初めての同行
聖騎士団支部正門前。
その手前では、ジゼルの率いる隊員たちが整然と並んでいた。
黒を基調とした軽鎧に金糸の紋章。
腰には治療用の聖水瓶や符具——神聖術部隊特有の装備が揺れている。
空気は澄み、鉄具の微かな音と馬の鼻息が静かに混ざり合っていた。
ジゼルは、隊員たちへ簡潔に指示を出していた。
陽の光を受けて淡く光る銀の髪。
その立ち姿は、遠目にも凛として美しい。
ジャミーラは支給された見習い用の外套を整え、少し距離を置いてタイミングを窺っていた。
(これが……聖騎士団の任務……)
普段の訓練とは違う、張り詰めた空気。
その整然とした気配に、自然と背筋が伸びる。
「こちらへどうぞ、シャマルさん」
ジゼルが気づき、手招きする。
そのまま隊員へ向き直り、柔らかい笑みを浮かべた。
「皆、紹介するわ。こちらは見習いのジャミーラ・シャマルさん。
聖エリュシア学園の一年生で、
本日の任務を見学していただくわ」
「ジャミーラ・シャマルと申します。
本日はどうぞよろしくお願いいたします」
ジャミーラが深く一礼すると、隊員たちは礼儀正しく頷いた。
ジゼルは満足そうに微笑み、軽く手を打つ。
「では参りましょう。
シャマルさんは、私と一緒に馬車へ」
「承知いたしました」
隊員たちがそれぞれの配置へと動き出す。
正門の前には、既に任務用の隊列が整えられていた。
先頭には騎馬の騎士が二名。
その後ろに副団長用の馬車。
さらに後方には、医療道具を積んだ荷馬車が控えている。
荷馬車の荷台には、聖水樽や符具の箱、治療用の薬箱が丁寧に固定されていた。
その周囲を護衛の騎士たちが騎馬で囲んでいる。
ジゼルはジャミーラを伴い、中央の馬車へと歩み寄った。
御者が帽子に手を当て、恭しく頭を下げる。
ジゼルは優雅な所作でステップを上がり、振り返った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ジャミーラも続いて乗り込み、扉が静かに閉じられる。
その間に、周囲では騎士たちが鞍へ跨り、手綱を整えていた。
やがて御者が軽く合図を送り、隊列が動き出す。
先導の騎馬が門を抜け、
副団長の馬車がそれに続く。
荷馬車と護衛騎士が後方を固め、
聖騎士団の小さな隊列は静かに街道へと進み出した。
⚜️⚜️⚜️
石畳を進む車輪の音が、一定のリズムで響く。
静かに揺れる車内。
校舎の屋根が遠ざかり、白樺の並木が陽の光を弾いていた。
窓から差し込む光が、馬車の内装を柔らかく照らしている。
しばらくの沈黙の後、ジゼルが穏やかに口を開く。
「……昨日は大変だったわね」
ジャミーラの肩がわずかに震えた。
「はい……まだ、胸がざわついております」
ジゼルは深く頷き、慈しむような眼差しを向ける。
「恐怖を覚えるのは当然よ。
特にあなたの過去を思えば……ね」
ジャミーラは驚きと戸惑いが入り混じった表情で見つめ返した。
「……隊長は、わたくしのことを……?」
「ええ。審査の際、必要な範囲だけ拝見したわ」
ジゼルは静かに続けた。
「あなたは過去を抱えながらも立ち向かい、友人を守った。
その勇気は、誰にでも持てるものではないわ」
「……わたくしは、ただ……」
「ただ“必死だった”のでしょう。それでいいの。
そこに辿り着ける者は、案外少ないものよ」
馬車に揺れる光が、二人の膝に淡い影を落とす。
ジャミーラはそっと視線を外にやり、勇気を振り絞るように口を開いた。
「……あの、オリヴィエ副団長。
外の任務に向かわれるということは、結界石の修復はもう完了したのでしょうか」
ジゼルは軽く笑みを見せ、ゆるやかに首を振った。
「いえ、まだ途中よ。でも最終の安定化作業に入っているわ。
あと数日で完全に復旧するはず」
「そうなのですね……安心いたしました」
「心配してくれてありがとう。
学園は今、多くの騎士と教師が守っているし、
結界石の修復は、優秀な聖歌騎士たちが担っている」
そして僅かに声を落とす。
「それに……このような状況でも“動かなくてはならない任務”もある。
これから向かう任務もそのひとつよ」
窓の外を見やりながら続けた。
「修道院の患者たちは、定期的に神聖術による治療を必要としているわ」
ジャミーラは深く頷いた。
「……だから今、向かわれるのですね」
「ええ。そして——
あなたには今日、“患者に寄り添うこと”を学んでほしいわ。
術よりも前に、大切なことだから」
「はい。オリヴィエ副団長」
ジゼルの横顔は、柔らかな光を受けて輝いて見えた。
やがて、白い尖塔が遠くに姿を現す。
修道院の鐘楼だ。
「着いたようね。さあ行きましょう」
馬車は門前で静かに止まり、
ジャミーラの新しい一日が、今まさに始まろうとしていた。




