五芒星
講義室の窓から柔らかな朝日が差し込み、微かな風がカーテンを揺らしていた。
インクと羊皮紙の香りが漂い、静けさの中に学びの空気が満ちている。
「——それでは、前回の試験範囲の要点を復習しましょう」
講壇に立つのは長い耳に白髪交じりの男性教師、精霊術理論を担当するルサージュ教授である。
教授が筆をひと振りすると、黒板上に淡い光文字が浮かび上がった。
『マナ』
中央から伸びるように五芒星が描かれ、さらにその外側に二つの属性が追加される。
『火・風・土・雷・水 光⇔闇』
「皆さん。生命に宿る神秘的な力を、我らジャルダンの民は“マナ”と呼びます。
そしてこの五芒星は、“マナの循環”、同時に“属性の相性”を象徴しているのです。」
筆が軽やかに動く。
「火は風に強く、風は土に劣り、土は雷を制し、雷は水を打ち、水は火を鎮める。
——この循環があるからこそ、世界の均衡は保たれているのです」
続いて筆先は、星の外側をなぞった。
「そして、この循環から外れた二つ——“光”と“闇”。
この二属性は自然の理には含まれず、世界の均衡そのものを司る“特異点”とされています」
黒板に新たな文字が浮かぶ。
『精霊術』『神聖術』『闇術』
「では、ここから新しい内容に入りましょう。
“精霊術・神聖術・闇術”——この三つの違いは、何でしょうか」
静寂。学生たちは教本をめくり、思案する。
やがて、一人の男子生徒が手を挙げた。
「……“誰から力を借りるか”の違い、ですか?」
教授は満足げに頷き、筆で文字を指す。
「その通り。
“精霊術”は精霊から。
“神聖術”は神々から。
そして“闇術”は——悪魔から力を借りる術です」
五芒星が再び光を帯びた。
「火・風・土・雷・水の五属性は精霊術の根幹。
光は神聖術と深く結びつき、闇は闇術に呼応する。
この二属性が特別視される理由はそこにあります」
教授は声を落とし、言葉の温度が変わる。
「“精霊術”——自然界の精霊と契約し、信頼を築くことで力を引き出す術。
“神聖術”——信仰を媒介に、祝福・治癒・浄化をつかさどる生命の術。
“闇術”——己の魂を対価に悪魔と契約し、闇の力を操る禁忌の術です」
教室が僅かにざわめく。
「闇術は強大ですが、常に“自己喪失”の危険を伴う。
心を闇に呑まれた者はやがて“悪魔化”し、人の姿を失うのです」
その言葉は、昨夜の記憶を抱えたジャミーラの胸に、静かに沈んだ。
教授は光文字を消しながら締めくくった。
「つまり、三術の違いは“媒介”と“目的”。
自然と共に在る精霊術。
信仰をもって光を扱う神聖術。
己の闇に触れ、そこから力を得る闇術。
どれも源は“マナ”ですが——辿り着く先は全く異なります。
——さて、質問のある者は?」
静寂が訪れ、そのまま講義終了の鐘が響いた。
「——では今日はここまで。課題を忘れぬように」
椅子の軋み、教本を閉じる音が広がり、生徒たちが出口へ向かう。
その時——
「……シャマル嬢。少し残りなさい」
ジャミーラは、はっとして顔を上げる。
他の学生たちが彼女を横目に見ながら退室し、教室に静けさが戻った。
彼女は席を立ち、教授のもとへ歩み寄る。
「ルサージュ教授、ご講義ありがとうございました。何か御用でしょうか?」
「聖騎士団からの伝達が届いています。本日の講義が終わり次第、支部へ出向くように、とのことです」
「……聖騎士団、支部へ……?」
驚きが胸に走る。しかしジャミーラは息を整え、姿勢を正した。
「承知いたしました」
だが、胸の奥には小さな不安が残ったままだった。
彼女は静かに教室を後にした。




