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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
29/90

力の代償

夜の校舎は静寂に包まれ、月光が窓から差し込む。

アルテリスは、そっと自室の扉を閉めた。


小さく息を吐き、瞳を閉じる。

だが、その身体の奥で——

微かに、しかし確実に——違和感が走った。


腕の先が疼く。胸の奥もざわつき、鼓動が乱れ始める。


扉に背を預けて息を整えようとするが、

何かが自分のマナを拒み、制御を妨げているのを感じた。


(……この程度で根をあげるとは……情けないですね……)


腰に手を置き、アルテリスは静かに唇を噛む。

冷たい汗がこめかみを伝い落ちる。


『過去に起きた出来事を、変えることはできません。

ですが——その過去に向き合う "今の自分”と、これから選び取る未来は、変えることができます』


『あの日の悲しみがあるからこそ……

今、その想いを“力”に変えて、未来を変えることができるのです』


震えるジャミーラに告げた言葉。

恐怖に立ち向かうための力を渡したかっただけだった。


しかし今——その言葉は自分の胸を容赦なく刺す。


(私は、過去と向き合うことさえ、出来ていないというのに……)


荒れた息が喉でつかえる。

胸の奥では焼け焦げるような痛みが走った。


(本当は……あの様に偉そうな口を利く資格など、ないのに……)


自嘲が瞳を曇らせる。

押し殺してきた事実が、黒い底から浮かび上がる。


『お前さえいなければ……』


胸の奥に浮かぶハムザの声。

それに重なるように、もう一つ——冷たい声が蘇る。


『貴方なんて生まれて来なければよかったのに……』


瞬間、マナの流れが一気に乱れた。

内側から焼かれるような痛み。

制御封印の術式が、ひび割れるような軋みを上げる。


暴れようとする力を押さえつけるように、胸元を握りしめた。


——その時、扉の向こうで気配がした。


アルテリスは震える指先に力を込め、歯を食いしばる。

荒ぶるマナを無理やり押さえ込み、呼吸を整えた。


扉が開く。


「帰っていたのか」


月光の背に、ムスタファが立っていた。

紅の瞳がわずかに細まり、アルテリスの顔を捉える。


「顔色が悪いな。何があった」


「……少々、疲れが出ただけです。

ご心配には及びません」


言葉とは裏腹に、指先は微かに震えていた。

ムスタファはそれを逃さない。


「今日は非番だったはずだ。何故現場にいた?」


アルテリスはわずかに間を置き、平静を装う。


「……本日、校舎裏にて瘴気を確認いたしました。

現場に赴いたところ、悪魔化されたハムザ・ハウゼン様と、それに相対するシャマル様に遭遇いたしました」


ムスタファの眉が揺らぐ。


「ハウゼンが……」


アルテリスは淡々と続ける。


「おそらく、ハウゼン様は悪魔の誘いに乗ったものと思われます。

シャマル様のご活躍もあり、事態は収束いたしました。

その後、当番のアダン様とベルタン様が到着されましたので、以降の対応をお任せしております」


そして、静かに付け加えた。


「幸い、ハウゼン様のお命に別状はございません」


ムスタファは短く息を吐く。


「……そうか」


しかし次の言葉は、わずかに鋭さを帯びていた。


「仕方のない状況だったとはいえ——無理はするな」


アルテリスの瞳が揺れる。

その声音は穏やかだが、優しさに紛れた“警告”のように響いた。


「申し訳ございません」


「責めている訳では無い。お前の身体のためだ」


アルテリスは小さく微笑み、深く頭を下げる。


「心得ております、殿下」


ムスタファは一瞬だけ、アルテリスの顔を静かに見つめた。


何かを言いかけるように、唇がわずかに動く。

だが——結局、それ以上何も問わなかった。


代わりにそっと手を伸ばし、アルテリスの頭へ置く。


「……ならば良い。今夜はもう休め」


それだけ告げると、彼は静かに部屋の奥へと歩み去る。


アルテリスはその背を見送りながら、胸の奥でまだ燻る痛みを押さえた。


——マナの残光が、琥珀色の瞳の奥で淡く揺れていた。

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