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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
25/91

対峙

聖騎士団支部を辞した帰路。


夜の学園は静まり、石畳には月光が薄く流れていた。


遠くで鐘がひとつ鳴った。

澄んだ余韻が、夜空へ溶けていく。


吐息が白くほどける。


そのとき。


アルテリスの足が、ふいに止まった。


——空気が、沈んでいる。


風は穏やかなはずだった。

だが、頬を撫でるはずの夜気が重い。


甘く焦げた匂いが、かすかに混じる。

胸の奥を掠める、ざわめき。


(……瘴気)


琥珀の瞳が細められる。


それだけではない。


糸のように細く、しかし確かに胸へ触れる波動。


震えを必死に押し殺した、透明な“恐怖”。


(……シャマル様)


確信が、静かに落ちる。


次の瞬間。


遠くで、衝撃が弾けた。


空気が裂け、夜が揺らぐ。

木々の葉が一斉にざわめいた。


アルテリスは外套を翻す。

月光がその金髪を銀色に縁取った。


躊躇はない。


石畳を蹴り、夜を裂くように駆け出す。


瘴気は濃い。


だが、それ以上に——


怯えながらも消えぬ、ひとすじの光がある。


(どうか、間に合ってください)


その祈りと共に、アルテリスの姿は闇へ溶けた。


⚜️⚜️⚜️


夜を裂くように、紅い閃光が奔った。


炎が弧を描き、黒い瘴気を鋭く切り裂く。


火霊が呼応し、空気が熱を帯びる。

闇が押し返され、地面に赤い影が揺れる。


「ぐ……っ!」


ハムザは呻き、数歩よろめいた。


赤く染まった瞳が揺らぐ。

その奥に一瞬だけ、かつての茶色の光が滲む。


黒ずんだ髪が瘴気に絡みつき、

膨張した腕の影が地面に歪んで落ちる。


「……アルテリス」


名を噛み砕くように吐き捨てる。


月光の下、二人は向き合う。


一方は、闇に染まった赤い瞳。

一方は、静かな琥珀。


「やはり……お前も来たか」


「ハウゼン様」


アルテリスの声は低く、穏やかだった。

だが、その眼差しには痛ましさが沈んでいる。


夜風が金の髪を揺らす。


「悪魔の誘いに乗ったのですか。何故です」


「何故、だと……?」


声がひび割れた。


瘴気が地を這うように広がり、石畳の隙間を黒く染める。

草がしおれ、空気が歪む。


「お前が、問うのか……。

孤児のくせに……俺より“上”に立つお前が……」


怒号と共に漆黒の霧が吹き荒れる。


黒い霧が月光を喰らい、世界を曇らせる。


「私が、上?」


アルテリスはほんの僅か、目を伏せた。


その無垢な困惑が、逆にハムザの怒りへ火を注ぐ。


「そうだ!

俺がどれだけ努力しても、お前は俺より前を行く。

俺の方が“偉い”はずなのに、誰も見ちゃいない!」


赤い瞳が歪む。


「だが今日までだ。

今日こそ——俺は、お前を超える!!」


瘴気が爆ぜ、黒炎が夜を焦がす。


アルテリスの外套が熱風に揺れ、

金の髪が炎色に染まる。


「……それが、理由なのですね」


その声は静かだった。


責めるでもなく、

嘲るでもなく。


ただ、深く沈んだ哀しみ。


——この暴走に、自分が関わっている。


その事実を受け止めながらも、

言葉が見つからない。


アルテリスは右手を掲げる。


細い指先に、紅い光が集う。


「《火の精霊よ。

この場に満ちる瘴気を、祓いたまえ》」


掌が燃えるように輝く。


炎が奔り、夜が紅蓮に染まる。


炎が瘴気とぶつかる。

炎は闇を削ぎ、闇は炎に噛みついた。


しかし——均衡は崩れない。


(……これでは、埒が開きませんね)


アルテリスはちらりと背後を見た。


月光の端で、ジャミーラが膝をついている。


漆黒の髪が乱れ、

赤い瞳が恐怖に揺れている。


——彼を“人に戻す”には、彼女の力が必要だ。


(致し方ありません)


