早朝訓練
夜明けの光が、聖騎士団支部の訓練場を淡く照らしていた。夜と朝の境界がまだ曖昧な時間帯。空気は冷え、吐く息はかすかに白む。
結界石の破壊騒動によって一時中断されていた見習いの早朝訓練。それが、今日から再開される。
レオ・ルナールは、静寂の名残を引きずる訓練場の隅で、腕を組んで待機していた。
砂を踏む乾いた音が、ぽつり、ぽつりと増えていく。
集まってくる見習いたちの顔ぶれを、レオは静かに見渡した。
落ち着いた様子の者と、緊張を隠せない者とが混ざっている。
既に何度も訓練を受けている者たちは、慣れた様子で軽く身体を動かし、肩を回し、脚の筋を伸ばしていた。
初参加の者たちは、聖騎士団から支給された真新しい訓練着に身を包み、袖口をそっと握りしめ、深く息を吸い込んでいるのが見えた。かなり緊張しているようだ。
時間が来た。
レオはゆっくりと歩み出て、早朝の空気を切り裂くように張りのある声を響かせた。
「——整列」
見習いたちの動きがピタリと止まり、素早く列が作られる。
レオは一切の無駄のない姿勢で彼らの前に立ち、鋭い眼差しで一人一人を見据えた。
「遅れるな。現場では一つの遅れが命取りになる」
初参加の者たちの空気が、目に見えて硬くなるのがわかる。
「初参加の者もいるから、自己紹介をしておく。
レオ・ルナールだ。
聖騎士見習いの指導を担当する」
一列に並んだ見習いたちを、上から下まで値踏みするように眺めながら、レオは声をわずかに低くした。
「まず言っておく。ここは“才能を褒める場所”ではない。死なないための基礎を、身体に叩き込む場所だ」
言葉が落ちた瞬間、場の緊張が一段階深くなった。
「各自、準備運動は済ませた前提で進める。
——学園外周五周だ」
「……五周?」
誰かが呟いた瞬間、レオの視線が鋭くそちらへ向く。
「軽装だ。問題ないだろう。遅れた者から追加する」
逃げ道は与えない。
「——行け」
号令と同時に、一斉に地面を蹴る音が重なった。朝露を含んだ土が足裏でわずかに滑る中、冷たい空気を切り裂いて見習いたちが駆け出していく。
レオは彼らの走りを鋭く観察した。
列は徐々に崩れ、それぞれの速度へと分かれていく。ムスタファとライルは、安定した呼吸を保ったまま先頭へ出た。アルテリスは無駄のない動きで、そのすぐ後ろを静かに追っている。
(殿下は……相変わらず無駄がない。だが、やや力みすぎだ)
(イルハンは……及第点。限界の見極めができている)
(既存の者たちは——自主訓練は怠っていないようだな)
そして、後方に視線を向ける。
(体力は並。前線向きではない)
二周目に入った頃には、シャマルはすでに呼吸が乱れ始めていた。
胸が激しく上下し、苦しげに喉を鳴らしているのが遠目にもわかる。脚はまだ動いているが、完全に呼吸が追いついていない。
三周目。
限界が近いのか、彼女の走りがふらつき始めた。
レオは視線を彼女に定め、短く声を飛ばした。
「シャマル」
名を呼ばれ、ジャミーラの肩が反射的に跳ねる。
「止まるな。速度を落としていい。呼吸を崩さない走りに切り替えろ」
「……はい……!」
レオの指示を受け、ジャミーラは速度を落とした。
一歩一歩を意識し、乱れた呼吸を必死に抑え込もうとしているのが伝わってくる。
(走り方を変えたか)
なんとか五周を終えた頃、ジャミーラは膝に手をつき、荒く息を吐いていた。
かなり限界に近かったはずだが、歩みを止めることはなかった。
「休憩」
レオの短い一言で、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
「次。マナ制御訓練に入る」
思いの外早く切り上げられたことに、新人の見習いたちの間に小さなどよめきが走った。
「どのような状況でも、マナを制御できなければ意味がない」
レオは一歩前に出る。
「量が多いだけの者は、長くは保たん。合図があるまで、一定量のマナを外へ出し続けろ」
一斉に集中が始まり、空気が変わる。
目に見えないマナの流れが場に満ちていくのを、レオは感覚を研ぎ澄ませて拾い上げた。
それぞれのマナの波長を慎重に見極める。
ムスタファのマナは安定しているが、やや強すぎる。
(……やはり出力が高い)
アルテリスのマナは——レオの目が、わずかに細くなる。
(揺らぎがない。完成度が高いな)
ライルは途中で波が乱れたが、すぐに歯を食いしばって立て直した。
(悪くない)
そして、ジャミーラは——
(苦戦しているな……だが)
出しすぎれば消耗する。抑えすぎれば流れが途切れる。繊細な調整が求められる中、ジャミーラが静かに深く呼吸をするのが見えた。外へ出すマナの量を、ほんのわずかに探るように調整している。
すると——不安定だったマナの流れが、自然に繋がり始めた。無理がなく、途切れもない、均一な流れ。
レオの視線が、そこで止まる。
「……ほう」
思わず微かな評価の声が漏れた。
(適応が早いな)
「終了」
全員の呼吸が整いきったのを見計らい、レオは訓練の終了を告げた。その一言で、場を支配していた緊張が完全に解かれる。
「今日の訓練はここまでだ」
そう言ってから、レオは見習いたちを一瞥して付け加えた。
「しばらくは同様の訓練を続ける。慣れた者から段階を上げる。準備しておけ」
踵を返すレオの動作に、一切の迷いはない。
背後には、疲労と余韻の中で立ち尽くす見習いたちの気配がある。彼らの内に、確かな何かが動き出し始めているのを、レオは背中で感じ取っていた。




