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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
21/91

陽だまりの対話

昼下がりの中庭は、掲示板を囲む生徒たちのざわめきに包まれていた。

定期試験の結果が、張り出されたのだ。


列の端で、ジャミーラはそっと息を呑んだ。

結果は五位。予想以上に良い成績だった。


そのまま視線は、自然と上級生の欄へ向かう。


一位 アルテリス。


金文字が陽光を受け、淡く輝いて見えた。


(特待生だものね……本当にすごいわ)


胸の奥に、ほのかな誇らしさが灯る。

控えめで静かな彼だが、その実力は揺るぎない。


ふと、すぐ下に刻まれた名が、目に入る。


二位 ムスタファ・ランデュエル


ジャミーラは思わず学年を確認した。


【第五学年 上位成績者】


静かな驚きが胸を走る。


ムスタファが五年生なのは、知っていた。

けれど——アルテリスも?

それにしては、あまりに幼い。

あの静かな横顔は、五年生のそれには見えなかった。


「おや、シャマル様」


背後から声がする。

振り返ると、黒の外套を肩から落とすように羽織った青年——ライル・イルハンが立っていた。


漆黒の髪に深紅の瞳、淡い褐色の肌。

人懐こい笑みが、その整った顔立ちをいっそう柔らげている。


彼は陽光を背に、優雅に礼を取る。

後ろで一房のお下げが柔らかく揺れた。


「うちの学年は、今回もアルテリスと殿下が、一位と二位ですか」


ライルは誇らしげに微笑む。


「本当に……すごい方々ですのね」


ジャミーラは微笑んで返したが、まだ驚きが声に滲んでいた。


ライルはそれに気づいたように、掲示板から視線を戻す。


「どうかされましたか?」


「いえ……

アルテリスさんも、五年生なのですね」


「ご存じなかったのですか?」


真紅の瞳が丸くなる。


「ええ。私より一つ上くらいかと思っていました」


「はは。あいつは小柄ですからね。

実年齢も、恐らく私より下ですよ」


「……恐らく?」


ジャミーラが首を傾げると、

ライルはほんの一瞬だけ言葉に詰まった。


「ええ。——あいつは、自分の年齢を知らないそうです」


陽だまりのざわめきが、遠く感じられた。


ライルは軽く咳払いし、話題を切り替える。


「ところで、“見回り”の方はいかがですか?

お疲れではありませんか」


「……まだ慣れませんが、なんとか。

お役に立てていれば嬉しいのですが」


ジャミーラが控えめに答えると、ライルは柔らかく目を細めた。


「いえ、十分すぎるほど助かっていますよ。

殿下も感謝しておられます」


胸元へそっと手を添えたジャミーラの瞳に、驚きが宿る。


「ありがとうございます。そう仰っていただけて嬉しいです。

アルテリスさんが、とても良くしてくださるお陰ですわ」


その謙虚な言葉に、ライルの唇がふっと緩む。


「実は、俺も驚いているんです。

あいつが殿下以外の者に、これほど構うのは珍しくて」


「そうなのですか?」


「ええ。

シャマル様の前では想像しづらいでしょうが、

あいつは普段、必要最低限しか会話しません。

それなのに、シャマル様にはよく懐いている。

シャマル様のお人柄の良さですよ」


ジャミーラは小さく笑った。


「イルハン様は、褒め上手ですのね」


「本当のことを申し上げているだけです。

ハウゼンとの一件も聞いていますから」


その声は、先ほどより低く、真剣だった。


「多くの者が見て見ぬふりをする中で、シャマル様だけが手を差し伸べてくださった。

あいつが孤児だと知っても、態度を変えずに接してくださった。

……それらのことが、あいつには、本当に“特別”だったのだと思います」


ジャミーラは静かに首を振る。


「暴力を受けているところを、見逃せなかっただけですわ」


ライルの人懐こい顔から、笑みが消えた。


「……暴力?」


真紅の瞳が、細められる。


「……アルテリスさんから伺っていないのですか?」


「罵倒を受けていた、とだけ聞いています。

暴力まであったのですね。

殿下がお知りになれば——ただでは済まないでしょう」


漆黒の髪の影で、真紅の瞳の色がわずかに沈む。

先ほどまでの和やかな空気が、音もなく消えた。


ジャミーラはそっと言葉をつないだ。


「あの時、アルテリスさんは、本当は抵抗できたのだと思います。

けれど、敢えてそうしなかった気がするのです」


ライルは遠くを見つめ、低く呟いた。


「……そうでしょうね。

あいつは自分の立場を理解していますから。

先が見えているから、貴族の子弟に手を出すような真似は、決してしない」


その声音には、静かな憤りと哀しみが交じっていた。


ジャミーラはそっと問いかける。


「イルハン様は、アルテリスさんのことを、

とても大切にしていらっしゃるのですね」


ライルは一瞬驚いたように目を瞬かせ、やがていつもの穏やかさで微笑んだ。


「あいつは、大切な“友”であり……同時に、“弟”のような存在なんです」


その言葉には、確かな情が宿っていた。


ジャミーラも、静かに微笑み返す。


「素敵なご関係ですのね」


ちょうどその時、塔の上で午後の鐘が柔らかく鳴り響いた。


ライルは音に耳を傾けてから、軽く礼を取った。


「今日はシャマル様も非番の日でしたね。

どうぞ、ゆっくりお休みください」


ジャミーラは柔らかく微笑む。


「ありがとうございます。

イルハン様も、良いお時間を」


「はい。——また明日」


二人は別々の方向へ歩き出す。


陽光はまだ暖かく、石畳に落ちた影はゆっくりと伸びていく。


静かな午後の陽だまりの中、

二つの影はそれぞれの道へ溶けていった。

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