アルテリスは息を吸い、両指を組む。


「《火の精霊よ。

我が前に集い、触れし闇を溶かしたまえ》」


瞬間、音が消えた。

火霊が“静寂”を伴って集い、空気が蒼白に光る。


蒼い焔が地を走り、ハムザの足元から闇を蒸発させる。


「……ッ、が、あああッ!!」


焼ける痛みにハムザが悲鳴を上げ、後退した。


その隙に、アルテリスはジャミーラへ駆け寄る。


「シャマル様」


戦場の中央とは思えないほど、穏やかな声。


琥珀の瞳がまっすぐ彼女を映す。


「——落ち着いて、深呼吸なさってください」


その声は、夜風のように柔らかい。


月明かりの中、

金と漆黒が向き合う。


「アルテリスさん……ハウゼン様は……」


「暫くは動けませんが、まだ悪魔化は解けておりません。

彼を“人”に戻すには、シャマル様のお力が必要なのです」


「ですが……わたくしは……」


言葉が喉で止まる。


アルテリスはそっと彼女を見つめた。


「……シャマル様。

今、目の前の光景が——

かつてご家族を奪った時と、重なって見えてしまっているのですね」


真紅の瞳が揺れる。

アルテリスは優しく首を振った。


「恐れるのは当然です。

誰であれ同じ境遇であれば、足が竦んでしまうでしょう。

“あの時と同じことが再び起こるのではないか”——その恐怖が、シャマル様を苦しめているのです」


そして静かに告げる。


「しかし……今のシャマル様は、当時震えていた少女ではございません」


夕闇の中、琥珀の瞳がまっすぐ彼女を映した。


「過去に起きた出来事を、変えることはできません。

ですが——その過去に向き合う "今の自分”と、これから選び取る未来は、変えることができます」


その声は、夜風のように静かに沁みていく。


「あの日の悲しみがあるからこそ、

今、その想いを“力”に変えて、未来を変えることができるのです」


ジャミーラの胸が、ぎゅっと震えた。


アルテリスは、静かに手を差し伸べる。


「どうか、シャマル様のお力をお貸しください。

闇に呑まれかけている彼の心に届くのは、

シャマル様の光だけなのです」


「アルテリスさん……」


「シャマル様であれば——必ずお出来になります。

私は、シャマル様を信じております」


直後、ハムザの咆哮が夜空を裂く。

瘴気が荒れ狂い、衝撃波が周囲を吹き飛ばす。


「《火の精霊よ。

温もりの帳にて、我らを守りたまえ》」


アルテリスは火霊を呼び寄せ、透明な熱壁を形成する。


「……そうか。これほどの差があったとはな」


押し殺した低い声。


「この力を得れば……今度こそ、お前に届くと……そう信じていた」


乾いた笑いが漏れる。


「お前は……残酷だな、アルテリス。

努力がどれほど無意味か、嫌というほど思い知らせてくれる」


瘴気が揺らぎ、声が震える。


「どれほど積み上げても、届かない。

どれほど追い縋っても追いつけない。

お前は……“選ばれた側”だ」


吐き捨てる声。


「アルテリス……お前さえ」


瘴気が渦を巻く。


「お前さえいなければ」


黒い爆裂。

ハムザが跳躍し、闇が爪のように伸びる。


ジャミーラは胸元で拳を握りしめた。


(わたくし……何をしているの……?

ただ震えて、恐がって……

アルテリスさんが戦っているのに……)


焼け落ちる家。

差し伸べられなかった手。

消えていく光——。


(……二度と……あんな思いは、したくない)


震える指先が、ゆっくりと結ばれた。

胸の奥で金色の光が脈動する。


(——わたくしは、もう逃げない)


漆黒の髪が揺れる。


赤い瞳に、強い光が宿る。


ジャミーラは地面を蹴った。


「くたばれぇぇっ!!」


ハムザが黒炎を纏い、アルテリスへ迫る。


赤黒い奔流が爆ぜる。


アルテリスが迎撃のために身を翻す——だが、間に合わない。


「アルテリスさん!」


ジャミーラが駆け込む。


「《——女神アウロラ様》」


祈りが光となって溢れた。


「《どうか、彼の者に絡む歪みを照らし、

偽りの結びつきを、お断ちください!》」


黄金の光が舞い散り、

ハムザの身体を柔らかく包んだ。


闇が軋み、瘴気が後退する。


「……ぁ……あ……」


次の瞬間、彼の動きが止まる。


赤く濁った瞳が揺らぎ、

奥からかつての茶色が滲み出る。


苦悶の顔が、ゆっくりと“人の顔”へ戻り始める。


(……俺は……)


胸の奥底で微かな声が響く。

光の中で意識が呼び覚まされ、

封じていた記憶がひとつ、ひとつ、浮かび上がっていった。

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