ジゼルの誘い
聖騎士団支部は、いつもと変わらず静謐に満ちていた。
高い天井から差し込む淡い光が、磨き上げられた石床に静かな輝きを落とす。
壁には整然と剣と紋章旗が並び、規律と誇りを象徴するように凛と立っている。
時折、廊下の奥を通り過ぎる団員の足音が響いた。
黒い団服に、金糸の飾り。
胸元には聖騎士団の紋章が輝き、その姿は威厳に満ちている。
その光景を前にして、ジャミーラは自然と背筋を伸ばした。
(聖騎士団支部に一人で来るのは……あの時以来ですわね)
見習いとしての外套を受け取った日。
初めてこの場所を訪れた時の、胸の高鳴りがふと蘇る。
あの日と同じ受付の前で、ジャミーラは静かに待っていた。
呼び出しの理由は告げられていない。
胸の奥に小さな緊張が宿る。
手袋の端を整えたところで、奥の扉が静かに開いた。
「お待たせしました、シャマルさん」
落ち着いた声とともに姿を現したのは、
白銀の髪を肩まで流す女性——
聖騎士団副団長、ジゼル・オリヴィエ。
黒い団服は他の団員と同じもののはずなのに、
金の装飾と端正な仕立てが、まるで礼装のように気品を帯びている。
肩に掛けられた外套が静かに揺れ、彼女の歩みに合わせて金の刺繍が微かに光を返した。
凛とした気品と、包み込むような微笑。
支部の冷たい空気が、わずかに柔らぐ。
「オリヴィエ副団長……!」
ジャミーラは慌てて姿勢を正し、一礼する。
その様子に、ジゼルはふわりと笑みを浮かべ、軽く手を振った。
「そんなに身構えなくていいのよ。
今日はあなたにお話があってね」
「わたくしに……ですか?」
「ええ。こちらへどうぞ」
案内された応接室には、すでに香茶が用意されていた。
柔らかな湯気とともに、穏やかな香りが室内に広がっている。
先ほどまでの張り詰めた空気とは違い、
ここだけは静かな午後の時間が流れているようだった。
数秒の静寂のあと、
ジゼルが柔らかく口を開く。
「——わたくしの隊の任務に、同行してみませんか?」
ジャミーラの瞳が、わずかに揺れた。
「オリヴィエ副団長の隊の……任務に、ですか?」
「ええ。ただし、隊の一員としてではなく、
あくまで“わたくしの監督下での見学者”としてね」
ジゼルは人差し指を唇に添え、内緒話でもするように微笑む。
「これから修道院に入院している患者の治療に向かう予定なの。
今日はあなたが非番だと聞いたわ」
少しだけ視線を落とす。
「昨日のような出来事のあとで、
休ませるべきかとも思ったのだけれど……」
ジゼルは一瞬、表情を曇らせた。
だがすぐに、穏やかな笑みに戻る。
「——“実地で学ぶ良い機会”にもなると思ってね」
その言葉に、ジャミーラは胸に手を置き、深く頷いた。
「ぜひ、同行させてください」
ジゼルの唇が柔らかく弧を描く。
「良かったわ」
椅子から立ち上がると、黒い団服の裾が静かに揺れた。
金の装飾が光を受け、控えめにきらめく。
「貴女の外出については、わたくしの方で学園側に許可をいただいておくわ。
安心して準備を整えていらっしゃい」
扉へ向かいながら、振り返る。
「出発は次の鐘が鳴る頃——
聖騎士団支部の正門前で待っていますね」
「ありがとうございます、オリヴィエ副団長。
どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ。後ほどまた」
扉が静かに閉じる。
その背を見送りながら、
ジャミーラの胸にふわりと高鳴りが生まれた。
初めて任務に誘われた嬉しさと、
未知の現場に向かう緊張。
その二つが混ざり合い、
朝の光のように胸を照らしていた。




