沈黙の応酬
陽の光が傾きはじめた頃、
アルテリスは生徒会室を出て聖騎士団支部へ向かっていた。
ムスタファの代理として、学外任務に関する書類を受け取るためだ。
広い回廊を歩きながらも、
その表情に揺らぎはなく、いつもの静かな気配を身に纏っている。
やがて、白い石壁に覆われた聖騎士団本棟へ到着した。
「失礼いたします。
聖エリュシア学園生徒会所属、アルテリスにございます。
生徒会宛の書類を受け取りに参りました」
応対に出た若い団員は丁寧に敬礼し、書類を差し出す。
「こちらがお求めの書類です」
「確かに受け取りました。ご苦労様でございます」
書類を受け取る指先は正確で、無駄がない。
けれど、紙の端がわずかに鳴った。
アルテリスは書類を抱え、踵を返した。
その廊下を戻る途中——
柔らかく、それでいてよく通る声が背後から届く。
「アルテリスさん」
振り返れば、
白銀の髪が光を受けて揺れ、
聖騎士の装束を纏ったジゼル・オリヴィエが立っていた。
アルテリスは姿勢を整え、丁寧に一礼する。
「オリヴィエ副団長、お疲れ様でございます」
「おひとり?生徒会のご用かしら」
「はい」
「そうなの」
淡々とした受け答え。
ジゼルは眉間に皺を寄せ、続けた。
「次の任務について、殿下宛の書状にも記載したのだけれど……
デュシャン隊長の任務に貴方とシャマルさん、二人に同行していただこうと思っているの」
「私と、シャマル様ですか?」
初めて、アルテリスの表情にわずかな動きが生まれた。
「ええ。
シャマルさんは見習いの一環として。
貴方はシャマルさんの護衛も兼ねて、ね。
どうかしら」
「殿下からご了承を賜れましたら、そのように」
「貴方の意見を聞いているのよ」
「殿下の意見が、私の意見にございます」
即答だった。
その声音に揺らぎはなく、ただ静かな忠誠だけが滲んでいた。
「そう」
ジゼルは、怪訝な顔をする。
白銀の睫毛の奥から、彼をまっすぐに見つめた。
「体調はどう?」
「問題ございません」
「そうかしら?」
ジゼルは一歩近づく。
アルテリスの瞳がわずかに細められた。
「最近疲れているようね」
「普段通りでございます」
「無理をしているように見えるわ」
ジゼルの瞳には、怒りでも疑念でもない。
ただ——
痛ましさがあった。
指先が、無意識に拳を作る。
「これは、神聖術師としての忠告よ」
ジゼルの声は低かった。
「無理をすればするほど、
心も身体も削れていく。
そのまま続ければ——
本当に手遅れになるわ」
アルテリスは静かに、淡く笑った。
「オリヴィエ副団長——私は無理などしておりません」
「……アルテリスさん」
「お話が以上でしたら、失礼させていただいてもよろしいでしょうか」
礼を欠かぬ丁寧な声音だった。
だがそこには、これ以上踏み込ませないという静かな拒絶も滲んでいた。
ジゼルは、眉をひそめる。
「貴方が隠そうとするのは、殿下のため?」
ジゼルは、痛むような表情をした。
「もし私がそれを利用して殿下を貶めるつもりなら、気づいた時点でとっくに動いているわ」
アルテリスは答えない。
だが、その代わりに深く頭を下げた。
副団長への敬意だけは、決して崩さなかった。
「申し訳ございません、オリヴィエ副団長。
早急に、殿下へ書類をお届けしなければなりませんので、失礼いたします」
ジゼルは、俯きながら一歩下がった。
「……わかったわ」
そして、静かに言い残す。
「でも——
ひとりで抱え込むのはやめなさい」
アルテリスは何も言わず、一礼し、去っていった。
その所作は最後まで丁寧で、
礼を欠くことは決してなかった。
けれど。
その背中は、あまりに静かで——
あまりに遠かった。
ジゼルは唇を噛みしめた。




