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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第2章 変わりゆく繋がりの中で
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寄り添う光

白い尖塔が空へ伸びる修道院は、

陽の光を受けて淡く輝いていた。


馬車を降りたジャミーラは外套を整え、静かに顔を上げる。


静かな庭を風が通り、白い花がわずかに揺れていた。

石畳を踏み出すと、修道院へと続く清らかな空気がふわりと流れ込んでくる。


思わず胸の奥の緊張が、ほんの少しだけほどけた。


ジャミーラはジゼルに続き歩みを進める。

後ろには数名の聖騎士が控えていた。

黒い団服に金の紋章。


馬を預けた騎士たちは周囲を静かに見渡し、

荷馬車の側では別の騎士が医療箱を整えている。


修道院の穏やかな空気の中でも、

彼らの佇まいは凛とした緊張を保っていた。


門をくぐると、修道院特有の静謐な香りがふわりと漂う。


外の空気とは違う、

どこか祈りに満ちた静けさがそこにはあった。


その時——


修道院の白い門扉が、きしむ音とともに開いた。

内側から慎ましい足音が近づいてくる。


純白の衣に身を包み、落ち着いた瞳に深い慈愛を宿す女性——

修道院長が姿を現した。


「聖騎士団の皆様、ようこそお越しくださいました」


「修道院長、本日もよろしくお願いいたします」


「皆様の光には、いつも多くの者が救われております。感謝しておりますよ」


院長はジャミーラへも優しい眼差しを向ける。


「そちらのお嬢さんが……見習いの方ですね?」


「はい。聖エリュシア学園の一年生、ジャミーラ・シャマルさんです。

本日は実地学習として同行させております」


ジャミーラは胸に手を添えて丁寧に一礼した。


「本日は、よろしくお願いいたします」


院長はその言葉を受け取るように、柔らかく微笑む。


「では——まずはこちらへ。患者が控えております」


ジゼルが軽くうなずき、院長の後に続く。

白く清らかな回廊へ、皆の足音が静かに吸い込まれていった。


⚜️⚜️⚜️


最初の病室に入ると——

ベッドの上で小さく身を丸める少年がいた。


顔は赤く、呼吸は浅い。

皮膚の一部が淡く黒ずみ、まるで影が滲んだように見える。


院長が静かに説明する。


「瘴気の影響で体内のマナの巡りが乱れています。

熱と痛みが一向に引かず……普通の治療では癒せません」


ジャミーラの胸がぎゅっと掴まれた。


ジゼルは少年の横に膝をつき、まずはそっと目線を合わせるように顔を近づける。


「辛かったでしょう。もう大丈夫よ」


その声は不思議と胸をなでるように優しい。


少年がわずかにまぶたを開くと、

ジゼルはゆっくりと手を取り、静かに祈りを紡いだ。


「《アウロラの御名において——

闇を鎮め、癒しの光を与えよ》」


その瞬間。


淡い金色の光が、そっと灯った。


それは強く輝く光ではなかった。

けれど、まるで朝陽が静かに差し込むような——

柔らかく、澄んだ光だった。


光はジゼルの掌から流れ、

水のように滑らかに少年の胸元へ染み込んでいく。


黒斑が、ゆっくりと溶けるように薄れていく。


荒かった呼吸が、次第に整い、

少年の身体から力が抜けていった。


ジャミーラは、息を呑んだ。


(……なんて……)


その光は、ただの術ではなかった。


一切の乱れがなく、

無駄な力もない。


静かで、優しくて——

けれど確かな力を宿している。


まるで祈りそのものが形になったような光だった。


思わず、言葉が零れる。


(……綺麗……)


ジゼルは額に触れ、熱が下がり始めていることを確かめる。


「もう大丈夫。しばらく休めば元気になりますよ」


少年の表情に、ほっとした色が戻った。


ジゼルはそっと立ち上がり、ジャミーラへ目を向けた。


「この子はもう大丈夫です。

次の方のところへ向かいましょう」


その言葉に導かれ、二人は隣の部屋へ向かった。


扉を開けると——

そこには椅子に腰かけ、両腕を抱きしめるように縮こまる女性がいた。


顔色は悪く、視線は部屋の隅へ釘付けになったまま。

肩は小刻みに震え、呼吸さえ不安定に見える。


院長が低い声で告げる。


「瘴気に長く触れすぎると、心そのものが蝕まれます。

影が迫ってくる錯覚に怯え——

時に自分の影すら恐怖の対象になってしまうのです」


ジゼルは女性を驚かせないように、

ゆっくりと、静かに近寄った。


しばらくして、女性の少し斜め横にそっと腰を下ろす。


「大丈夫。貴女は一人ではありません。

わたくしたちがそばにいます」


その声は、相手を包み込むように低く、やわらかい。


決して急かさぬその手に——女性の肩の震えがほんの少しだけ和らぐ。


その変化を見届けてから、

ジゼルはやっと女性の手にそっと触れた。


“相手の心に寄り添う”

その配慮が、ジャミーラの胸に静かに響いた。


「怖かったでしょう。

でも、もう大丈夫よ」


詠唱と共に淡い光がふわりと広がり、部屋にやわらかな温もりが満ちていく。


女性の目にゆっくりと光が戻り、

震えていた呼吸が少しずつ落ち着いていった。


暫くして光が収束すると、ジゼルは優しく声をかけた。


「身体に染み付いていた瘴気も浄化しました。暫く休めば良くなるでしょう」


「……ありがとう……ございます……」


かすかな声だったが、確かな安堵があった。


ジャミーラは後ろでその光景を見つめながら、胸が熱くなる。


目の前で見たのは、ただの術ではなく——


“相手の心に寄り添い、信頼を受け入れる時間” だった。


ジゼルは女性へ微笑みかけた後、

振り返り、静かにジャミーラへ言った。


「患者の心はとても繊細なの。

術の強さや速さだけでは、光は届かないわ。

まず“心に触れられる距離”まで下りること……

それが、神聖術を扱う者の基本よ」


ジャミーラは、その言葉を胸の中でゆっくりとかみ締めた。


「……はい。胸に刻みます」

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