女にとって初めての学外任務だ。
無理はするな」
「……はい。肝に銘じますわ」
ムスタファは視線を横へ向ける。
「アルテリス。シャマル嬢の補助を頼む」
「承知いたしました」
ムスタファはふたりを見据え、簡潔に告げた。
「明朝、聖騎士団支部の裏門に集合してくれ。
案内役が待っている。
物資は現地で引き渡される。
後は現地で、隊長の指示に従ってくれ」
「はい、殿下」
「御意」
任務内容の説明が終わり、
生徒会室に静かな余韻が落ちる。
ムスタファは机上の書類を軽く手で整えると、
二人に向き直った。
「以上が任務の内容だ。
……さて、二人には外出許可等の必要な手続きを取ってもらう必要がある。
——アルテリス、書類は?」
アルテリスはすっと立ち上がり、
生徒会室の一角、整然と並べられた引き出しから厚めの紙束を取り出した。
「すでに準備してございます」
アルテリスは机上に書類を並べ始める。
ジャミーラは少し緊張した面持ちで書類を眺めた。
【外出許可申請書】
【学外任務同意書】
【瘴気区域一時入域申請書】
など、見慣れないものばかりだった。
「まぁ……こんなにたくさん……」
うっすらと肩を落とすジャミーラに、
アルテリスは喉の奥で笑うように穏やかに言う。
「ご安心ください。簡単にご説明いたしますが、必要事項は私が先に記入しております。
シャマル様は、ご確認とご自身の署名だけで大丈夫です」
「え、えぇ……ありがとう」
アルテリスは慣れた手つきで、一本のペンを渡した。
「まずはこちらに目をお通しください。
学園の外に出るための、外出許可申請書になります。
申請理由は、任務のため。
任務詳細は、私の方で記載しております。
ご確認いただき、宜しければ、こちらに署名をお願いいたします」
「……ええ」
緊張で手が少し震え、最初の一画がふらつく。
しかしアルテリスは表情一つ変えずに、優しく促す。
「大丈夫です。ゆっくりで構いません」
ジャミーラは息を整え、慎重に署名を終えた。
ふぅ……と小さく胸を撫で下ろす。
他の書類も、アルテリスの説明の下、順に署名を行っていった。
最後の書類の署名を終え、ムスタファが口を開く。
「終わったか」
「はい」
アルテリスは書類をまとめ、ムスタファに手渡した。
生徒会長用の重厚な印章が机の端に置かれている。
ムスタファは書類を確認し、静かに印章を押していく。
重い音が生徒会室に響いた。
「これで二人の学外任務は正式に承認された。
……簡単な任務に見えるかもしれないが、油断は禁物だ」
「はい、殿下」
「心得ております」
ムスタファは一瞬だけ目を伏せ、
指先で書類を軽く叩いた。
「二人の帰りを待っている」
その声音には、いつもの威厳とともに、
“友としての本気の心配” が滲んでいた。
二人は同時に深く礼をする。
ムスタファが解散を告げ、
二人は生徒会室を後にした。
⚜️⚜️⚜️
廊下に出た瞬間、
ジャミーラは書類の束を胸に抱きしめた。
(……これが、初めての任務……)
期待と不安が、同じくらい胸を満たしていく。
横を歩くアルテリスが、
彼女の緊張を察したように言った。
「シャマル様。明朝に備えて、今夜はよくお休みください」
「……えぇ。アルテリスさんも」
しんと静まり返った廊下に、
二人の足音だけが規則正しく響いた。
その音は、
明日から始まる“初めての学外任務”へと向かう合図のようだった。




